第一章:満たされる予感-2

どれぐらい経っただろう? 私は今も前に進んでいる。


 いや、本当に進んでいるのだろうか? 実は一切動いておらず、そう意識しているだけでその場で漂っているだけなのではないのだろうか? 


 不安は募るばかりで何も解決しない。それも当然、一切変化が無いのだ。


 景色は真っ白なまま、音も匂いもなく、感覚すらない。


 このままでは遠くない内に発狂する。必ずする。そんな考えがさっきから無い筈の頭を過る。


 なんだ、これは、拷問か何かかっ!? 


 確かに私は生前、そこそこ悪どいことをして来た。


 我欲を何より優先し、効率よく、何より蒐集欲を満たす為に他人を虐げ、蹴落とし、利用した。


 殺し殺されは言うに及ばず、なんなら小国の情報を掌握して操り、海外の商売敵を翻弄したりして利益を上げていた事もある。私はそれを一切後悔していないし、同じ選択肢が来たとしても迷いなく同じ道を往くだろう。


 だがこれはあんまりにも……。


 思わず助けてくれと、叫び出しそうになる。だが今の私にはそれを可能にする口も喉もない。


 こうして思考の中でひたすらに自問自答を繰り返しているばかり。


 鬱憤と不安が募り、今にも発狂しそうだ。


 誰か……誰か私を、誰か……。


 無いはずの手を天へと翳すように意識を向ける。正に天にも縋る思いで、意識を、恐らく天であろう方向に……。


 ……

 …………

 ………………


 私は一体何をやっているのだ。


 私は少しの間意識を混濁させ、愚行を働いていた事に気付く。危なく意識まで手放して発狂するところだった。なんと愚かな。助けなどある筈が無いのに……。


 そう自嘲し、意識を天から前に向けようとした、その時______


『漸く捉えましたよっっ!』


 そんな声が聞こえた。明るい女性的な声だ。いや、聞こえたというより私の意識に響いて来た。直接、私の意識に……。


 無い目から涙でも流すのではないかと思う程の、そんな劇的な状況の変化に内心安堵と歓喜で震えながら、だが私は考える。


 一体誰だ? まさか天使……いや神か? それとも……悪魔か? 


 状況の変化は有難いが、それが私自身への更なる苦痛を強いるものであるならば、覚悟しなければならないだろう。


 これ以上の責め苦など考えたくも無いが今の私は意識だけの存在。神か悪魔かわからないが、そんな者の手に掛かればこんな状態の私などまな板の上の鯉である。覚悟を決めねばならないだろう。


 だがしかし、先程の何者かの声の内容に些か疑問も湧く。


 漸く捉えた? そう言ったか? 


 それから察するに、向こうは私を捉え切れていなかったという事になる。つまり向こうは私を完全には把握していなかった……。


 ……何か引っかかる。死んだ人間、延ひいては生物の魂……と言って良いのか分からんが、その扱いが雑過ぎる気がする。


 まあ、そもそも私に死後の知識は無い。何が正しく、何がおかしいのか理解出来ないのが現状なのだが、このなんとも言えない感覚……。少し覚えがある。そう、これは、このなんとも言えない感覚は──


 そこまで考えた瞬間、突然先程まで真っ白だった空間が暗転する。


 それと同時に自分の意識が急激に浮上する様な感覚に捉われ、呑めない筈の息を呑む。


 漸く状況が更新する。そんな安堵とも不安とも取れる複雑な感情が渦巻く中、暫く謎の浮遊感を味わいながらも少しずつ安定し、落ち着く。


 辺りを改めて見回すと、視覚は先程までとは裏腹に暗転したままの漆黒だ。ただただ暗闇が無限に続いている。


 まさか今度はこの暗闇に放り込んで放置じゃ無いだろうな? 


 そんな内心の焦りを察知したのか偶然なのか、突如漆黒の暗闇の中に大きな炎が立ち昇った。


 高さにして何十メートルもありそうな荘厳で神々しい純白の炎は強く揺らめきながらも、その熱は優しく、まるで春の陽気の様に穏やかであった。


 すると炎は辺りに同色の火種を撒き散らす。撒かれた火種は暗闇の中で着弾し、そのままその場で同様に燃え始める。


 複数の火種が順次燃え出したのを頃合いに、中央で未だに一番に燃え盛る純白の炎は逆にその威容を小さくしていき、徐々に炎は収束すると遂には人間程のサイズまで縮む。すると炎は今度はそのまま人の形を成していき、遂には完全な人のシルエットに変わった。


 人の形をした炎は自分の調子を確かめる様に軽くその身体を動かすと、炎の揺らめきを持った頭髪を搔き上げる。その瞬間頭髪は虹色に輝きを放ち、更に強く燃え盛る。


 辺りに撒かれ、燃えていた炎もそれに呼応する様に人のシルエットを形成し始め、虹の髪を持つ炎の人を敬う様にその場に跪いた。


 その光景を目の当たりにした私は、直感とも本能とも取れる物で確信する。


 今、目の前に顕現した虹の髪を持つ炎の人型。


 あれが俗に言う〝神〟なのだと。

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