最初で最後のチャンス

「お疲れ様、ラガス」


「あぁ、有難う……全体的に見ればそこまで予想外のイベントは無かったけど、ずっと緊張しっぱなしだったよ」


夕食を食べ終え、すっかり日が沈んだ時間にベランダでのんびり空を眺めていると、セルシアが今日の出来事を労ってくれた。


何と言うか……この笑顔を見ると本当に心が癒される。


イーリスがブスだとは言わない。

というか全体的に見ればトップレベルの顔面偏差値を誇るだろう……でもそういう話じゃないんだよな。


あいつの笑顔は大半の同年代に虜にして癒せるかもしれないけど、あいつの本性というか俺に対する恨みの感情? それを知っている俺からすれば「今からお前をぶっ潰す」もしくは「いつか必ず氷漬けにしてやるからな」って間接的に言われている様にしか思えない。


「メイドさんと、戦ったんだっけ」


「そうだよ。若干俺に敵意を持ってたよ……殺意は持ってなかったけど、イーリスと親しい人だったらしいからな……試合でボッコボコにした俺が気に食わなかったんだよ」


「……割り切れない感情、というもの?」


「そんな感じの感情だろうな。仮にも公爵家で働いているメイドさんだ。そういった私情をぶつけてはならないって事ぐらいは解ってる筈だ」


逆にそれが解らなかったらリザード公爵も雇いはしないだろ。


ただ、俺が報酬として白金貨一枚と炎と氷の双剣、グロリアスに魅力を感じたから応じた。

仮に応じなかったら無茶をして俺に挑んでくることはなかっただろう。


「大会は終わったのに、問題は尽きない、ね」


「はっはっは、そうみたいだな。一応イーリスとの婚約問題は今日で終わったが……まだリーベの方の婚約問題が残っている」


訓練を一緒に始めてからリーベは順調に強くなっている。

元が良いのもあり、自分の体を思い通りに扱うのに慣れてきたって感じだ……しっかりて切り札もある。


ただ、あれは本当に最後の最後にしか使えない切り札だ。


もう少しリスクなしで使える切り札が必要だ。

後数日後に届くと言っていたし……一週間もあればそれなりに扱えるようになるか。


「三日後に、冒険者学校に行く、そうだよね」


「そうだ。色々説明事項が書かれた紙と契約書を持っていく……そしてライド君にその契約書にサインをさせるのが当日の流れだ」


「……契約書にサイン、すると思う?」


「するだろうな。てか、ラライド君がアザルトさんと結ばれるのは千載一遇のチャンス。この機会を逃したらアザルトさんと結ばれるチャンスは二度と訪れない」


ハンターとして桁外れの功績を残せば強大な権力を得て、真正面からアザルトさんを迎えに行くつもりかもしれないけど、正直無理無理、絶対に無理な話だ。


相手は長男ではないとはいえ、侯爵家の子息だ。

その時点で平民のライド君とは差があり過ぎる。


そして桁外れの功績を得るにしても、実力とそれを得るまでの時間が問題だ。


桁外れの功績……それは内容によって様々だが、シルバーランク以上の実力が必要なのは絶対。


あの三人から自分達より優秀だと認識されてるってことは相当強いんだろうけど、貴族も認める功績を得られるかどうか……可能性は低いだろう。


それに、リーベがアザルトさんと結婚して夫婦になれば、もう絶対に奪うことは出来ない。

いや、出来なくはないのかもしれないけど……そんなことしたら世間からの批判が尋常ではないのは確実。


いくら真正面から行ったとしても、それは普通にアウトだ。


だからライド君はこの契約に応じるしかない。


「リーベも凄い、よね。このまま時が過ぎれば、ほぼ確実に、アザルトさんと結婚、出来る」


「だろうな……でも、リーベの心の中にある漢の部分がそのまま結婚するのは許せないんだろうな」


将来自分とアザルトさんとの関係を絶対に妨害してくる存在を、徹底的に叩き潰しておきたいって思いもあるかもしれない。


それか……自分の方がアザルトさんを守るだけの力があると証明したいのか……まっ、俺はリーベじゃないからそこらへんの本心は解らないけどな。


とりあえず三日後、俺もリーベと一緒に学園へ向かう……とりあえず変装はしておいた方が良さそうだな。

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