第一章:満たされる予感-3

 恐らく〝神〟であろう炎の人型には顔が無い。無いのだが何故かその暫定神から視線を感じる。


 そしてワザとらしく顎付近に手を添えて私を舐め回す様に観察し、うんうんと確認するように頷いた。


 観察を終えると未だに跪いている周りの人型に鷹揚に手を振り、跪いている状態を止めさせる。


 暫定神はそのまま何も無い空間に腰を下ろすとその何も無いはずの場所に真っ白な玉座が突如として現れ、暫定神はそこに座した。


 これは……私に対する審判でも始めるつもりか? それにしては仰々しい気がする。


 私個人、自覚する程度には悪事を働いていたが、私だけに対してここまで大袈裟な場所が用意され、暫定ではあるが神様が直接出向く。あり得るのか? 


 まあ、この感覚はあくまで人間として培った感性と常識であり、神やらそれに準ずる者達にとっては当たり前なのかも知れないが……。


 それにもしかしたら私が認識出来ていないだけで私の隣には複数の私同様の意識だけの存在が居るのかも知れない。そうならある程度は納得出来る状況なのだが……。


『思考は済んだのか?』


 ッ!? 


 突如重々しい声が響く。まるで雷鳴の様な、暴風の様な、そんな到底人間には抗えない様なそれら自然災害の威容を孕むが如くの声音が、私の意識に直接届いた。


 それも声が出ず思考しか出来ない筈の私の言葉を理解し、反応して来た。思考を読んだ……と思って差し支えないのか? 


『まあ、混乱もしよう。我等神が直接人間の魂の前に顕現するなど稀も稀。我等が世界を創生せり時分以来故な』


 ほう。私の推測でしかなかった神であるというのはどうやら当たりらしい。


 そして驚くべき事にこの現状は世界を作った時以来の状況だと言う。正直そんな途方も無い事を唐突に言われてもピンとは全く来ないが、漠然とは把握した。今が私と神達にとっての緊急事態なのだと。


『ほう、其処まで思考が及んだか。そう、我等双方、今し方緊急事態に陥っておる。の問題は我等神々と貴様にて可及的速やかに解決し、対策せねばならぬ』


 相当不味い状況なのか、神の声音から緊張した様子が若干だが伺える。これは私も相応の覚悟をせねばならないらしい。だが今現在私は意識──神に言わせれば魂らしいが──だけの存在。果たしてこんな私に何が出来るというのか……。


『そう緊張するな。この問題ははっきり言って我等神の落度。貴様の協力が必要なのは確かだが、実動は我等神が受け持つ。貴様には選択をして貰う故、慎重に選んでくれ』


 今度は中央に座す神ではなく、その一番近くに控える同じく真っ白な炎として揺らめく神が私にそう語りかける。


 選択? 一体どういう事だ? それに今、神の落度と言ったのか……? 一体どういう……。


『ごめん、間違えた』


 ………ん? 


 なんと、中央に座す神が突如頭を下げた。神が、頭を、下げた……。


 ……お、おい止めろ、止めてくれっ! 私は無神論者ではあったが明らかに神である存在に頭を下げられるのは流石にマズイと理解出来るぞっっ!!


『む? そ、そうか? 謝罪等初めて故、勝手が分からぬ……。部下である分神に教え請うたのだが、なかなかどうして……』


 ああ……もう良い……。取り敢えず謝罪は受け入れる。だからどうか、どうか詳しい説明をしてはくれないだろうかっ!? 


 そうして漸く話が進む。


 話を聞くにつれ、無い肩がどっと重くなった様な幻覚に陥る傍ら、ちょっとした親近感が湧いた。ああ、神もそんな失敗するものなのだな、と。


 曰く、私は間違われたらしい。


『元々人間、いては生物の魂はで輪廻転生を繰り返し、その過程で生前の所業や功績を監査、精査して次の転生先を我等神々──厳密には分神が決める。一縷の間違いもない様に複数の分神で管理し決めるのだ。れが我等分神と、中央に座す我等が主神〝転生神〟様の御役目』


 〝転生神〟。


 それが先程頭を下げた神の正体。輪廻転生を司る、神々の一柱らしい。


 そんな大物がたかだか一人間の私に頭を下げたのか……。ホント勘弁願いたい……。


『所がだ。その魂の監視をしていた分神の一体が、間違いを犯した。俗に言うだ』


 周りに控える分神がそう頭を抱える素振りを見せると、一番隅っこでなんだか居心地の悪そうに肩をすくめている分神に視線を送る。


 ああ、成る程。あの隅っこで震えてる分神が私を取り違えた分神か……。おそらく私を捉えてここに引っ張り上げたのも、あの分神なのだろう。間違えられた本人が言うのも何だが、少し同情してしまう。


 私がこの場に来る時に感じた漠然とした感覚。どこか覚えがあったあの感覚は、きっとこれなのだろう。


 そう、生前の私の居た世界でもたまにあった〝仕事場で新人がミスをして、必死に挽回しようとする〟あの様だ。


 ミスをされた側なのに、そのミスを必死に挽回しようとして空回りしている様を見て逆にこっちが心配してしまうアレ。


 アレと同じ感覚をあの時覚えたのだ。その事にようやっと気付けて少しスッキリ出来た。


 そして神々からの説明は続く。ここからが、私と神々の一番の問題点。ここまで事態が大きくなった核心である。

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