第三章:傑作の一振り-23
アレから数日。
今は深夜を回って少しした頃。
私は今、パージンの街の光の一切届かない路地裏をひた走っている。
顔には例の「白磁の妖面」を被り、全身は真っ黒で全身が隠れるフード付きローブを羽織り、体色を《変色》によって病的な程に白くしている。
数日前から始めたスクロールからスキルを習得する作業を全て終え、色々と偽装工作をした後、私は例の〝狩り〟へと出向いている。
まあ、今回から始める狩り……いや、狩りという呼び方は、今回からは合わないかもしれないが──まあそれは置いておいて。
今回から始めるのは今までやっていた犯罪者を襲い、その所持スキルを奪うといったものではない。
もっと安全で効率が良く、また犯罪的でない。いや、厳密に言えば法に触れるには触れるが……。影から犯罪者を夜襲するよりか、犯罪的ではない。そんな新しいスタイルを確立した。
まあ、上手く行けばの話だが……。
兎も角。今日の初陣で良い成果を出せるように最善を尽くす。それだけだ。
蟻の巣の様に入り組んだ裏路地を習得したばかりの《羽根の歩法》や《重力軽減》、《減重》や《体幹強化》を駆使しながら迷う事なく走り、事前にマルガレンに調べさせたとある人物の家に向かう。
それはかつて、パージンの街にある冒険者ギルド「穴蔵の金斧」で銀級冒険者まで登り詰めた老齢の男が住まう家で、今は一人で病により床に臥しているという。
パージンの街では今その事が密かに噂されており、その老齢の冒険者に世話になった中堅冒険者や新米冒険者達が度々見舞いに訪れては励まし、まだまだ現役だと口にしており。
何か救う手立てはないかと冒険者達は躍起になっているが、老齢の冒険者の年齢を考えると強い薬や魔法は身体が保たず、老齢の冒険者自身はこのまま眠る様に逝きたいと口にしているという話。
そんな冒険者を、私は非常に勿体ない、と感じている。
ただ死なせ、身に付けているであろう数々のスキルが霧散してしまうのは見過ごせない。
どうせ死ぬなら私にスキルを寄越してから死んで欲しい。
そんな自覚出来る程の傍若無人なワガママを、私は今から実行に移すつもりなわけだ。
走る事数分。
目的地である老齢の冒険者が住まう住居に辿り着いた私はその建物を見上げる。
二階建ての一戸建て。この世界基準で言うならば成功者と呼んで差し支えないだろう。中には件の老齢の冒険者と、ボランティアで冒険者の世話をしているという元冒険者の女が一人居るらしい。
ボランティアなんてもんが現れるんだから、噂に聞く評判に偽りはないのだろう。中々の人望だ。
この二階建ての建物の二階部分、私が丁度見上げている窓がある部屋に件の冒険者が寝ている筈。
私は早速、《跳躍強化》を発動し、窓の縁目掛け一気に跳躍。縁に手を掛けると手前に体を引き込み窓枠を掴んで縁を足場に窓に張り付く。
《減重》や《重力軽減》の恩恵で《登攀技術・初》であってもある程度は無茶な動きも出来る。加えて《
《鍵開け》で窓の鍵を開け、室内に侵入。そのまま慌てずゆっくり、部屋の主人である老齢の冒険者を探す。
《暗視》により暗闇でも見通せる目のお陰で、件の冒険者はすぐさま見つかり、《気配遮断》などの発動していた遮断系スキルを一時的に解除し、寝息を立てる当人の枕元に静かに立つ。
すると流石と言うべきか、私の気配に気付いた老齢の冒険者はゆっくりとその目を開き、視線だけを私に向ける。
「だ……誰じゃ……」
そう絞り出す様な声色で質問され、私は《変声》で声色を複雑怪奇に変異させ、性別すら見当もつかないような声で返事をする。
「我は蒐集者。死を待つばかりの貴様のスキルを、回収しに来た」
設定は適当である。マルガレンと話し合った結果、簡単にではあるがキャラクター設定を作った方が良いのではないかと結論を出したからだ。
イメージはシンプルに死神。魂の代わりにスキルを回収し、神へと還元する使徒。スキルを神へと還元すれば楽園に行ける。そういう設定。
なんでわざわざこんな事をしているのかと言えば……。
これを何度か続ければ噂が広がり変に真実味を帯び始める。そして然るべき機関が調査を始める可能性があるわけだ。
だがそんな連中は私が作り出した存在しない虚像に振り回されて私にまで辿り着かない。いくら調査しようが、私が喋る事は一言一句嘘しか無いのだ。辿り着きようが無い。
そしてこのキャラクターを調査する連中は、必ず疑うだろう。
コイツ、若しくはコイツの関係者が「強欲の魔王」なのではないか、と……。
そうなった場合の対処法も、漠然とは考えている。
まあ、私が何かやらかして私に繋がる証拠を残してしまったら意味が無いが、《隠蔽》を駆使すればなんとかなるだろう。
それでも私に辿り着く奴が居れば……その時はしょうがない。その時までに他者の記憶を操作ないし削除出来るスキルを習得しておこう。
「お、おぉ……。神が……幸神様が、ワシを導いて下さった……のか……」
……厳密に言えば幸神ではなくて欲神を主神としてイメージしていたのだが──一応言及しておこう。幸神教と揉めるのは避けたい。
「勘違いをするな」
「はひ?」
「我は欲神様からの使い。幸神様の使いではない。さあ、スキルを捧げよ。さすれば貴様の魂は楽園へと誘われよう」
そうやって私は手を差し伸べる。手には黒い革手袋を嵌め、私の体温をなるべく感じさせないよう努めているが……。後でボルケニウムから《低温化》を取っておくか。
「おお……、おおぉ……」
老齢の冒険者は差し伸べた私の手にゆっくり両手を近付け、包み込むように私の手に触れる。
その力は最早弱く、傷やタコだらけの手は骨が隆起し、皮膚を突き破らんばかりで、小刻みに震えていた。
そして私の仮面を覗くその双眸はただただ弱々しく、だが僅かに、何かを期待しているような、そんな感情が宿っているような気がした。
……私に何を期待しているんだか……。
私はこの老齢の冒険者の人生を知らない。
大雑把に調べさせた情報を知っているのみで、そこから私が何かを読み解く事は出来ない。
だが、私は年老いた人間の最期を知っている。
それは筆舌に尽くし難いもので、胸に去来するのは様々な後悔だ。
誰しもが後悔なく逝けるわけではない。
寧ろ後悔なく死ねる者など殆どいないだろう。
アレがしたかった。コレもしておけば良かった。
そんな思いばかりが渦を巻き、晴れぬまま逝く……。
私がそうだった。
……もう一度言う。
私はこの老齢の冒険者の事は知らない。
だが……言って欲しい言葉は分かる。
それは慰めでも励ましでも無い。
ただそう……。私も、言って欲しかった言葉。
「……老いし者よ」
「は、はい……」
「……御苦労であった」
「……っ!? ……ありがとう……ございます……」
大袈裟な程にぼろぼろと涙を零し、掠れた声で、小さく小さくそう呟いた。
瞬間、老齢の冒険者から暖かな力が伝わる。
それはゆっくり私の中に溶けて行き、断片的に、この老人の思い出が私の頭に流れ込む。
幼少期に父親に憧れ、冒険者を夢見た事。
少年時代に先輩冒険者に習い、様々な体験をした事。
青年時代に能力の壁にぶち当たり、何度も挫折しては諦めきれなかった事。
壮年時代に漸く努力が実り、銀級冒険者へ登り詰め、様々な功績を成した事。
還暦に妻に先立たれ、失意の中、周囲の期待だけが我が身に残った事。
老齢になり、それでも活躍を期待する連中に、ほとほと疲れた事。
早く楽になりたい。そればかりを考えていた事。
力は次第に定着し、私の頭にアナウンスが響く。
『確認しました。魔法系スキル《水魔法》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《棒術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《棒術・熟》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《裏突き》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《調合術・初》を獲得しました』
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。補助系スキル《刺突強化》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《目星》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《物品鑑定》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《疲労耐性・小》を獲得しました』
『重複したスキルは同名スキルの熟練度として加算されました』
……これがこの冒険者の人生の結晶。
有り難く、私が有効活用するとしよう。
……もしかしたら私も、ただ一言「お疲れ様」と部下が言ってくれれば、後悔無く逝けたかもしれないな……。
まあ、今では、言われなくて良かったと思うには思うが……。
「ロナルド・ゼラニウムに、楽園の導きを……」
私はその一言を残し、有りっ丈の隠密系スキルを発動させ、家を出て行った。
窓から飛び降りる瞬間、横目にした老人の顔は、何処と無く安らかだった様にも見えた。
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