第三章:傑作の一振り-22
数時間。
昼食を間に挟んで数時間が経過した今現在。
私は頭を抱えて通りに設置されたベンチに座っている。
一応この後、一旦ノーマンの店に寄り、ジャックの様子見と剣製作の進捗状況を確認しに向かう予定であったが、今はそれどころではない。
さあて、どうするか……。
横には心配そうに私を見守るマルガレンが、両手に軽くなった金貨銀貨が入った皮袋を抱えている。
そう、それはつい数時間前に魔物討伐ギルドから受け取った七十枚以上の金貨が入っていた皮袋。ずっしり重かったそれは、今は悲しい程に軽くなっている。
盗まれた……ならば良かったのかもしれない。
それならば解決策は有ったのだ。だが今回の件は──
「坊ちゃん。僕は今日ほど坊ちゃんの強欲さに頭を抱えた事はありません」
「……ああ、私もだ。我ながら
「まさかあそこまでお金遣いが荒いとは……。今までの計画性がある金銭感覚はなんだったんですか……」
「ああ……本当、呆れるなぁ……」
今回の出来事で、私は思い出した。
私はそう、飛び切りに金遣いが荒いのだ。
今までは抑制出来た。それはそもそもの所持金が余り無い為、自由に出来る金が無い為。それらが私の中の強欲に辛うじてストップを掛け、なんとかなっていた。
だが今回手にした金は私が討伐し、私が稼いだ純度百パーセントの金。それも前世換算で約七十万円以上の今の状況から考え得る限りの大金だ。
そんな大金を自由に出来る……。
「強欲の魔王」たる私の
結果起こったのはスクロールの大量購入。購入予定だったスキルを始め、衝動的に買ってしまった物。安売りされていた物に限定品と銘打たれた物。買えるだけ買ってしまった。
以下がマルガレンが裏でこっそり付けていた購入リストである。
技術系スキル。
《ナイフ術・熟》
《弓術・熟》
《暗殺術・初》
《隠密術・初》
《細工術・初》
《登攀術・初》
《騎乗術・初》
《変装術・初》
《縮地法》
《羽根の歩法》
《脱兎の俊足》
補助系
《敏捷補正・II》
《器用補正・II》
《跳躍強化》
《体幹強化》
《暗殺強化》
《減重》
《迷彩》
《遠視》
《直感》
《隠蔽》
《熱源遮断》
《魔力遮断》
《動体遮断》
《半透明化》
《弱点看破》
《隠匿看破》
《変色》
《変声》
……ふふふ。買い過ぎた……。
幸い関係無いスキルを購入しようとした私をマルガレンが止めてくれたお陰で、殆どが目的に則したスキルなのがまだマシなポイント。
だがこのリスト以外にもう一つ、買ってしまったスキルがある。
それは先に述べた限定品と銘打たれたスキルであり、唯一のエクストラスキルが封じられたスクロール。金貨十枚を叩いて買った、そのスキルの名は──
補助系エクストラスキル《究明の導き》。
《解析鑑定》で調べた結果、この《究明の導き》の権能は手に取った物が一般的にどう利用出来、またされているのかを調べ、その利用方法を教えてくれるスキルらしい。
簡単に言えば万能説明書。最適な用法用量が判明する素晴らしいスキルだ。
《解析鑑定》は調べたい物品の現在と過去の一部が判明し、《天声の導き》は自身の状態及び自身の周りを知ることが出来る。
そしてこのスキルがあれば物の利用方法が分かる。《品質鑑定》や《物品鑑定》の別ベクトルの上位互換。研究者や技術者が喉から手が出る程欲しがるスキルだが、やはりというか、エクストラスキルだけあって習得率はかなり低い。
《解析鑑定》程でないにしろ、私が買った瞬間のあの「バカなボンボンが」と言わんばかりの店主の顔を見れば、嫌でも分かる。
まあ、目の前で買い込んだスクロールをポケットディメンションを開いて入れ込んだ時に見せた「なんだその魔法は……」と言いたげな表情を見れて溜飲は下がったが……。
と、そんな事よりである。
「マルガレン。残り金額は?」
「何度聞いたって増えませんよ。残り十五枚。それ以下でも以上でもありません」
「……そうか……」
つまりはスクロールだけで金貨八十枚近くもの金を使ったという事だ……。
スクロールは基本的には高い。
なんせ他人の努力の結晶だ。スクロールに封印するのも相応に技術が必要だし、エクストラスキルで無くとも有用性が高かったり中々出回らなかったりすれば値段も跳ね上がる。
その結果がこの惨状。まあ、無駄でないのが救いか……。
「……まあ、あれだな。流石に剣を作るのにトーチキングリザードの素材全ては使わないだろう。その素材を売れれば……」
「そうですね。剣の代金は払えるでしょう。ただやはり遣い過ぎですね」
「そうだな……。最悪もう一樽の血液も売れば……まあ、最悪だが……。マルガレン、今後はお前が管理してくれ」
「はい、心得ました」
何故か少しだけ嬉しそうに笑うマルガレンの姿に、私は回想する。
そういえば前世でも、私が浪費家なのもあってか、管理は私では無く早死にした妻がやっていた。妻が死んでからは秘書にやらせていたが──いや今はそんな事に耽っていても仕方ないな。
そんなこんなで私は漸くその場から立ち上がり、目的であるノーマンの鍛冶屋に向かう。
鍛冶屋ではノーマンがボルケニウムを鍛錬しており、その横で静かに、けれども真剣にその様子を焼き付けているジャックの姿があった。
鍛えているボルケニウムは既に燭台の形はしておらず、漠然とだが剣の形に近付いている様に見える。
そんなノーマンは鍛冶屋を訪ねた私の姿を見るや否や私に噛み付く様な勢いで掴み掛かり、「まだ血液はあるか!?」と、なんだかまるで血液が不足している災害現場の救急隊員のセリフに聞こえるが、まあ、言わんとする事は分かる。
理由を聞くと、どうやらあのトーチキングリザードの血液には高い可燃性があり、更にこの血液に金属を浸すと高い耐熱性を獲得し、ボルケニウムが放つ高温に耐え得る金属に昇華するという。
最初は私が持ち込んだ真っ黒なブロードソードやハウンドウルフの素材をどうやってボルケニウムの熱から守るかを考えていたらしいのだが、その思案の邪魔をしない様にとジャックがその場を移動した時に机にぶつかってしまい、上に置かれていた予備のインゴットを血液樽の中に落としてしまった。
物音に気付き、事態を把握したノーマンが血液からインゴットを取り出すと、既にインゴットには血の色が僅かに染み付いてしまっていたという。
そこでノーマンは必死に謝るジャックを余所に、その職人特有の直感でそのインゴットを鍛えようと竃に突っ込んだ結果、約千度の温度に晒しても形が変わらず、更に火力を上げて漸く変形したらしい。
それに目を付けたノーマンは私が渡したブロードソードとハウンドウルフの素材を樽に全て突っ込み、現在放置中との事。
だが一樽に全て収まっているのなら何故もう一樽必要なのかと訊ねると、どうやらトーチキングリザードの血液がもう既に劣化して来ており、このままでは使えなくなるという。
成る程と思い、私はポケットディメンションからもう一樽取り出しノーマンへ差し出す。
ノーマンが「ありがてぇ!!」と言いながら新しい血液の入った樽に素材達を入れ替えている時、ジャックが私とノーマンに「折角だからクラウンさんのポケットディメンションに素材入りの樽を預けてしまえば?」と提案して来たが却下である。
理由は簡単、ポケットディメンション内は確かに時間が経たないから血液は劣化しないが、同時に素材に血液も馴染まない。それでは意味が無い為、私のポケットディメンションは使えないのだ。
そんな遣り取りの後、ジャックに暗くならない内に帰るよう言ってから私はノーマンの鍛冶屋を後にした。
剣製作は順調な様子でホッとし、ジャックもノーマンとはなんとかなっている様子だった。いやはや、上々で何より……。金銭面以外は……。
そんなこんなで宿へと帰路に着き、今夜の予定を立てる。まあ、予定と言っても、後数日はスクロールからスキルを獲得する作業だ。魔力量を考慮すると、余り連続では出来ないからな……。剣製作に間に合えば良いが……。
それに一回くらいは試したいじゃないか。
新しいスタイルの〝狩り〟を。
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