第三章:傑作の一振り-21

 翌日。


 私は早速パージンの街に出て各スクロール屋へ足を運んだ。


 その他の面々も皆、それぞれ思い思いに過ごしている。


 クイネとアーリシアはショッピングと言って私と同じく街に繰り出し、子守としてカーラットを同行させた。


 ジャックは早速ノーマンの鍛冶屋に出向き、その鍛治技術の見学に向かった。こちらは一応ノーマンが見てくれるらしいのだが……。職人の側に素人が居るというのは何かと邪魔になってしまうかもしれない。スクロール屋で買い物が済んだら覗いてみるか。


 最後にマルガレンは当然私に付いて来て共にスクロール屋を巡る。


 昨日のマルガレンの怪我……というか全身の痛みというのも大した事は無かったらしく、激しい動きをしなければ自然に治癒するとの事。恐らくは身体が付いて来なかったのだろう。コイツには無理をさせた。


 その事について私が労いの言葉を口にすると、マルガレンは「お気になさらず」と、なんだか妙に嬉しそうだった。私を守れた事を誇ってくれているのか? それならいいのだが……。


 ……気を取り直して。


 今回私が主に狙うスクロールは大まかには決まっている。


 一つが私が使う《解析鑑定》を妨害するスキル……《隠匿》なんかのスキルを掻い潜れる様なスキル。これがアレば例え強者が自身の情報を隠していたとしても優位に立てる。


 それにそうやって情報を隠し通せると思い込んでいる輩は油断している可能性がある。そこを上手い事突ければ更に有利に運べるだろう。


 一つがもっと広範囲の情報を集める事が出来るようなスキル。だがこれに関しては余り期待していない。


 何故かと言えば広範囲の情報を集めると一口に言ってもその手段は限られているからだ。


 例えば今考えられる手段の一つとして挙げられるのは自身の分身を作り、その分身に各地を出向いてもらい情報の収集をさせるといったものだ。


 考える中では一番シンプルだが、これを実際に使うとなると色々と入り用になってしまう。


 自分の分身を作りスキルを始め、その分身が最低でも私の隠密向きのスキルを使える様にしなければならないし、万が一の為に最低限の戦闘力も必要だ。


 それに分身は一体などでは無く、複数体は出せる様にしたいし、遠距離での情報収集も可能にしたい。


 一番のシンプルな案でもこれだけの手間が掛かるのだ、そう簡単にはこの課題は解決しない。


 故に今回探すのは、その手段に使えそうなスキルを見繕う事。主に分身や能力の転写、遠距離操作が出来そうなスキルか……。


 そして最後に一つ、隠密向きのスキルを更に増やすなり強化出来るスキル。


 昨晩、マルガレンを神官から回収し夕食を終えた後、私はマルガレンを私の部屋に呼び、とある案を提案した。


 それは今現在滞っている夜中のスキル収集〝狩り〟。それを別のベクトルへ方向転換してみるといったもので、今までの狩りよりも効率も安全性も向上した案である。


 それを実現するには今所持しているスキルでは心許ない。故に今回のスクロール屋巡りで見繕うつもりだ。


 以上の三つが今回私が優先して探すスキルだ。そしてこの三つの中でも更に優先順位を付けるなら、一番優先したいのが妨害を掻い潜れるスキル、次に隠密向きのスキル、最後が広範囲情報収集向きのスキルだろう。


 これを踏まえて、私はスクロール屋をマルガレンと共に巡るつもりだ。と、その前に、


「最初は魔物討伐ギルドへ向かうぞ」


「あ、成る程、まずは資金調達ですか」


「ああ、昨日は無理言ってトーチキングリザード討伐を譲って貰って、その上解体だけはお願いしたからな。余り良い顔はされないだろうが、まあ、金銭取引きで向こうが嘘吐いたら教えろ。そこは譲らん」


「はい、かしこまりました」


 そうしてその足で魔物討伐ギルドへ向かう。


 数分してギルド「黄色の熊爪」へ辿り着き、件の話をすると、案外アッサリした対応をされた。


 そのまま待合室へ通され、余り待たずに解体員とギルドマスターを名乗る妙に貫禄ある男が現れ早速取引きスタート。


 剣製作に使うであろう爪や歯、骨、皮、鱗、松明針、それと体内で生成されていたという魔石は引き取り、それ以外……つまりは筋肉と臓器関係は売却となる事になった、のだが──


「そういえばトーチキングリザードの毒腺……毒袋ってどうなんです? あの腐蝕性はかなりの物だと思うのですが──」


「え!? ……あ、あぁ……。大した代物では無いですよ。一般的な薬剤屋なんかではもっと強力な物が有りますし……。そこまで価値は──」


 そこまで解体員が口にすると、横に座るマルガレンが私の服の裾を見えない位置から二回引っ張る。


 これは私が事前にマルガレンに頼んだ相手の言葉の審議に対するサイン。一回引っ張れば真実、二回引っ張れば虚偽。そう決めたサインだ。つまりこの解体員、嘘を吐いている。ので──


「ほぉう。あの腐蝕性の毒液が一般的な薬剤屋に……」


「え? は、はい……」


「そりゃまた随分物騒な薬剤屋が並んでいるんですね、この街では。私の街、カーネリアではあんな危険な腐蝕性を帯びた薬剤は取り扱っていません」


「え!? あ、ああ……ウチの街は薬剤の取り扱いにも精通していまして……」


「そうですか。あのレベルの危険物を取り扱うとなると国からの許可が必要になります。それもかなり厳しい審査を必要とした許可が……。王都にすら殆ど無いんじゃないんですか? そんな店が建ち並ぶとは、怪しいですねぇ……」


 解体員の顔が蒼くなり、横に居るギルドマスターを名乗る男は平静を装いながらも額に冷や汗をかいて無言でいる。私のマルガレンをナメてもらっては困る。


 まったく、随分私をナメているらしい。


「私はカーネリアの領主の息子です。仮にこの街でそんな危険物を無許可で取り扱っている店が乱立しているのであれば、私は父を介して国に報告せねばなりません」


「そ、それは……」


「仮にそれが通り、この街の薬剤屋がそんな物を取り扱っているのであれば街には甚大な被害が──取り扱っていないのであればこのギルドが他の街の領主の息子に詐欺を計った事になる……。どっちに転んでも最悪の未来ですね……」


「うぅ……」


「……今謝れば虚偽については不問にしますよ。どうしま──」


「すみませんでした!! 嘘ですごめんなさい!! あの毒は通常のトーチキングリザードの物より質も毒性も腐蝕性も飛び切りの代物でしたごめんなさい!!」


「……ならば良し。毒腺と毒袋。それと解体時に出た毒液も貰いましょうか」


「え……」


「知らないとでも思いましたか? そりゃあ解体したら漏れ出て来るでしょう、毒液。何か不都合でも?」


「あ、いえ──何も」


「それと横の貴方も、ギルドマスターなんて嘘、今の内にバラして下さい。でないと報告し──」


「すみません!! ただの貫禄だけある受付です!! すみませんでした!!」


「……はあぁ……」


 どうやらこのギルドは、本当に私をナメていたらしい。


 トーチキングリザードの討伐も、私が討ち取ったのではなく、隠れて潜ませておいた部下にでもやらせた、と考えていたらしく、その上最高級の宿に泊まり、二人の美少女を侍らせ、従者を三人引き連れたボンボンの貴族のガキ。そう噂になっていた様だ。


 まあ、傍目から見ればそうは見えるが……。それが気に食わないからといって吹っかけようとは……。それに加え特異個体であったのを私が知らない可能性もあったから通常個体として買い取る算段だったと言う。まったくふざけた話だ。


 その後は貫禄だけの受付の男を下げさせ、事情を全て理解し、状況を察した本物のギルドマスターが入室、取引きが再開される。


 取引き自体は先程の様な事は無かったものの、値段交渉でも懲りずに吹っかけられそうになったので、


「先程の酷い取引き内容を口外して欲しくないのならもっと〝素直〟になって下さい」


 とわざとらしい笑顔を交えて口にし、市場価格から幾らか上乗せした金額を提示させた。


 結局売りに出したのはトーチキングリザードの筋肉と臓器、それから武器には使えなさそうな軟骨や目玉、それと持ち込んだ血液一樽に剣製作時に余る素材は後々に売却する予定だ。


 血液がもう一樽余っているが、これは予備。ノーマンが追加で使うと言い出した時やいざという時の資金源にするつもりで念の為の確保だ。


 売りに出したトーチキングリザードの素材は既に昨日の時点で噂が広まったらしく、買い手は既に決まっているという。そうして漸く、特異個体の素材である事を加味した金額がテーブルの上へ運ばれた。


「えー、締めて金貨七十五枚、銀貨四枚……。余る可能性のある素材に関してはまた後日、お支払いします……」


「はい、確かに」


「えー、それから……これは今回の迷惑料……金貨五──」


「……」


「……金貨十枚です。はい……」


「どうも」


 そうして金貨と銀貨が収められた皮袋を受け取り、その場でポケットディメンションへ突っ込んむ。


「ではまた後日、宜しくお願いします」


「……はい、お待ちしております」


 これで一先ずの資金調達完了。私達はそそくさとギルドを後にし、目的のスクロール屋巡りへと漸く足を運ぶ。


「そういえば坊ちゃん。気になっていたのですが、トーチキングリザードの筋肉や内臓って何に使うんでしょうね。もう買い手が決まっていたという話でしたし」


「さあな。後で簡単に調べてみるか」


 後日、言葉の通り調べてみると、どうやらあの大蜥蜴の肉や内臓の一部は食えるらしく、食えない内臓も、薬の材料になるという。


 特に肉は脂身が少ないにも関わらず濃厚な旨味があり、ヘルシーな事から女性に人気だとか。可食出来る内臓も、ドワーフ達の高級な酒の肴として人気があるらしい。


 それを知り私は、少しだけ取っておいても良かったかもしれないと、少しだけ後悔したのだった。

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