幕間:暴食の悪夢・破
(……ここは……どこなのだろう……。どれだけ……眠っているんだろう……)
そこは闇の中。感覚は殆ど無く、ただあるのは襲い来る激しい睡魔と、じわりじわりと根底から湧いて来る食欲のみ。
(……ああ……僕は、また……。あれから──僕、は……)
〝彼〟は再びゆっくり思い出す。
幾年経っても忘れない、悪夢の始まりを……。
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彼は今、勉学に励んでいた。
豪奢な調度品や古めかしく、歴史的価値がある本がいくつも納められた本棚に囲われ、自分に厳しい目線を向けて来る教育係と呼ばれる男監視の下、必死で小難しい本の内容を頭に叩き込んでいた。
あの日、王国から派遣されて来た調査団に目を付けられた彼は、鑑定書により自身が今代「暴食の魔王」に覚醒した事を知った。
事態を把握し切れない彼と、彼と共に居た幼馴染の彼女はその場で理由を追求したが、当の調査団ですら、何故彼が「暴食の魔王」に選ばれたのかは分からなかった。
その後彼は半ば強制的に城へ連行され、新たな魔王としての英才教育が急ピッチで進められているのが現状である。
なんとも非効率極まりないが、伝統を何より重んじる魔族にとって、これは王国建国以来から連綿と続く、いわば儀式に近しいものであった。
そして魔王になる為の教育は、勉学だけには留まらない。
魔族の王たる者、知性に加え統率力と確かな戦闘力、品格を兼ね備え無くてはならない。
彼のそんな日々は「魔族の王に相応しい」を徹底的に追求した修練で潰れていった。
町から遠く離れ、友人や家族、そして幼馴染である彼女とも会う事が出来ない日々。
娯楽は無く、ただひたすらに「王として」を修練するだけの日々。
王として選出された時、両親は喜んでくれた。
幼馴染の彼女も、最初こそ戸惑いはしたが、最後は笑顔で快く送り出してくれた。
一つ大きな不満があるとすれば、それは大臣達が彼の言う事に耳を貸さない事。国政の素人である彼の提案や意見は全て流され、一切聞く耳をもたない。
例えそれが民のためになる立案だとしても、大臣達の「王なれど素人」というレッテルは、彼を苛み、不満を募らせた。
(どうせ僕は素人だ……。仕方ないんだ)
不安と不満が溜まる中、彼の今現在の唯一の楽しみであるやたら美味い〝食事〟だけが、心の支えであった。
彼が魔族の城で過ごして三年。唐突に戦争が起きた。
相手は犬猿の仲である天族。
魔族を悪しき神が遣わした忌まわしき種族と断じ、「救世」を掲げて空から襲い来る白い翼を持つ〝悪魔〟。
天族達は魔王が逝去し、新たな王を教育しているこのタイミングを見計らって攻勢を仕掛けて来たのだ。
王国中が混乱する中、まだ王位継承すらしていない彼に、唐突に戦争の指揮権は委ねられた。
大臣達に反発する彼であったが、「王としての修練を受けている者は貴方様だけです!」と説き伏せられ、学んだばかりの未熟な指揮のまま、攻め来る天族達からの防衛戦を余儀なくされた。
彼は不安を募らせる。
勿論戦争の指揮にもあるが、それ以上に彼は、こんな未熟な自分に「王の資格」があるからとアッサリ指揮権を渡したこの国の大臣達に、今まで以上に激しく不安を煽られた。
泥沼の防衛戦は、その後二年も続いた。
使える軍は消耗し、最早攻め手に回るのは不可能。
兵糧はとっくに底を尽き、地方の小さな村からの補給物資や援助すら、もう望めない。
幸いなのは、魔族程で無いにしろ、天族側も疲弊しており、ここ最近攻め手が来ない、という事。
しかし、最早この戦争は負けに等しかった。
もうこれ以上は何も出ない。これ以上の戦いは自殺に等しい。これ以上は国そのものの存続すら怪しい。
彼は尖塔から見下ろす。自軍の弱り切った兵士、避難して来た町や村の人々、野営テントで未だに無為な作戦を叫び合う軍人。
城下町は半壊し、見える地平線からは黒い煙がいくつも上がっている。
そんな状態の国を目の当たりにし、彼は深い深い溜め息を吐き、見下ろす魔族達、大臣達に提案する。
「降伏しよう」と、
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そこまで思い出し、再び激しい眠気に襲われる。
しかし、その眠気は以前よりも若干弱く、〝彼〟の根底にある食欲は、寧ろ若干強くなっているのを感じた。
(ああ……お腹が……お腹が空いた──でも、でも……)
〝彼〟は再び眠る事を選んだ。
ひたすらに空腹を我慢し、襲い来る眠気に意識を乗せる。
(お腹が……空いた……。でも……でも──)
(食べたく……無い……)
〝彼〟の意識は、暗転していった。
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