第一章:精霊の導きのままに-10

 森を探索し始めて数十分。ミルトニアは未だに見付からない。


 森の中は腰まで伸びた草木が視界一杯に広がっており、動物が通った獣道ですら今の所見付かっていない。


 背の高い木々は陽光を遮り、真夏の午前中だと言うのにその空気は若干冷たさすら感じる。


 この夏場に有難いには有難いが、陽光が届き切らないというだけでここまで冷たさを感じるものなのかと疑問に思うが、今はそれ所ではない。


 私に追従しているマルガレンは目印を木に括り付けながら私に神妙な面持ちでこちらを見てくる。


 それもその筈、私が限界範囲まで広げていた《天声の導き》の警戒網に反応が見付かったからだ。


 普通ならばミルトニアの反応かと喜ぶべき場面なのだが、直ぐさまその楽観は間違いであったと気付かされた。


 反応が一つでは無かったのだ。


 一塊に八つ。それが範囲の端でまるで何かを探している様にゆっくりとこちらに、確実に近付いて来る。


 明らかにミルトニアではない。


 だがだからと言って、この誰もが無関心になってしまう森に人が複数人居るというのは正直考え難い。


 考えられるとすれば──


「魔物…………ですか?」


「あくまで予想だ。だがこの予想が当たってようが外れていようが余り関係ない。八つの正体不明の反応がゆっくり着実に近付いている。それ自体がマズイ」


 屋敷の裏手の森だからと油断していた。異常性を認識していたにも関わらず不用心が過ぎる。本当に、平和ボケが染み付いてしまっている、嘆かわしい……。


 ……敵かどうかは分からないが、確実に味方ではないだろう。


 私だけならば《影纏シャドウスキン》や《気配遮断》で切り抜けられるかも知れないが、マルガレンはそうはいかない。


 マルガレンにも一応、私が提案したスキルをいくつか習得させたり修練させたりしているが流石に私の様なスピードでは進んでいないし、身を隠せるスキルは習得させていない。


 戦闘力に関しては同年代と試合をすればなんの問題もない程度には戦えるが、今目の前の問題を掻い潜れる程の段階ではない。


 ならば私達が今やるべきは……。


「走るぞ」


「え、走るって、何処へ? そもそも木の目印は……」


「そんな余裕は無い!」


 私はマルガレンの腕を掴み走り出す。そんな私の行動に虚を突かれたマルガレンはバランスを崩しながらもなんとか倒れずに持ち堪え必死に歩幅を合わせ走る。


 腰の高さまで伸びた雑草達をナイフで雑に切り裂きながら暫く走り、《天声の導き》の警戒網の反応が範囲から外れ、更にそこから遠ざかる様に走り続ける。


 背後から聞こえるマルガレンの荒い息が若干辛そうに変化し始めた頃、私は足を止めてそこで一呼吸置く。


 少々過呼吸気味になってしまったマルガレンの背中を摩りつつ、改めて警戒網を詳しく見て行く。


 …………謎の反応達からは何とか逃げ切れた様だ。


 こんな未知の場所で恐らくこの森をホームグラウンドにしているであろう未知の存在と戦闘になるなど話にならない。この選択は間違いではない、のだが──


 私は辺りを見回す。


 あぁ……見事に緑一面。先程散々見て来た景色と今の景色になんの違いがあるか分からない。そんなレベルで景色が変わらない。


 まあ、当然の事ながら──


「完全に迷ったな」


「はぁ……はぁ……、そ、そりゃ、滅茶苦茶に走っていれば……、迷いますよ…………」


「そうだな、だが──」


 そう言って私は空を見上げる。相も変わらず空を覆う木々は昼間に差し掛かろうとする明かりを遮っている。しかしだからと言って全く見えない訳ではない。


 真夏の激しく照り付ける太陽だけは、その陽光を邪魔す葉の隙間から光を差し込ませている。


「幸い太陽の位置は分かる。まだ陽が沈むには時間があるが、このまま闇雲に動き回るのは危険だ。一度屋敷まで戻っ、」


 そう私がマルガレンに言い掛けた瞬間、私の警戒網に反応が引っ掛かった。


 私は直ぐさまその反応に気を向けると、私の背後で状況を理解出来ないでいるマルガレンが首を傾げた。


「どう、なさったんですか?」


「警戒網に反応があった」


「まさか、さっきの魔物が追い掛けて?」


「…………いや、これは……」


 反応は先程と違い一つ。広い範囲を動き回るでもなく、極小さな範囲を不規則に行ったり来たりを繰り返している。


「ミル?」


 確信はない。もしかしたら先程の集団より厄介な存在の可能性だって有り得る。こんな未知の森だ、何もオカシイ話じゃない。だが、


「行くぞ」


「行くって、その反応に? 危険ですよ! ミルお嬢様かも分からないのに接近するなんて!!」


「まあ、妥当な意見だな。流石はマルガレンだ」


「では何故!?」


「短絡的だが、反応が一つなのがある。一つだけならば対処出来る可能性がある。……まあ、巨大な何かなら別だが……それならば遠目から確認出来る。それに動いている範囲が狭い。ミルトニア位の年齢ならあの範囲も頷ける」


「…………坊ちゃん」


 マルガレンは突如厳しい視線を向けて来る。


 本来こんな目線を仕えている者に対して向けて良いものではない。普通なら折檻なりなんなりをする場面だが、私の場合は違う。これも私がマルガレンに与えた〝仕事〟の一部だ。


「それは、坊ちゃんの嫌いな〝希望的観測〟なのではないですか?」

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