第一章:精霊の導きのままに-11

「確かに今は緊急事態です。全てを備えているなんていうのは例え坊ちゃんであっても無理なんでしょう。ですがそれでも、坊ちゃんの先程の提案は希望的観測が過ぎます」


 厳しい目を向け、そう口にするマルガレン。


 …………。


 ああ、もう…、もう勘付いたよこの優秀な側付き。だって。


「そうだな。そう聞こえるだろう。だがそうだとしても、私達は今すぐにでも向かわねばならないんだ」


「……何故です?」


「簡単だ。私達はまだからだ」


 そのタイミングで、突如として私の警戒網の端に再び反応が現れる。


 数は八つ。明らかに先程逃げて来た反応達である事が伺える。しかも今度はそれが明確に、加えて猛スピードでこちらに近付いて来る。


「充分休んだな? 走るぞ!」


「え、ちょ!?」


 そうやって再びマルガレンの腕を引き、半ば無理矢理走らせる。行き先は勿論一つの反応がある場所。息の整い切らないマルガレンは転けそうになるも、私はそれを無視して引き摺る様に走り続ける。


 そんな私にマルガレンはなんとか合わせ、体制を立て直し、荒い息を混ぜながら私に問い掛けて来る。


「ぼ、坊ちゃんは、これを予期して?」


「予期は大袈裟だ。ただ何かを探して動いている様子だったからな。あの場から一刻も早く離れた方が良いと感じた」


「だから目印を無視して……。ですが、だからって一つの反応に向かうのは…」


「良いから私を信じろ! さっきの私の御託は無視して構わん!! 今は兎に角逃げるぞ!!」


「ちょ、そんな滅茶苦茶な!!」


 流石に戸惑うマルガレン。今まで散々言ってきた事を全部ぶん投げる様な発言だが、それらを押してでも私の中にはあの反応がミルトニアだという確信がある。


「まったく、そもそもだな、私があの子をどれだけの数探したと思ってる。私が妹の反応を、間違うわけないだろう?」


「え!? 結局はそれなんですか!? な、なら始めからそう言って頂ければ──というか今までの理由は……」


「それっぽい理由を付けた方が納得し易いだろう? まあ、お前は頭が良いから気付かれたが」


「ああ……もうこの人は……」


 私がそう言うとマルガレンは息遣いのみでそのまま黙ってしまう。


 ……さて。


 私は再び警戒網へ注意を向ける。八つの反応は未だ諦めずに私達に着実に近付いている。その距離は少しづつ縮まっており、私達が追い付かれるのは一つの反応に接触出来るギリギリ手前。気合いを入れねば。


「ほらマルガレン!! スピード落ちてるぞ!!」


「む、無茶、言わないで、下、さい!!」





 そうして暫く走り、漸く一つの反応に目前と来た頃、私達の背後から明らかな吐息が聞こえ始めた。


 荒々しい息遣い。低く響く獣の唸り声。それらが複数重なり、私達を捕らえんと迫る。


 振り返る余裕は無い。だが私はその唸り声を上げて私達を追い掛ける正体に心当たりがある。


「ががぁう゛ぅぅっ!! ががぁうっ!!」


 これは、この唸り声は……。


「狼? こんな森に、何故?」


「な、なん、です、か?」


「いやいい。お前は走る事に専念しろ」


 考えるのは後だ。今はこの状況を打開する術を模索しなければ……。このままでは反応に接触出来てもコイツ等に襲われる。……手は……なくは無い。


 私は自分の手を見る。今朝習得したあの魔法を使えば、或いは何とかなるかもしれない。だがあの魔法は座標の指定が必要。習得したばかりの私では一度立ち止まらなければならない。更に失敗すれば一気に距離を詰められかなりマズイ状況になる。さて、どうするか…。


「や、やりま、しょう……。坊ちゃん……」


「内容も聞かずにか?」


「なんに、しろ、僕、限界です……。お任せ、します……!」


 コイツ……。


「まったく……。責任取らんぞ?」


「はい!!」


 よし、ならば。


 私は目前に迫った反応に目をやる。


 そこには他の草木とは明らかに違う花々で彩られ、木漏れ日が神々しくその花々の中央に降り注ぎ、神秘的な雰囲気を醸し出している。


 そしてその木漏れ日の真下。そこには複数の謎の色鮮やかな宙に浮く発光体の中心に何事かと驚いて座っているミルトニアの姿があった。


 まったくこの子は!! 心配掛けさせて本当に!!


 だが今は兎に角!!


 私はミルトニアが座る手前、神秘的な雰囲気のギリギリ内側の座標を指定、私達はその場に立ち止まり次に私達の空間の座標を指定する。


 習得した事によって今朝よりも段違いの速度で座標の置換を処理していく中、立ち止まった私達を諦めたと判断したのか狼に似た唸り声の奴等は興奮を露わにし一層大きく唸り声を上げる。


「ぼ、坊ちゃん!?」


 焦りと恐怖から私を呼び涙ぐむマルガレン。久々にコイツの十歳相応な表情を見たなと変に笑いが込み上げる。


「何をこんな時に笑っているのですか!?」


「いや、すまんな。だが──」


 既に奴等の姿は眼前に迫り、獣臭すら漂って来る。奴等の牙と爪が私達に振り降ろされようとしていた。その瞬間、


「完了だ」


 私達の景色は一気に変化し、目の前ではその凶器を空振りする奴等の姿があった。


 背後には状況を理解出来ずに固まるミルトニアが居り、その周りの発光体は忙しなく辺りに飛び回っている。


「お、お兄様!?」


「よお、ミルトニア。こんな所で奇遇だな」

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