第二章:運命の出会い-9

「若々しいって……。こんな口調の十二歳が居ると思うか?」


「まあ、確かにそれでも大人びていますけど。違うんです。〝老人にしては〟です!! 普通の老人はもっとなんというか──萎れている? 枯れている?……兎も角そんな風だと僕は思うんです!!」


 間違っていないがかなり失礼な物言いだな。一体誰に似たんだまったく……。


 それにしても、若々しいねぇ……。


「言っておくがなマルガレン。私のこの口調は前世からだ。元々あまり露骨に老人口調ではなかったんだよ私は。当時の部下からも「ジジイのクセに」とからかわれて──」


「本当にそうですか? よーく思い出して下さい」


「本当にそうですかってお前、お前なら見たら分かるだろうに……」


「いいから思い出して下さい!!」


 まったく強引だな……。後で口調を直すよう躾ける必要があるなこれは。


 とはいえ、当時の口調を思い出せといわれても……。


 …………。


 まあ、そうだな。


「まあ確かに、漠然と、本当になんとなくだが昔よりはそんな気もするな……」


 若干適当に言ったが、まああながち間違ってはいない気がする。


 というか口調に限らず私の色々な側面が軟化してないか?


 それこそ前世の様に常に最悪を想定して用意周到に準備をしたり、我欲を優先して他人の命を容易く脅かしたり……。そんな老獪で無慈悲な思考が多少軟化している気がする。


 今は子供の体だからと言い訳したり、リスクを想定して他人を殺すのを避けたり。終いには勇者であるアーリシアを泳がせる選択をしたり……。


 これからもっと冷徹に、効率的に動く事を誓ったとはいえ当時の私が見たら鼻で笑ってしまう所業だ。


 環境や状況が違うのも勿論あるのだろうが、意識が地続きな筈なのにここまで甘い人間になるものか?


「これは僕の推測でしかないのですが……」


 マルガレンはそう切り出すと一拍置いて私の目を真っ直ぐ見ながら続ける。


「坊ちゃんの精神が、今のご自分の身体とこの十二年間のご自分に対する扱いに引っ張られているのではないですか?」


 精神が、引っ張られる?


「どういう意味だ?」


「ええとですね……。坊ちゃんは意識を保ったまま赤ん坊に転生されたのでしょう? それでその意識のままご両親とガーベラお嬢様に愛されながらこの十二年間過ごされた」


「……ああ、そうだな」


「いいですか坊ちゃん。例え精神が老人だったとしても、十二年間もの間無償の愛情を絶え間なく捧げられ続けているんです。いくら坊ちゃんの精神が強靭でも変わらない方がおかしいと思うんです」


 ……確かにな。


 十二年もの時間、私は父上や母上、姉さんや使用人達に愛されて育った。これは驕りでもなんでもなく確かに感じていたものだ。


 枯れきって、萎れきって……。楽しみが最早コレクションしか無かった前世の私。


 用心深く無慈悲で我欲に塗れていた私は、きっと当時、本当の意味で乾き切っていたのだろう。


 無意識にそれを自覚していたからこそ、当時百まで生きれる身体で、特に異常が無かったにも関わらず八十二歳という年齢で老衰を迎えた。


 死に際の後悔は私が残していったコレクションのみ……。なんと枯れ切った事か……。


 そんな枯れに枯れた私の精神に注がれた持て余す程の愛情……。変わらない筈がない。


「成る程な。確かに私の精神はこの世界に産まれて軟化した。反吐が出るくらいにな」


「まあ、それでもかなり年齢不相応ですし、割りかし無慈悲ですけどね」


「そう言うな。これ以上は軟く出来ん。それに今はそれで良いのかも知れないが、将来的には戻るかも知れんしな。同じ人間には変わりないのだから」


「僕ははっきり言えばどちらでも。どんな坊ちゃんでも、僕は坊ちゃんの側付きですから」


「そうか。そいつは良かった」


 当時の用意周到さ、無慈悲さ。欲を言えば私の理想はそんな当時の私だ。


 だが今のこの環境、状況にいる限りはその理想には遠いらしい。まあ、だからといって色々利用出来る今の環境を変えるつもりはないが……。これも言い訳か……。なんだか思考停止したくなるな本当に──というかだ。


「そもそもお前、私の精神が軟化しているのと私の彼女に対する気持ちになんの関係があるんだ? 結局私は元老人で──」


「だ・か・らっ!! 軟化なんて言うからややこしいんですよ!! 精神が〝若返っている〟と解釈して下さいよ!!」


 精神が、若返っている? そんな──


「そんな都合の良い解釈……。通じるかね……」


「都合が良いも悪いも、事実肉体が若返っているんですから!! そもそもですね坊ちゃん!!」


 マルガレンは私に半ば覆い被さらんとする勢いで身を乗り出して来る。うん、やっぱり若干怖い。


「坊ちゃんは〝欲しい〟のでしょう? その子の事が!! なら手に入れれば良いんですよ!! 坊ちゃんは欲しい物を手に入れる事に人生を賭しているのでしょう!? なら遠慮だとかそんな物は邪魔でしかないじゃないですか!! 違いますか!?」


 ……。


「……坊ちゃんの根幹は〝強欲〟なんです。それが坊ちゃんの羅針盤であり、根っこなんでしょう? なら何を迷うんですか。老人だとか関係ないんです。坊ちゃんが欲しいか欲しくないか。それだけなんです」


 ……そうだな。


 私は欲しい。彼女が、どうしても。多分もう他に目も移らない。どうしようもなく一目惚れして、どうしようもなく欲しいと感じる。


 私の中の〝強欲〟が、まるで激流の様な勢いで必死に右手を伸ばしている。そう感じる。


「分かったよ。正直になろう。私はあの子を手に入れる。絶対に」


「それでこそ坊ちゃんです」


 そう言って笑うマルガレン。


 まったく。自分が元老人だとか、そんな部分まで気にしているなんて。私は本当に軟弱になっていたのだな。だがもう迷わないさ。あの子を手に入れる。私の人生の決定事項だ。


「そうと決まれば早速その子を探しに行きましょう! 第一査定を合格していればまだ訓練場にいる筈です」


「ああ、そうだな」


 そう返事をして立ち上がろうとした、その時。


「おお!! 居た居た!! 君君!!」


 私が声がした方へ向くと、そこには先程私を〝特別査定〟に指名した初老の教職員がこちらに走って来るのが見えた。


「いやぁ、探したよ。まさか帰っちゃったんじゃないかとヒヤヒヤした」


 そう言って額に滲んだ汗を袖で拭いながら荒い息を吐く初老の教職員。タイミングが悪いな。


「さあ!! 君の特別査定の時間だ。あの一番大きい馬車の前まで付いて来てくれ。中にいるお方に君を査定して頂くから」


 お方と来たか。さぞ高名な人が乗っているのだろうな。


「聞くに随分偉い方な様ですが、私を査定して下さる方はなんと言われるんですか?」


「ああ、聞いて驚くなよ? 今回君を査定して下さるのは……「フラクタル・キャピタレウス」様だ!!」


 ……ほぉう。

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