第一章:精霊の導きのままに-9

 ミルが、ミルトニアが消えた。


 屋敷に姿が見えないのだ。


 屋敷中何処を探しても見つからず、あらゆる探知スキルを使っても発見出来なかった。


 私達は当初何者かによる誘拐を疑ったが、ミルトニアの部屋を見るにその線は薄い。


 部屋が荒らされた形跡は無く、また寝間着が畳まれてベッドに綺麗に置かれていた事、更に私の《天声の導き》の警戒網に引っ掛からなかった事からそう予想した。


 まあ、私の警戒網を掻い潜れる何者かによる犯行の可能性もあるが、そこまで考えていてはキリがない。


 つまりはミルトニアが自身の目的の為にその場から消えた事になるが、その目的が分からない。


 確かに妹は好奇心旺盛だが父上や母上、延いては私達を心配させる程の事態を引き起こしたのは今回が初めてだ。という事はそれを押してでもやらねばならないと考えさせる何かの為に、ミルトニアは居なくなった可能性が高い。


 私が早朝、まだ日が昇り切らない時間帯に起床し、空間魔法を習得している最中に出て行こうとした場合、屋敷と訓練場の配置上、私がミルトニアを見逃す事はまず無い。いくらミルトニアが私のスキルを掻い潜れるとはいえそんな時間帯に屋敷を出れば流石に気が付く。


 つまりはミルトニアは私が起床するよりも早く、なんなら夜中の間に屋敷を抜け出した事になる。


 そう考えると、ミルトニアが屋敷を出てから既に数時間が経過している。少し出掛けているだけならとっくに帰って来ても良い筈だが、その気配は全く無い。


 これは、明らかに異常だ。


 居ても立っても居られなくなった私達は屋敷を飛び出し捜索範囲を広げた。


 姉さんや使用人達は街中への捜索、父上、母上は万が一帰って来た場合に備えて屋敷で待機、私とマルガレンは屋敷の裏手にある森へ足を運んだ。


「……居ると思いますか? この森に」


「私は可能性は高いと考えている。街に出向いたのならば住民が見掛けていてもおかしくない。その場合、屋敷になんの連絡も行かないのは不自然だ」


「誰かの──それこそお友達の家に厄介になっている事は?」


「無い。領主の娘が夜中に訪ねて来て連絡無しはあり得ない。仮に向こうが呼び出したのだとすればそれは誘拐未遂に相当する。父上の治世のお陰でこの街の住民にはそんなリスクの高いことをする程の貧富の差は無い。まあ、貴族は別だが」


「では、貴族がなんらかの理由で……」


「そこは……どうだろうな。だが貴族共がわざわざそんな事をする理由が分からん。父上に味方にこそすれ、敵対するメリットが小さ過ぎる」


「成る程……。ではこの森に入った可能性は、高いんですか?」


 マルガレンが目の前に広がる鬱蒼と茂った森に目線を送りながら私にそう問てくる。


 この森は少し、普通とは違っている。私は十二年をこの屋敷で過ごしているが、この森には一度だって立ち入った事がない。


 一応父上や母上からは森に入らぬようにと言いつけられてはいたが、私の頭にこの森について何かしら思った記憶が無いのだ。


 まあ、普通用事でも無ければ森に好き好んで入って行ったりはしないが、それでなくとも一切この森に関心が行かないのは不自然だ。


 ある日私はその違和感に気付き、姉さんや父上母上、屋敷の使用人達や街の住人の何人かに聞いてみた事があったが、誰一人としてこの森に入った事が無いらしい。それどころか〝森に入る〟といった発想そのものが無かった様子だった。


 それを聞き私はこの森には何かあるのかもしれない。と、考える様になったのだが、その後何故か私はいつの間にか森に対する疑念や関心を忘れてしまい、結局何も調査等はしていなかった。


 そしてその記憶ですら、私はついさっき、横目で偶然目にした森を見て思い出した程だ。


「居なくなって数時間、街でなんの痕跡も見付からないとなるともうここしかない」


「なら一刻も早く探しましょう。迷子になっているのだとすれば今頃寂しがっている筈です」


 マルガレンはそう意気込んで森へ入ろうとする。私がそれを肩を掴んで引き止めると、マルガレンはこちらを向いて不思議そうに首を傾げる。


「どうなさったのですか?」


「お前、まさか闇雲に中入って探すつもりじゃないだろうな?」


「え、いやしかし……」


「…………森は辺り一面が同じ様な景色になっている。人の手が一切入っていないなら尚更だ。例え中でミルを見付けられたとしても私達まで帰れなくなっては意味が無い」


「ではどうすれば……」


「定番なのは通った場所に定期的に目印を配置して行って帰りにそれを辿るやり方だ。代案が無い限りはこれで行くつもりだが、どうだ?」


 マルガレンは少し考える素振りを見せるも、直ぐに代案が出なかったのか、私の方を向き無言で頷く。


「では、準備をする。少しだけ待て」


 私は懐から大きな赤色の布地を取り出し、それを七年前から愛用しているナイフで丁度いいサイズに引き裂いて行く。


「用意が良いですね」


「前に森に違和感を感じた時に調査する為の道具をある程度準備していたんだ。まあ、それすら私は気が付けば忘れていた訳だがさっき思い出してな、急いで取りに戻った」


 本当はもっと色々と用意していたのだが今回は森の調査ではなくあくまでミルトニア捜索。余計な荷物は持って行かないようにしている。


 私が習得したばかりの空間魔法をもっと練習出来ていたなら荷物の問題は丸々片付くのだが、今はそれどころではない。


 私は布地を数十本の赤色紐に切り終え、その内の何本かをマルガレンに渡す。


「いいか? 目印は私達の目線の高さの枝に付けるんだ。そして目印は前の目印と次の目印の二点が見える位置にしろ。でないと直ぐに見失うぞ?」


「はい、心得ました」


「私は《天声の導き》でミルトニアが付けているペンダントを限界範囲で検索をかける。ヒットするまでは太陽の方向を常に背にして進んで行く。いいな?」


「はい!!」


「よし、では行くとしようか」

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