第四章:泥だらけの前進-18
「ふーんって君ねぇ!? 俺貴族よ!? なんでそんな反応なんだよ!?」
おっと、口に出ていたか。これは失敗失敗。
「いや、
「……普通は貴族の人間には平民は
「この学院内では地位は基本関係無い。あるのは純粋な実力がモノを言うヒエラルキーだ。だがやりたければやっても私は構わないぞ? そうなれば私も相応の対応をする」
仮にコイツの親が私や実家に圧力を掛けようものならやる事は決まっている。貴族の誰しもがやっているであろう国に知られちゃマズイ物を無理矢理引っ張り出して曝す。今の私ならば十年前よりもスムーズに事が運べるだろうな。
そもそもの話、たかが男爵位だぞ? 地方でも大した統治など滅多にないし、王都内だったとして上位貴族の腰巾着や駒遣い……。そんな奴に一生徒をどうこうなど出来る筈ないだろう。
「そ、そんな強気で、良いのかい?」
「ああ。だが後悔するのはオマエだ。私じゃあない」
ティールはそのまま苦い顔をしながら黙り、腕を組んで少しばかり何かを考えた後深い溜息を吐く。
「……分かったよ。君にはこういった手法は効かないようだ……。まあ、俺も実の所好きではないんだよ、権力で人を動かすってのは」
ふむ、またアッサリ引いたな。尤もらしい事を言っているが、なんだ? コイツに感じる違和感は……。
「所でだね君達。俺から一つ提案があるのだが、聞いてはくれないかい?」
は? 提案? 急に何を言い出すのかと思えば……。
「なんだ? 聞くだけ聞こう」
「うむ。いやね? 一週間後に新入生テストが控えているわけだが、君達は見た所二人だけの様に見える。もう一人、必要なんじゃあないかい?」
……ああ、成る程。
「ああそうだな。新入生テストに臨むには、一人足りないな」
「そうだろう!? そこでなんとも都合が良い事に俺は今一人!! どうだい? 一層の事俺を仲間に入れるというのは?」
ふむ……。やはりそう来たか。私達どちらかに用があって近付くにせよ、今この場だけの接点では意味が無いからな。新入生テストで私達を詳しく調べ、あわよくば仲良くなって更に詳しく……。私達を懐柔するつもりか?
……まあ、何にせよ。
「私達の実力を目の当たりにしてそう提案するのならば相応の実力があるんだろうな? 私は中途半端な奴を仲間に入れるつもりなど無いぞ?」
言ってしまえば私はメンバー残り一人は余程の足手まといで無ければ誰でも良いと考えていた。
そう、全ては私がロリーナとの仲を更に深めて行く為の画策なのである。
アーリシアをメンバーにしなかったのもその為であり、少し酷な言い方になるがアーリシアと一緒だと何やら要らぬ誤解を招きそうで正直怖い。
だがこれが知人ですら無い赤の他人だったならばほぼ間違いなく私を頼ってくれるわけである。
その点に於いて、このティールの存在は中々上手くハマってくれそうなのだ。
何せあの胡散臭い言動と仕草だ。ロリーナも察しは良い方だからその事に気付いて警戒している。その状況こそが、よりロリーナが私を頼るキッカケになるだろう。
故にコイツが私達の最後のメンバーになるのは構わないし、寧ろ都合が良いのだ。だがだからと言って簡単にそれを許しては違和感があるだろう。ここは一つ、体裁を取り繕う意味でどの程度の奴なのか見定めさせて貰おう。
「む……。それもそうだな……。得体の知れない奴を仲間に、とは簡単には決められないという事だな?ならば良し! 俺の実力、とくとご覧あれ!!」
ティールは私達から少し距離を取り両手を眼前に構える。すると両手から少しずつ石が生成され始め、その大きさが膨れ上がる。
そしてその石がバスケットボール程の大きさにまでなると、ティールは複雑に手を動かしてその石の形を変えていった。
まるで彫刻を彫る様に石を徐々に削っていき、少しずつ少しずつその形が露わになる。
見て取れるのは二人の人物。二人は近過ぎず離れ過ぎずの微妙な立ち位置であり、片方は少し見上げ、片方は優し気な目付きでそれの視線を受け止めている。
ディティールは更に細かくなっていき、遂にはそれが誰で何なのか、ハッキリと分かるまでになっていった。
ここまでの物を魔法のみで作り上げるのはある意味で職人芸の域に達している。私でもあの速さであのクオリティはかなり難しいだろう。そこは評価出来る。
……というか。
「何故魔法でわざわざ私達を彫刻にしているんだオマエは」
精巧に作られたそれは、紛れも無く私達を模した石像であり、これをこの数分の間に作り上げたティールは渾身のドヤ顔を私達に決めてくる。
「はっはっはっ!! ハッキリ言って俺は魔法の才能はそこまで無い!! 《地魔法》と《水魔法》は習得しているが、戦闘センスがからっきしでな!! こういった小細工しか出来ん!!」
「オマエ、それでよく自信満々に私達の仲間になろうとか言い出せたな……」
「あーいや、まあ……。俺だってな? 別に気にしていない訳では無いんだ……。ただだからと言って新入生テストをクリアしないワケにはいかない……。なら俺が取れる選択肢は……」
「……強い奴の腰巾着になる、か」
ティールは弱々しく私に笑って見せる。どうやら気にしているのは本当らしい。口調も何となくだがワザとらしさが無かったからな。
とは言え問題なのはコイツがまともに戦えないという事。新入生テストまでの一週間でなんとかなるモノでもないし、そのまま使えない状態で連れ歩くのは流石にな……。
誰でも良いとは言ったが一切何も出来ず足手まといにしかならないとなるとどうしようも……。
……ここは少し視点を変えてみよう。
「ロリーナ、奴が何に役に立つのかアイデアは無いか?」
「私……ですか?」
「ああ。意見が聞きたい。些細な事でも構わない」
私一人で思い付かないのならロリーナに頼る。頼って貰うばかりでなく、持ちつ持たれつの関係が地道に仲を深めるコツである。
「そうですね……」
ロリーナはティールが手に持つ精巧に作られた私達の石像に目をやる。
まるで私達の精神的な距離感を表しているようなその石像だが、果たしてこれが何の役に立つというのだろうな……。
「……アレよりもう少し大きな物を作れるのなら……」
「ん? 何か思い付いたのか?」
「いえ……。ただアレくらい精巧な物なら、身代わり……囮になるのではないか、と」
ふむ……成る程、囮か。
「おい、そのクオリティのまま等身大の物は作れるのか?」
「え、なんだい藪から棒に……」
「いいから答えろ。今オマエがなんとか使い物にならないか検討しているんだ」
「むう……。そうだね、クオリティは問題無いよ。ただ等身大の物を作るならそれなりに時間が……」
「ふむ、まあそうだろうな。だがそのサイズが数分なんだ。丸一日頑張ればそこそこの数作れるんじゃないか?」
「丸一日って……。え? ていうかつまり俺に何をさせるつもりなんだい!?」
少し空いたこの距離で精巧さが見て取れるクオリティの石像。ロリーナが言ったように、これは囮や騙し討ちなんかに使える可能性を秘めている。
恐らく中々の極限状態の中で模擬戦を行う今回の新入生テスト。場所が沼地である事から視界は悪く、湿気や季節による高い気温により判断能力が鈍る事が予想される。
そんな中で見掛ける人影は、さぞ本物に見える事だろう。ふむ、良い着眼点だ。
「私達の役に立ちたいのならば一週間以内に最低十体の私達を模した等身大の石像を作れ。それがオマエの課題だ」
「い、一週間で十体以上……」
無理な数字ではない筈だ。寧ろこれくらい出来てもらわねば私達のチームに入れる意味合いが余りない。
あ、それとだ……。
「それともう一つ、オマエに要求する事がある」
「こ、今度はなんだい!?」
「その不慣れでチグハグな喋り方を止めろ。何を目的にそんな小芝居を打っているか知らないが、聞いていて耳障りだ」
「え!? な、なんのことやら……」
「つべこべ言うな。普段の口調にするか貴族っぽい癪に触る喋りを徹底するかどちらかにしろ。良いな?」
「……わ、分かった」
「よし。時間も良い感じだし、そろそろ昼食にするか……。街に出て済ませるか作るか、どうするかな……」
「それでしたら今日は私が作ります」
「……良いのか?」
「はい。朝食をご馳走になりましたし。そのお返しに……」
「ありがとう。なら街に食材を買いに行こう。ついでに簡単にだが街を案内する」
「はい、よろしくお願いします」
「……俺、完全に邪魔になっていないか?」
こうして私達に成り行きでティール・マドネス・ハッタードがチームメンバーとして加わり、新入生テストに向けて邁進して行く事になる。
しかし、この時私はその新入生テストで予想だにしていなかった事態に見舞われる事になる。
いや、もしかしたらもっと情報収集を徹底していれば予測くらいは出来ていたかも知れない。前世で情報を扱っていた者として嘆かわしい事だが、きっと油断していたのだろう。
この時にその可能性に気が付いていれば、〝片腕を失くす〟なんて事態には、ならなかったのかもしれない……。
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