第二章:運命の出会い-8

 私はあれから訓練場に用意されている木製ベンチに腰掛け、適当に空を見上げていた。


 先程目にした少女。彼女の姿が頭から離れないのだ。


 どういった性格の子なのかは分からないが、少なくとも外見と声音は私の理想にかなり合致していた。


 年齢が下なのか上なのかは判然としないが、私と同じか、その一つ二つ上下なのはなんとなく分かる。


 仮に彼女が合格してくれればまた逢えるかもしれない。不合格なら……。少なくともこの街に居るのなら探し出せるか?


 と、そんな事を考えていると。


「坊ちゃん! 漸く見付けました!!」


 そう言って小走りしながら私の下へ来るのは勿論マルガレン。マルガレンも一応この候補者査定に参加していたのだが、なんだか若干顔色が良くないな。


「まったく。どうせなら一緒にやりましょうよ! 僕どうしていいか分からなかったんですよ!?」


「お前なぁ。私の側付きだからと言って全ての時間を私と過ごす必要は無いんだぞ? それにこの程度の事で取り乱してどうする。別々の街ならまだしも、同じ校内の訓練場だぞ?」


「それでも心細かったんですよ!!」


 何を可愛らしい事を言ってるんだコイツ。十歳の少年に言われてもピクリとも琴線に触れないわ。


「側付きにした私が言うのも何だが少しは自立しろ。今後一人仕事を頼む事もあるかもしれんのにそんな調子でどうする?」


 十歳の少年に言うセリフではないが今の内から一人に慣れさせないといつまでも私にベッタリになりかねん。側付きだからと言って距離感は大事だし必要だ。


「そんな冷たい……」


「一人に慣れろと言っている。別に突き放しているわけではないし、お前を将来的に手放すつもりも無いから安心しろ」


 私が一方的にそう言うとマルガレンは不承不承といった具合に無言で頷く。


 まったく。少し甘やかし過ぎたか?


 と、そんな事を考えている場合じゃないな。


「ところでお前はどうだったんだ? まさか合格してないよな?」


 マルガレンの通う学校でも一応魔法の授業はあるらしいのだが、ウチの学校より素直に勉学の方に力を入れているらしく、マルガレンの年齢ではまだ座学のみで実習などはないらしい。


 その為マルガレンには一応私から魔法の練習をちょこちょこさせてはいたのだが、やはりというか魔法を未だに習得出来ていなかった。


 私は最初に《炎魔法》を教えたのだが、相性が悪いのか小さな火種すら発現出来なかった。


 その後は取り敢えず片っ端から試し、比較的簡単な《地魔法》を小石程度を作り出すことが出来るまでは練習した。


 それでも私の様に魔力関係のスキルや《地魔法適性》を習得していないなりには出来た方だと思う。だが、


「それは……。不合格でしたけど……」


 まあ、そんなに甘くはない。マルガレンで合格なら第一査定を受けられた全員が合格になるだろう。ダメ元で受けさせたが、まあ、予想通りだ。


「ああ、どうしましょう坊ちゃんこれでは魔法魔術学校に行く坊ちゃんに付いて行けません!!」


 成る程。顔色が悪かったのはそれを心配していたのか。だがまあ、


「心配するな。どうやら私は教職員に強い印象を与える事に成功したようでな。〝特別査定〟とかいうのに招かれている。それを合格出来たなら私の多少のワガママも聞いてくれるかもしれん。その時にお前も側付きとして連れて行けるよう説得する」


「ほ、本当ですか坊ちゃん!!」


「ああ。向こうも多分私を逃しはしないだろう。そのくらいのワガママなら聞く筈だ」


 聞かなかったら聞かなかったで色々ゴネるが……。まあ、大丈夫だろう。


「はあ〜……。安心しました……。先程坊ちゃんが言ったように短期間ならまだしも、年単位で離れるなんて、僕耐えられませんから」


 ……なんかちょっとコイツ怖いな。変な方向に向かって無いといいんだが……。


「それはそうと坊ちゃん。僕が来る前までこの場で何をしていたのですか?何やら空を見上げてぼーっとしていたみたいですが……」


「ん?なんだ、そんな事が気になるのか?」


「え、いやだって坊ちゃんいつもちょっとした時間が空いたら本を読むか魔法の練習してるかじゃないですか。僕坊ちゃんがあんなに惚けているの始めて見ましたよ?」


 惚けてると来たかコイツ。口調も若干崩れ気味だし、距離感縮まってないか?


 ……まあ、いい。


「そうだな。少し考え事をしていた」


「考え事? またスキル関係ですか?」


 まあ、そりゃそう思うよな。私の考え事なんて七割八割それだしな。だが今日は違う。


「いや違う。実はな、さっきすれ違った少女がエラく印象的でな。頭から離れないんだ」


「印象的、ですか」


「ああ。今までに無いくらいに美人でな。髪色から髪型、目の色や形、大きさ。肌の色や身長、体付き。それに声音。そのどれもが輝いて見えてな──」


「……すれ違っただけで随分と詳細に頭に残っているんですね」


「おい、顔を引きつらせるな。露骨にドン引きするんじゃない。しょうがないだろう私だってここまで詳細に記憶している事に驚いているんだから」


「そ、そうですか……。ですが坊ちゃんの周りにも美人が居ない訳ではないでしょう? ガーベラお嬢様とミルお嬢様はまあ、身内ですからカウントしませんが。それこそアーリシア様は可愛いですし、クイネだって割と整っていますよ?」


「いや、違う。姉さんやミルを含めたとしてもさっきの子は違うんだよ。言うなればまさに「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」……。それに相応しい女性だ」


「……坊ちゃん」


「なんだ?」


「坊ちゃんは中身が大人なんですから、それが何なのか分かりますよね? 流石に」


「……」


 まあ、勿論分かっている。分かってはいるのだよ分かっては。だが──


「……いいものなのか? 私が、そんな」


「どういう意味ですか?」


「そりゃお前……。私はお前が言ったように中身は大人──どころか老人だったんだぞ? そんな私が……気色悪いだろう?」


 そう。見た目はこんなだが、私の精神は老人の時と変わらない。八十年間の前世の記憶もあるし、その中で比例して自分の価値観も年老いた。


 そんな私が今の私と同年代……。十二前後の少女に恋慕? なんだそれは本当に気色悪い。自分の事ながら寒気がする。あっていい筈がないだろう。


「あり得んよ。私がそんな事……。あっちゃならんよ」


「坊ちゃん……」


「老人が少女に恋など悪夢でしかない。ふざけた話だ。だから私は──」


「あの坊ちゃん。一つ良いですか?」


 マルガレンはそう言うと、私の隣に腰掛け、私の顔を覗き込む。


「……なんだ」


「僕、前から思っていたんです。坊ちゃんは自分を老人だと仰いますが、なんか違和感があるな……と」


「……違和感?」


「はい。確かに坊ちゃんは年齢不相応な面が多々あります。僕の目で見ても老人が嘘ではないのは分かっています。ですがどうしても拭えないんです。一つだけ」


「だからなんなんだ」


「それはですね……。坊ちゃんの口調、若々しいんですよ。明らかに」


 ……なんだって?

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