その感情を悪とは言えない

「ふんっ!!」


迫りくる氷床に対し、セルシアは雷の魔力を纏った足で震脚を放った。

身体能力の効果も重なって氷床は全て粉々に砕け散った。


「ッ!!! まだ、あの男の真似をっ!!!」


「イーリスの攻略方法は……ラガスが、教えてくれた。だから、負けない」


直接教えて貰った訳ではない。

だが、自分のパートナーと同年代で魔法の腕が立つなと思っていた少女の戦いは目に焼き付けていた。


だからこそ、ラガスと戦闘スタイルが少々似ているセルシアにとってイーリスを一対一で倒すことはそこまで難しくない。


魔力量はややイーリスの方が多いが、攻撃魔法や防御魔法を多用しているイーリスの方が魔力の消費量が多く、あっという間に残量がセルシアより下回ってしまう。


(アサルトタイガーファングは、避けたい)


ラガスはあっさりと打ち砕いてしまったが、それでも上級魔法だ。

自分の実力に自信がないことはないが、それでも絶対に勝つという目標を考えれば食らいたくない攻撃。


なので魔弾で牽制しつつ、遠距離戦と続ける。

時には脚力強化で一気に距離を縮めて軽い接近戦を行い、イーリスが身体強化を使って後ろに大きく飛びのいてから再び遠距離戦が始まる。


初めのうちは互角に見える戦いだが、徐々に差が現れ始める。

セルシアはイーリスの攻撃に対して魔弾や魔槍で迎撃、もしくは長剣に雷の魔力を纏わせて撃砕。

そしてイーリスが詠唱に入ろうとすれば即座に魔弾を放って詠唱を中断させる。


(……うん、本当に戦いやすい、な。魔力の弾丸……属性が宿って無いから、弱く見えるかも、しれない。でも、詠唱が必要無い、即効性が、有能)


セルシアの考える通り、魔弾や魔槍を生み出すのに詠唱や無詠唱のスキルは必要無い。

そして回転や遠隔操作など技術を加えやすい。


詠唱を必要とする攻撃魔法は魔力を消費し、生み出し、放つ。

その連続で完結している。


そこに手を加えようとするなら、それ相応の技術力と経験数が必要になる。

だが……魔弾はそれを必要としない。

訓練期間が全く必要無いという訳ではないが、それでもセンスがある者ならば回転程度は短期間で出来てしまう。


しかし多くの貴族は派手な技に意識がいき、魔弾などの地味な技に興味を示さない。


二人の戦いが始まってからか一分……三分と時間が経っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


「ふぅーーー……」


セルシアも全く体力を消費していない訳では無い。

氷を生み出し続ける、それだけで周囲の温度を下げていく。


本来なら対戦相手は徐々に体の動きが鈍くなっていくのだが、セルシアはそれを電熱を利用して対処していた。


その結果、素人目から見ても解るほどにイーリスの方がスタミナ、魔力の両方を消耗していた。


「大体は、ラガスと同じ。だから……イーリスはラガスに負けたのと、同じ。これで、ラガスは強いって、解った?」


「―――――ッ!!!!!」


セルシアの言葉を受けたイーリスの中で声にならない感情が暴れ回る。

自分が嫌い、嫉妬している男の名前がライバルと認め、友人だと思っている相手から零れ、自分を否定してくる。


体の奥から黒い感情が抑えていた蓋が外れたように溢れ出す。


(お願いだから、あなたの口からあの男の名前なんて聞きたくない!!)


正確に言えば、ラガスはイーリスのアサルトタイガーファングを真正面から破壊した。

その結果からセルシアよりも上だということが解るが……未だにイーリスの心は現実を認めようとしない。


(私は、まだ……まだ負けていない。絶対に、負けられないッ!!!!!!)


黒い感情が支配しているとはいえ、性根が腐っている訳ではない。

卑怯な手を使って勝とうなどと思ってはいない。それでも……感情が暴走していた。


だが、幸か不幸か……それがこの状況を覆す鍵となる。

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