第五章:何人たりとも許しはしない-5
……ジロジロジロジロと、煩わしい……。
そんなに片腕が珍しいか? 普通はもっと遠慮して視線を逸らすなり見て見ぬ振りをして最低限誤魔化すもんだろうが。
それを無遠慮にジロジロと……。
これはアレか? 私の前世である日本人の気質がそう常識として植え付けているだけで本来はこのくらい無遠慮なモノなのか?
……はあ……駄目だ、多少落ち着いたとはいえまだイライラする……。もう少し落ち着かなければ。
私は今、校舎内の廊下をマルガレンを伴って歩いている。
現在魔法魔術学院は全面休校。生徒達には外出禁止令が発令されており、宿舎とこの校舎の二区画のみ行き来が可能になっている。
しかし突然の休校に生徒達は戸惑った。外出して暇も潰せない状況の中、用も無いのに校舎内には人が集まり、各々時間を潰している。
そしてそんなチラホラと生徒達……主に上級生達が居る廊下を歩いているのが現況。
すれ違い様に私の失くなった腕を物珍しそうに視線を送ってくる。あーウザったい。
「あの……坊ちゃん」
「ん? なんだ?」
「わざわざ会いに行く必要があるのですか? その……ハーフエルフの人に」
意地の悪い言い方をすれば会いに行く必要があるからこうして嫌な視線を浴びながら上級生の教室に向かっているわけなのだが。まあ、言わんでいいだろう。
「念の為だ。奴等の情報を知っていれば御の字だし、知らないなら知らないで使えるかもしれんからな」
「ですがその……。有名ですよ? ハーフエルフは人族にもエルフにも忌み嫌われているって……。僕はその辺よく理解出来ないのですが……」
まったく、よくある話だ。
見方を変えればそれが〝架け橋〟になる可能性もあるというのに。何故マイナスな方面にばかり気をとられるのやら。
「馬鹿馬鹿しい。そんなものは物事を自分で判断せず周りに依存した脳死共の発想だ」
「また凄い言い方しますね……」
「事実だろう? 親を殺された訳でも無いのに周りに合わせて親の仇のように振る舞うなど茶番だ茶番。金を払うに値しない三文芝居以下のクズだ」
自分が今何を、どうしたいのか。
それを考え続けるのが人だ。
「ははははっ……。あ、言われた教室ありましたよ」
マルガレンがそう言って指を指した先にはハーフエルフの子が居るという教室の看板。
数分前に教師の一人から居場所を聞いて来たはいいが、あの教師目が泳いでたな。イジメを放置している事に後ろめたさでも有るんだろうか……。まあどうでもいいな。
私とマルガレンは教室の扉の前まで来てから遠慮無しに開ける。
中には席の周りを数人で囲んでいる集団がポツリポツリと三箇所。
皆が突然現れた私達に目を白黒させている中、その内の一箇所だけは他の二箇所と違った空気感が漂っていた。
和気藹々としている中でなんであの席だけ露骨に空気が悪いんだ。もう少し誤魔化そうとかすればいいものを……。
よく見れば取り囲まれている席に座っている女の子。綺麗なブロンドに緑色の綺麗な目。エルフの特徴である長く尖った耳はハーフエルフである為か中途半端に長い。
そして特徴的なのはこの世界に生まれて初めて見るモノクルではないしっかりとした眼鏡。これは珍しい。
あの子が件のハーフエルフで間違い無いだろう。凄い顔色悪いが……。
「おい、なんだいきなりッ」
と、そんな空気の悪い一団の内の目付きもガラも悪そうな奴が私達を訝しんで声を掛けて来た。
一応上級生だが──まあいいだろ、敬意とか。
「アンタ等に囲まれてるそこの子に用事があるんだが……。ちょっと貸してくれないか?」
私がそう言うとハーフエルフの子は一瞬怯えたように身体をビクつかせ、周りの奴らは機嫌が悪そうにこちらを睨む。
ふむ、面倒臭い。
「何意味ワカンねぇ事言ってんだテメェッ」
「コイツあたし等のオモチャなんだけど?持ってくなら金払えよ金ッ」
……うっわぁ……。なんか逆に面白くなって来た。よし、煽ってみよう。
「そいつはすまない。言葉が通じないとは思わなかった。手間を取らせるが一体〝何語〟で話せば、言葉理解出来るんだ?教えてくれよ」
「あ゛ぁッ!? んだテメェッ、喧嘩売ってんのかッ!?」
「ああ売っている。だが私の喧嘩は安くないぞ?丁度機嫌が悪かったから今は値上げしてるんだ」
「何ごちゃごちゃ言ってんだゴルァッッ!!」
するとハーフエルフを取り囲んでいた三人がわざわざ私の前まで来る。
ガラの悪い男に卑屈そうな男、それと化粧の濃いケバケバした女。笑けてくるくらい典型的な面子だ。
そしてその内のガラの悪い男はなんの
──メリィッ……。
「ッッッッ!? ッッ痛ってぇぇぇッ!!」
私が《地魔法》で作った小さな石の壁に拳をぶつけ周囲に嫌な音を響かせる。
壁を解除して見てみればその拳は若干変形し、破れた皮膚から血が滴っている。
どんだけ力込めて殴ったんだこの雑魚は……。
男は崩れた拳を庇うように前屈みになり手で押さえながら小さく絶叫するが、その目は未だしっかりと私を見据え睨み付けている。まだ懲りていないらしい。
……是非もない。
私は前屈みになっている男の頭髪を鷲掴むと思い切り手前に引き寄せてその顔面に膝を打ち込む。
パキッ、という音を立て鼻から血を流しながら男はそのまま床に正面から倒れ込む。
「て……テメェッッ!!」
その様子を横で見ていた女はポケットから取り出した折り畳み式のポケットナイフを取り出して私に突き付ける。
……ふむ。
私はその突き付けられたナイフを彼女の手ごと鷲掴み、私の喉元へ敢えて近付けてやる。
「なッ!? 何を……っ」
「ホラ、どうした? 私を切りたいんだろ? 刺したいんだろ? だからナイフなんか出したんだろ? やりたいんならやってみればいい」
力を入れる。刃先は皮膚に食い込み、今にも皮膚を切り裂いてしまいそうだ。
……まあ《斬撃耐性・小》があるからこの程度の刃物で傷付いたりしないんだがな。
「やっ……止めっ……」
「……ふむ」
そこまでの度胸は無いか。もしこれでも刺して来ようとしたら肩の関節でも外してやろうかと思っていたのだが……興醒めだな。
私はそのまま彼女の手を離すとその場にへたり込み顔面を蒼白に染めている。
さて、もう一人居た筈だが……。
そう思い辺りを見回すと、何やら私に向かって杖を突き付け詠唱を始めている。
声が震えている事に加え、混乱で頭が回っていないのか途切れ途切れで聞き取り辛いが、杖の先端には風が渦巻いている。
《風魔法》か。五属性の中じゃ難易度が高めの魔法だが、卑屈な見た目の割には頑張っているんだな。うん。
だが無意味だ。
「死んじまえッ!! エアボールッ!!」
詠唱が終わり、杖から圧縮された風の塊が私目掛けて目にも留まらぬ速さで放たれる。
エアボールは私にそのまま着弾し──
魔力となって周囲に霧散した。
「あっ……あぁ……」
「ふむ。思ったより魔力を持って行かれたな。お前は中々に才能があるみたいだな」
あまり軽率にナメた行動は慎むべきかもな。仮にコイツくらいの実力者が十人集まって私を襲えば或いは……。
……まあ、そんな状況にならないよう行動するのが一番なんだがな。
「坊ちゃん、少しやり過ぎですよ。八つ当たりもその辺に……嫌われても知りませんからね」
「む……そうだな。機嫌が悪いとどうも自制が……。私もまだまだだ」
前世はもっと落ち着いていた筈なんだがな……。そういった精神面は肉体年齢に多少なりとも引っ張られたりするのだろうか?
と、そうだ。一応コイツ等を《解析鑑定》で調べて目ぼしいスキルが無いか確認して《強奪》で──
そうして三人に《解析鑑定》を発動した。だが……。
「チッ……スキルは平凡か……まあいい」
《強奪》発動。
『確認しました。重複した《筋力補正・I》を熟練度に加算しました』
『確認しました。重複した《魔力補正・I》を熟練度に加算しました』
『確認しました。重複した《魔力補正・I》を熟練度に加算しました』
魔法系スキルを奪わなかったのはただの哀れみだ。エンブレムが芋虫のコイツ等には流石に可哀想だからな。
《強奪》は相手の心が私に対して折れていれさえすれば発動出来る。本人には漠然とした違和感しか無く、周りからは感知されない。
私がコイツ等からスキルを奪ったという露骨な行動をしなくていいのは非常にありがたい。
……思考が逸れたな。今はともかく──
「なあお前」
「ヒィ……。は、はい……」
「あの子、借りて行くぞ」
「はは、はいッ!! どうぞッ!!」
私は卑屈そうな男の横をすり抜け、席に座り終始私達のやり取りを震えながら静観していたハーフエルフの子に近付く。
近くまで来ると彼女は伏し目がちになり、私と顔を合わせてくれない。
ふむ、怖がらせてしまったな。
「すまないな突然現れて騒がしくしてしまって」
「あ、い、いえ……。だ、大丈夫……です……」
「今日は君に少し用事があって来たんだ。短く済ませるからちょっとだけ付き合ってくれないか?」
「えっ? は、はい……」
するとハーフエルフの子は──ふむ、少し呼び名が煩わしいな。
「君、名前は?」
「え?」
「名前だよ。知らないものでね」
「……ユウナ……」
「ん?」
「ユウナ・モックタート・ダックワース……です」
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