第一章:精霊の導きのままに-8
早朝。まだ朝日が昇り切らない時間帯。
そんな時間に起床した私はまず、風呂に入る。
既に日課と化している早朝の風呂は私よりも早く起きている使用人によって毎朝用意してくれている。
風呂の後、私は一人訓練場へ赴く。
白んだ空の下、私は芝生の上に暇を見つけて作った不恰好な木彫りの竜の置物を置き、その正面に
私が今成そうとしている事は極度の集中力を要する。
スキル《集中補正・I》を所持してはいるものの、それでも心許ないと思えてしまう程にこれには神経を割かれてしまう。
私は目を閉じたまま、自身の魔間欠から魔力を放出し、先程置いた置物の周囲を囲うように配置する。
はっきり言えば、これだけでも結構キツイ。少しでも油断すれば放出した魔力は空気中に溶け出してしまう上、何も再現していない純粋な魔力は自身から離れれば離れる程にその操作は困難になる。
スキル《演算処理効率化》、スキル《高速演算》、スキル《思考加速》、スキル《魔力精密操作》をフル活用して漸く安定してくれている。
だが私はそこから更に別の場所、何もない空間に置物に囲わせたのと同じ様に魔力を放出する。そして《演算処理効率化》、《高速演算》、《思考加速》を限界まで働かせ、その魔力を放出した二点の空間の座標を計算する。
計算終了後、今度はその二点の座標の相違を算出し誤差を修正、そしてまた計算し誤差修正を可能な限り繰り返す。
それによって導き出した数値を基に、囲わせていた魔力を固定する。
さて、ここからだ。
最早頭が沸騰するのではないかと幻覚する程に酷使しているが、ここからが本番だ。
私は高めていた集中力を更に極め、全神経を集中させ、二点に定めた座標、それらを今度は置換する。
算出した座標の数値を魔力でイジリ、二点の数値を入れ替えるのだが、これをどれだけ素早く行えるかで成功率がかなり違ってくる。しかも数値を一つでも間違えば破綻してしまい全てが崩壊、最初からやり直しになる。
これだけの計算をもう一度など、ぶっちゃけてしまえば日に一度で勘弁して欲しい。下手に二度と挑戦をすればその日は激しい頭痛で苦しむハメになってしまう。それだけは避けたい。
…………。よし……。
私はそれから一心不乱に数値を置き換える。
一つ一つ丁寧に、されど素早く、迅速に。
今まで一度も成功しなかった。
七年前に始めた時なんて何をどうすればいいか分からず、情報収集に勤しんだものだ。
最初に一般的な習得年数を知った時は頭を抱えたが、今、私は確信している。
今日、この日に、この七年の努力は結実する。最早失敗する未来は見えない。
そして数値を置き換える事数分、最後の数値を置き換えた瞬間、それは起こる。
魔力で座標を定めた空間は突如として揺らぎ始め、その景色を変えて行く。
まるで蜃気楼が徐々に崩れて行くかのように一方の空間にある彫刻は霞んでいき、逆にもう一方の空間には霞んだ彫刻がゆっくりとその形を形成していく。
その間私はその二点の空間を囲っている魔力が歪んでしまわない様に神経を集中させ、目の前の現象が落ち着くのをひたすらに待つ。
そうして更に数分。二点の空間の揺らぎはとうとう落ち着き、二点間の彫刻の〝空間転移〟が完了する。そして……。
『確認しました。魔法系スキル《空間魔法》を習得しました』
『条件を満たしました。補助系スキル《空間魔法適正》を習得しました』
そのアナウンスが頭に響き、私は思わずその場に仰向けに勢いよく寝っ転がる。そしてそのまま大きく深呼吸をして、肺の空気が無くならんばかりに息を吐き出す。
改めて息を吸い、早朝の澄んだ空気で肺を満たした後、私は大いに笑った。
そう、遂にやった、成し遂げたのだ。
基本五大魔法系スキルの中で最も習得者が少なく、尚且つ最高難易度の魔法、《空間魔法》。それを私は習得した。これが笑わずにいられるか。
七年、ああ……七年か…………。長かった…………。
…………さて、この魔法で色々試したい事はあるが、集中し過ぎた影響か、全身汗でぐっしょりだ。使用人達には悪いが、もう一度風呂に入ろう。それから色々試して──
「坊ちゃん!! 坊ちゃん!!」
ん? なんだ?
「なんだマルガレン。早朝は私に合わせなくても構わないと言っていた筈だが?」
「違うんです坊ちゃん! 居ないんです!!」
「……居ない? 誰がだ?」
「み、ミルお嬢様、ミルお嬢様が居ないんです!!」
…………は?
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