頭から抜けていた

「……まっ、あれだ。弱く無かったよ。でも、相性が悪かった。それが勝敗の原因だと思うぜ」


テンカウントを終え、それでもリングに戻れなかったイーリスを見下げながら呟く。

そしてテンカウントが終えた時点で自身の負けを自覚したイーリスは……そのまま地面に倒れ伏す。


男爵家の四男が公爵家の令嬢を打ち破った。

その事実に観客達のテンションが一気に沸騰する。


『なんと、なんとなんと、この勝負ッ!!! 勝利を手にしたのは属性魔法のアビリティが使えないというハンデを負ったラガス・リゼードだああああああああッ!!!!』


解説の勝利宣言による更に観客達のボルテージが高まり、全くその興奮が冷める様子は無い。


『氷魔法という希少な魔法アビリティに対し、身体能力と接近戦の技術と魔弾という三つの武器で挑み、見事その氷を打ち砕いた!!! それに驚くべきことに、ラガス選手は腰に携帯している剣を一切使わずに勝利した!! まだまだ手札を隠して持っているその武器が必要になる相手が現れるのか、非常に気になるところだッーーーーー!!!!!』


イーリスとの対戦で一切使うことが無かったアブストエンド。

ラガスの隠し手札として有効なその武器を使う機会が現れるのか?


それはこれからラガスと戦うかもしれない一年生たちの闘争心を刺激するのに十分な煽りだった。


そして戦いが終わったのでリングから降りるラガスに観客達は空気が割れんばかりの拍手を送る。


「お疲れ様です、ラガス坊ちゃま」


「余裕の勝利だったすね」


「いや、まぁ・・・・・・確かにそこまで苦戦はしなかったな」


イーリスは弱く無かった。

自分と同じ世代の者達の実力は知ったラガスは今回戦った相手が弱いとは思わなかった。


初級魔法を無詠唱で扱え、中級魔法に上級魔法まで扱えた。

接近戦も一流には到底及ばないが、それでも下手という訳では無かった。


だが、それでもラガスが苦戦する相手にはならない。

それは確かな事実として戦いは終わった。


「二人だったらどうやって戦った?」


「速攻で沈めるなら身体強化と脚力強化を使用して背後から一撃を決めます」


「自分もメリルと同じっす」


「……やっぱりそういう結論に至るよな」


全員が身体能力に優れており、速攻で倒すとなればその回答は同じであった。

確かにイーリスの魔法の腕は優れていた。上級魔法など、確かな才能がなければ使えない者も多い。

そんな攻撃魔法を十三という歳で既に使えるイーリスは強い。


しかしそれは後衛職ならという言葉が付く。


「ラガス坊ちゃまが相手では相性が悪すぎるというものです。あの方では到底ラガス坊ちゃまの動きを目で追うのは難しいでしょうし」


「だろうな。仮に目で追えていたとしても、体が反応できないだろ。魔法使いとしては一級かもしれないが、ラガスさんレベルの接近戦タイプを相手にしたら、為す術もなくやられるってものだ。……それで、話は変わるんですけどラガスさん、絶対に賭けのこと忘れてましたよね」


「・・・・・・あぁーーーーーー、やらかしたーーーー。確かに完全に頭から抜けていた」


試合前にラガスは自分の勝ちに全所持金を賭け、男爵家の子息対公爵家の令嬢ということもあってラガスのオッズはかなり高かったので、勝利したラガスはそこそこの大金を得ることになる。


しかし今回の試合でラガスの実力が公爵家の令嬢を超えるものだと解ってしまったので、次の試合からラガスのオッズはかなり下がってしまうことが予想される。


「はぁ~~~~……まぁ、終わってしまった事は仕方ない。それに、運営側も露骨に俺のオッズを下げたりはしないだろう」


「どうしてっすか?」


「俺はどうでも良いんだけど、やっぱり貴族には面子ってのがある。相手のオッズが俺より高ければそれは相手が俺より下だと宣言している事に近い。差が殆ど無いなら話は別だけど、あからさまに差があったらなぁ……運営側も無駄に敵は造りたく無いだろうし、そこまで損という結果になった訳じゃ無い……と思う」


「なるほど……やっぱり貴族は色々と面倒ってことっすね」


「そういう事だ」

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