第三章:傑作の一振り-24

「おうっ!! 出来たぜぇ剣が!!」


 早朝。そう叫ぶ様に私の部屋の扉を勢い良く開け放ったノーマン。


 ガンガン響くその声に重たい瞼をなんとかこじ開け、サイドテーブルに置いてある時計に目をやれば、そこには短針と長針が午前六時半を指しているのが薄っすら見える。


 ああもう、昨日の事で余り眠れていないというのに……それにしても……鍵、掛かっていた筈なんだが……。


 そう思いながらゆっくりベッドから起き上がると、ノーマンの背後には笑顔のカーラットが立っていた。


 成る程、カーラットが開けたのか……何もこんな時に緊急事態用の合鍵使わんでも……。


 それよりも──


「それで……剣、完成したんですね?」


「おうよっ!! そら! 寝間着なんてさっさと着替えてさっさとウチに来い!!」


 ノーマンはそう言うと勢い良く踵を返して走って行く。


 本当、嵐の様な人だな……。まあいい、着替えて向かうか……。


 その後着替えて部屋を出ると、部屋の外では既にマルガレンが待機しており、「おはようございます、坊ちゃん」と言いながら頭を下げる。


「ああ、おはよう。昨日は御苦労だったな」


「何を仰います。僕は坊ちゃんの側付きなのですから、あれくらい当然です」


 そう交わしながら私達は宿を出てノーマンの鍛冶屋へと向かう。


 昨晩、マルガレンには偽装工作としてスキル《変声》で私の声を演じさせ、部屋の中で私とマルガレンが対話している風にして貰っていた。


 やらせておいて何だが、想像するにかなり厄介な事を頼んでしまったものだ。たまには労ってやらねばな……。


 と、そういえば。


「他の奴らはどうしたんだ?」


「はい。アーリシア様はクイネ、カーラットさんと三人でショッピングです。今しがた出発されました」


「また行っているのか? 連日ショッピングとは、よく飽きないな」


「坊ちゃんも、あまり人の事言えませんよ。……ジャックはいつも通り朝早くからノーマンさんのお店に顔を出しています」


 なんか一言余計な事を言われた気がするが……。まあいい。


「ジャックも随分ノーマンに信頼され始めているな。店をジャックに任せて私の所に来るくらいなのだから」


「そうですね。ですがジャックは真面目ですし、割と熱が入り易かったりしますから、信頼を得やすいのでしょう。ノーマンみたいな職人肌の人からは特に」


「それもそうだな」


 そんな雑談をしながら真っ直ぐ店へと向かう。


 それにしても遂に出来たのか……私の剣が……。


 漸く本調子になって来た頭の中でそれを反芻はんすうすると、思わず口元が緩みそうになり、必死に表情筋を固定する。


 長かった、苦労した……。もう家にあるブロードソードを壊さなくて済むし、一回くらい姉さんとその剣で手合わせもしてみたい。まあ、姉さんにはどう転ぼうと敵わないだろうが……。今の私の実力を試したい。そしていつか必ず、一矢報いたいものだ……。


「そういえば坊ちゃん、ノーマンさんにもう一つ頼み事をしていましたよね? 何を頼んだのですか?」


 そう。実はもう一つ、ノーマンに頼んだ物があったりする。


 それはトーチキングリザードの毒腺と毒袋、解体時に出た毒液がノーマンの店に届いた際、ノーマンから「この剣に、こいつは流石に使えねぇなぁ……」と言われ、売ってしまうのもなぁ、と思った時、咄嗟に閃いた物。


 剣に使えないなら一層の事、もう一個ぐらい欲張って武器を作って貰えないかと考えたのだ。


 そう提案すると、ノーマンも良い返事をしてくれた。そっちもそっちで楽しみである。


「着いたら分かる」


「え、隠す様な物なのですか?」


「まあ、物騒っちゃ物騒だが、お前に隠す様な物じゃないよ」


「……本当ですかぁ?」


 私の顔を訝しみながら覗き込むマルガレン。


 おい、《真実の晴眼》をわざわざ使うんじゃない、まったく……。


「本当だ。ただ勿体つけているだけだ。鍛冶屋に着けば説明も省けるしな……」


「……分かりました、信じます」


「はいはい」


 そんなこんな話していると、気が付けばノーマンの鍛冶屋の目前にまで到達し、私は軽く深呼吸をする。


 なんだか妙に緊張する。


 オーダーメイドの剣など、前世では考えられなかったからな……。精神が老人であっても、やはり剣というものには男心がくすぐられる……。


 では、いざ、私の剣とご対面だ。


 私は意気込み、店の扉に手を掛け、開ける。そこには酒瓶を傾け、木製ジョッキに並々酒を注ぎ、一気に呷るノーマンがカウンターに座っていた。


 開店前から呑んでんのかこの人……。まあ、ドワーフは余程じゃなきゃ酔わないらしいからな。コレが平常運転なんだろう。


「おっ、来やがったか」


 私達の存在を漸く認識したノーマンは、カウンターから酒瓶片手に出て来て私に歩み寄る。


「いつもこの時間から呑んでらっしゃるんですか?」


「ああ? バカおめぇ、こいつは祝い酒だよ祝い酒!! 最高傑作完成のなっ!!」


「それにしたって勢いが……」


 最早口に注ぎ込む勢いである。人族なら一回で昏倒する様な危ない飲み方だ。


「堅い事言うんじゃねぇ!! 鍛治仕事中は禁酒してんだ!! 久々の酒の飲み方なんざ他人に言われたかねぇ!!」


 ほう、これだけ呑む人が禁酒を……。鍛冶屋の鑑だな。


「って、んなこたぁいいんだよ!! ホラっ!! こっちだ!!」


 そう言いノーマンは私の腕を強引に掴むと店の奥、作業場へと引っ張られ、マルガレンも慌てて私の後を付いて来る。


 案内されたのはテーブルの前。その上には紫色の高級感ある布に包まれた何かが大事そうに置かれていた。


「ウチの習わしでよ、最高傑作が出来たらこの布に包んで相手方に渡すんだ。そら! 開けてみろ!!」


 私は言われるがまま目の前の布を捲る。


 中には血の様に赤黒い、燃える様な装飾の施された、鞘に納まる一本の剣が鎮座していた。

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