第三章:傑作の一振り-27

 何を言っているんだこの人は?


 最終工程がまだって……私は未完成を買わされたのか?


 そうだとするなら話が違う。この男はそういうドワーフだったという事か? 私が信頼し過ぎた? 騙された? 私が? 私のノーマンへの信頼は地に堕ちるぞ。というか流石に許さない。


 ……いや、いやいや待て、落ち着け。


 一応、意味を、意味を確認しよう。というか詳細を知ろう。話はそれからだ。


「……詳細を聞いても?」


「おお、悪ぃ悪ぃ!! ちゃぁんと説明すっからそんな怖い顔すんなよ!!」


 ……ふぅ、まったく。


「いいか? 今からやる最終工程は二つ。一つはこの剣に使ったボルケニウムに封じられたスキルを抜き取って本来の力を発揮させる事。もう一つは名付けだ」


「……一つ目は分かりますけど、二つ目の名付けは必要なんですか?」


 あまり武器に名付けは聞いた事が──ああ、「ゲイルキャリバー」は一応名前か……。


「そりゃ必要だ。まあ、簡単に言やぁ〝鍵〟みたいなもんだな。俺がこの剣に名前をおめぇさんの魔力を使って刻む。そうすっとこの剣はおめぇさんの魔力にしか反応しなくなる。つまりこの剣はおめぇさんにしか使えなくなるって寸法だ」


 ふむ……成る程。名付けで完全に私専用の剣となるわけか……。それはいいな。


「まあ、名付けは良いんだ。だが問題はボルケニウムのスキルでよ。コイツを取り除くっつうと専用のスキルアイテムが要るんだが、ウチに置いてなくてなぁ……。新しく買うとなると追加料金が……なぁ?」


 なぁ?と言われてもな。まあ、その問題は私にとっては障害どころか御褒美みたいなものだ。


「そこは問題ありません。私がなんとか出来ますよ」


「お? なんだ? スキル取り除くスキルアイテム持ってんのか? 用意が良いなぁ」


「いえ、その……。私がその作業をしている間、目を瞑るなりそっぽを向くなりして頂けると助かるのですが……」


 私がスキルを獲得する様を見せるわけにはいかないからな。カーラットは身内だから後々なんとか出来るかもしれないが、ノーマンにはそこまで頻繁に会わないだろう。信用信頼の話ではなく目に見えているリスクの排除。同じ轍は踏まない。


「なんでぇ、秘中の秘ってヤツか? 心配すんな誰にも言やしねぇよぉ!! それに俺はこの剣の作者だぜ? 任せるわけにゃぁいかねぇなぁ?」


「こればっかりは何とも譲れません。人には見られたく無い物が一つや二つあるでしょう?」


 そう私の替わりに口にしたのはマルガレン。まあ、私の替わりに喋ってくれるのならば譲ろう。一応、使用人の仕事の内、だろうからな。


「こっちだって職人だ! 自分の作品を最後まで見届けんのも仕事の内よ! それに俺は商売人でもあるんだぜ? 誰が客の情報を売るかってんだ!!」


「そこまで大事にされている客が見られたく無いと言っているのです。これは坊ちゃんにとって大事な問題なんです!」


「うるせぇっ!! ニィちゃんの万が一の不手際で俺が造った剣台無しにされちゃぁ敵わねぇんだ!! イイから俺を信用しろってんだ!!!」


「それはこちらのセリフです!! どうか坊ちゃんを信用して下さい!!」


 そんな平行線の言い争いを繰り広げ数分。


 見兼ねた私は一拍を放つ。その甲高い手の平がぶつかる音に驚いた二人は一緒に私に視線を移す。


「まったく……。二人共らしくない……。お互い譲れない物を主張するだけでは解決しないというのは分かるでしょう? マルガレンも、私の為とはいえヒートアップし過ぎだ」


「ぼ、坊ちゃん……。申し訳ありません」


「そうは言うけどよぉ、おめぇさん! 俺ぁ譲らねぇぞ!?」


 ……はあ……。ノーマンに〝理由〟があれば、私が手ずから〝なんとか〟するんだかなぁ……。ノーマンはそういった奴ではない。ここは……一か八かか……。


「分かりました。では見て頂いて構いません」


「ぼ、坊ちゃん!?」


「いいから……。ですが貴方が目にしたモノについての質問は一切受け付けませんし、勿論他言無用です。これ以上の譲歩も出来ませんし、万が一この事が貴方から漏洩したと分かれば看過しません。絶対、です。宜しい、ですか?」


 凄味を出す為に《威圧》を発動してノーマンを睥睨する。


 私はノーマンを信用したい。この人は優秀だし仕事もし易い。姉さんが築いてくれた信頼も有るし、私の実力も理解している。


 今回のノーマンとの出会いは宝だ。それをこんなつまらない事で反故にしたくない。願わくば私に……そんな〝処理〟なんてさせないでくれ。


「お、おお!! そこは約束してやる!! 男に二言は無ぇ!! 絶対に喋らねぇよ!!」


「……分かりました」


 私は手に持っていたナイフをテーブルに置き、もう片方に持つノーマンが造った剣を両手に持ち、眼前に構えて剣だけに集中する。


 やる事はいつもと同じ。この剣に内包されたスキルを獲得する。


 手の平の魔間欠から魔力の糸を剣へと繋げる。すると魔力は今までにないくらいにアッサリと、寧ろそれを剣が望んでいるかのようにスムーズに繋がり、そして内包されていたスキルは《強欲》の権能を発動するまでも無く私に定着した。


『確認しました。補助系スキル《低温化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《無毒化》を獲得しました』


『アイテム種別「剣」個体名「未登録」との魔力での接続に成功しました』


『これによりアイテム種別「剣」個体名「未登録」はクラウン・チェーシャル・キャッツ様の「専用武器」として登録されました』


『これによりアイテム種別「剣」個体名「未登録」に新たなスキルが覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「剣」個体名「未登録」は補助系スキル《脱魂》を覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「剣」個体名「未登録」は補助系スキル《劫掠》を覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「剣」個体名「未登録」は補助系スキル《魔炎》を覚醒しました』


 ……んん?


 なんだか、予想していた事を遥かに超えた結果が出たんだが……。魔力を剣に繋げたから? いや、それは分かるんだが……ううむ。


 そんな天声からのアナウンスに戸惑っていると、私が握っていた剣の刀身は突如として莫大な熱を発し始め、周辺の温度が急激に上がり始める。


「お、おいおめぇさん!! は、早く刀身を鞘に!!」


「あ、はい」


 私は抜身の刀身を急いで鞘に収めると、まるで嘘の様に放熱は治り、周辺の温度も落ち着いていく。


「おめぇさん、今何を──」


「詮索は無し。そうですね?」


「お、おう……。ま、まあ、成功はしたみたいだしな。良いとしよう……。それじゃあ、後は名付けだな」


 今はそれより私とこの剣の間に何が起きたのかを天声に問い質したいのだが……。それは、取り敢えず宿に戻ってからにするとしよう。


 それにしても名付け……名付けかぁ。


『アイテム種別「剣」個体名「未登録」は既にクラウン様の「専用武器」に登録されています。クラウン様はアイテム種別「剣」個体名「未登録」の名称登録が可能です。登録しますか?』


 ん? なんだ、私一人でも名付け自体は出来るのか……。


 だが、この剣はノーマンが私の為に造ってくれた物。私一人で完結させるのはつまらないな。折角ならノーマンに登録して貰おう。と、いうわけで却下だ。


「それでおめぇさん。その剣の名前、決まってんのかい?なんなら少し考える時間を置いても構わねぇが……」


「いえ、大丈夫です。不思議とすぐに思い浮かんだんですよ。この剣を見て、握って、感じた時に……」


「ほぉう。そりゃ良い。変な名前じゃなけりゃ良いが……。で? なんて名前だ?」


 私は鞘に収まった剣を改めて眺める。


 この剣に使われた荒々しく、野性味溢れる素材達。そして燃えるように熱い刀身、装飾。


 さながらコイツは火炎のつるぎ。私が初めて手にした、炎獣の剣。その名は──


「炎剣・燈狼とうろう。その炎で遍く焼き奪う、私の欲剣」

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