第三章:傑作の一振り-26
「え? これ……使っちゃうんですか?」
そう口にしたのはマルガレン。マルガレンは繁々とシャムシールを眺めながら、若干不安そうにそう尋ねたのだ。
「ああ? なんだ、持ち主に返してぇのか?」
「返したい……というより、返さないで大丈夫なんですかね? これを取りに来て無くなっていたら怒るんじゃないですか?」
「んなもん知るか!! こちとら店ん中で暴れれて客に迷惑掛けるわ店の梁に傷付けられるわで実害被ってんだ!! その迷惑料だよ迷惑料!!」
ノーマンはフンッと鼻を鳴らすと、テーブルに置いたシャムシールを改めて手に取る。
「そんな事よりだ。このシャムシールに主に使われてるのは「ブレン合金」つってな。結構値が張る耐錆性、耐食性に特化した合金だ。この合金を作れんのはウチの国に居る一部の専門家だけっつうような代物よぉ」
ほう。そんな大層なものをあんなチンピラがねぇ……。一体何がどうなって奴がそんなもんを使っていたんだか。もしかしたら盗品だったりするのか? ……あり得るな……。
「つまりだ! コイツを使えば、おめぇさんが欲しがってるナイフを作ってやる事が出来る。って話よ!!」
「成る程、大体分かりました。ですがそうなると、この私のナイフはお役御免って事になりますね……」
「まあ、このシャムシールを使っちまうなら、そうなるな」
私は愛用のナイフを手に取り、眺める。
素人である私の手で不十分に手入れがされたナイフは、所々ボロボロで、柄の部分は新しい木材で自分で加工して新調し、刃は専門書を読みながら見様見真似で研いだが、真っ直ぐだったラインは歪み、切れ味もかなり落ちた。
持っていても、最早用途は無い。道具なのだからさっさと捨ててしまえば済む話ではある。なんならこの街の一番切れ味も使い勝手も良い物を買い直せば良い。それが効率的だ。
……だが──
「なんとかなりませんか? 何年も使って来たモノなんです」
「って言われてもよぉ……。う〜む。まあ、利点があるとすりゃ、親和性だな」
「親和性? 私はこのナイフに魔力を注いだ事なんてありませんよ? あのブロードソードくらいです」
「人ってのはよ。掌に魔間欠があるせいか、無意識にだが、武器や道具に少しずつ魔力を流しちまってるもんなんだよ。使い続けて手に馴染んで来るっていうのはそういう事だ」
手に馴染む……。確かにこのナイフは、かなり手にしっくり来るし、刃渡りや重さなんかも熟知している。新調したものなんかよりは絶対に使い易いが……。
「おめぇさん何年も使って来たつったな? ならもうかなりそのナイフはおめぇさんに馴染んでる筈だ。仮にこのシャムシールを使って新しいナイフを作っても、そのナイフ以上には使えねぇだろうなぁ」
「それが……このナイフの利点……」
「おうよ。だからよ、そのナイフを柄に、このシャムシールを刃にって作れりゃ、それが最高なんだよ。なんだが、なぁ……」
珍しいノーマンが難しい顔をしながら腕を組んで唸る。
何とも歯切れが悪い……。この剣を作る時はそんな曖昧な言葉は使ってはいなかったと思うが……。
「ノーマンさんが唸る程、難しいんでしょうか?」
「……ブレン合金はな、さっきも言った様に極一部のドワーフにしか作れん。ブレン合金だけを加工するなら俺程の腕がありゃなんとかなるが、また別の合金とを両方使うとなると……かなり厳しいだろうなぁ」
「と、言いますと?」
「ブレン合金の配合は繊細で特殊だ。少しでも不純物が入ろうものなら即座にその耐錆性と耐食性は消えちまう。他の合金と混ぜるなんざ以ての外、合金を台無しにするだけだ」
「……そうですか」
素人の私に丁寧に説明してくれるノーマン。そしてその分かり易さ故に、理解してしまう。その難易度の高さを。
こんな素晴らしい剣を作れるノーマンがこうも言うのだ。それは本当にとんでもない難易度なのだろう。
……だが、それでも。
「お願いします。何年掛かっても、いくら掛かっても構いません。私はまだこのナイフに活躍して欲しいんです。どうか、お願いします」
そうやって私は頭を下げる。
目端にマルガレンが慌てる様子を見せるが構わない。私は欲張りで諦めが悪いんだ、妥協など許せない。それが成せるのなら頭程度いくらでも下げよう。
「馬鹿おめぇ!! 頭ぁ上げろ!! 師匠の恩人の身内に頭下げられちゃ敵わねぇ!!」
「私は妥協したくないんです。可能な限り最高の物が欲しいんです。どうか頼めないでしょうか?」
「わ、分かった!! 分かったから頭上げろっ!!」
私はその言葉を聞いてからゆっくり頭を上げる。そんな私にノーマンは呆れた様に軽く溜息を吐き頭をボリボリと掻く。
「まったくおめぇさんはよぉ……」
「ありがとうございます」
「うるせぇっ!! ……まあ、引き受けちまった以上やるだけやってやる。ただ数週間は掛かるぞ? なんせ新しい技術を身に付けなきゃなんねぇ。半端なこたぁしたくねぇから納得行くまで技術を磨いて、それから漸く作り始める。その分金も掛かるから値段もそこそこ請求するぞ?分かってるよな?」
ノーマンの眼光が鋭く私に突き刺さる。
ここまでしてやるんだから覚悟は良いな?
そんな言葉が伝わって来る程の熱量を感じる決意の眼差しに、私は全力で迎え撃つ。
「はい。貴方を信頼します」
「けっ……。じゃあ、まあ、引き受けた! やってやるよ畜生め!!」
半ばヤケクソ気味に口にするノーマンだが、その表情は露骨に面倒臭そうな風ではなく、寧ろ楽しみが増えたとばかりに緩んでいる様に見えた。
まあ、主観だから実際どうかは分からんが、嫌々じゃなければ構わない。
「おっ! そうだ、その剣の代金!! まだだったよな!?」
「安心して下さい。 ちゃんと払いますから」
そう言って私はマルガレンに目で合図し、持っていた皮袋をテーブルに置く。
「おいくらですか?」
「おう。そうだなぁ……。材料費が殆どそっち持ちだからぁ……。金貨二十枚で良いぞ」
……はっ? 金貨二十枚?
「金貨、二十枚ですか?」
「お? なんでぇ、まさか払えねぇのか?」
「いやいや! 逆ですよ逆! 安過ぎませんか!? こんな素晴らしい剣が金貨たった二十枚って……」
「……金貨二十枚も大金だと俺は思うがなぁ……。まあ、なんだ。俺の最高傑作だからな。ぶっちゃけ露骨に値段付けたく無ぇんだよ」
「だからって……。私の予想してた値段の三分の一……なんですが……。良いんですか?」
「おめぇさんもしつけぇなぁ!! 俺が良いんだから良いんだよ!! ホラっ!! さっさと払え!!」
釈然としない気持ちのまま、私は皮袋から金貨を二十枚取り出し、ノーマンに渡す。ノーマンはそれを受け取ると、特に枚数を数えるでも無く自分のポケットに雑に突っ込んで「はい、決済終了」とだけ呟いた。
「よし、じゃあやるか」
「え、やるって、何を?」
「ん? ああっ! 言ってなかったか!? 実はこの剣にはまだ最終工程があるんだよ!!」
……はっ?
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