第五章:何人たりとも許しはしない-4
……まあ、そうだろう。
そうなってしまうのも、頷ける話だ。
あの子は生粋の善人で心は純粋そのものだ。それこそ勇者に選ばれるくらいには。
そして割と責任感も強い。一時期私にかまけて布教活動や慈善活動を疎かにしてしまっていたりもしたが、正式に神子として修行を積み始めてからは昔より一層活動にも力を入れていた。
まあ、今こうして魔法魔術学位に入学して今後どうするつもりでいたかは知らないが……。
そんな子がどうだろう。
自分の為にと想い人が片腕を失くしてしまったのだとしたら、果たしてどう感じるだろうか?
きっと罪悪感やら後悔やらで一杯になっている事だろう。
もしかしたら責任を感じ、もう私には関わらないと決めてしまってもおかしくはない。そうなる事も、納得出来よう。
致し方ないのだ。そう、仕方がない。
諦めるのは惜しい。本当に惜しいが、今からアーリシアの実家に行って説得をしている程時間が無い。
ここは私が我慢して、アーリシアには後日改めて──
「あ、因みに別に落ち込んで帰った、という訳では無いので御安心下さい」
……。
……はあ……。
「詳しく聞かせろ」
「え、ええ……。と言っても僕の私見なので厳密にそうとは限らないのですが……」
「いいから。聞かせなさい」
「はい。ええと……坊ちゃんがアーリシア様とこちらに戻られた直後は、それはもう大慌てでした。僕やロリーナさんもそうでしたが、やはりアーリシア様は自責の念からかそれはもう……」
ふむ……。
「暫くして坊ちゃんの容態が安定し、皆様で取り敢えず一息吐いたのですが、アーリシア様はそれからかなり意気消沈してしまい、部屋の隅で
まあ、ここまでなら想像出来たのだが……。
「それからそんなアーリシア様の御様子にティールさんが心配なされて色々声を掛けていらしたのですが一切反応されなかったのです」
……そういえばアイツも居たな。まあ、アイツは今頃自室で夢の中だろうな。私をそこまで心配する義理はないわけだし。
「それで問題なのはここからでして……。ティールさんが励ますのを諦めた直後くらいに、アーリシア様が急に顔を上げてパッと笑顔になられたのです」
……少し怖いな。
「恐らく……本当に恐らくですが、アレは何か閃いた……天啓が降りたような……。そんな雰囲気でしたね」
アーリシアに降る天啓……。空回りしなければいいのだが……。
「その直後、アーリシア様は僕達に「実家に帰ります!!」とだけ言い残して部屋を出ていかれたんです」
「……成る程」
一体何を思い付いたのか知らないが、わざわざ実家に帰ってまでやる価値がある事なのだろう。
そしてそれはアーリシアが名誉挽回出来る何か……。楽観的に考えるならば私の左腕を復活させる何か……なら良いのだけれどな。
「何にせよアーリシアがその調子ならいずれ戻って来るかもしれん。取り敢えずは保留だな」
「保留と言うとるがのぉオヌシ。アーリシアの参戦を決定事項のように言うておるが、ワシは納得しとらんからの」
「大丈夫ですよ。私が守りますから」
「そもそもじゃッ。アーリシアの参戦を国が許すと思うか? 確かに彼女は勇者じゃが、未熟なのは誰が見ても明らか。そんな彼女があのような化け物と対峙するのを黙って見ている程、この国は腐っとらんぞ」
……国だなんだと悠長な……。
今やそれ所ではないというのにだ。大体──
「大体ですね師匠、現状をキッチリ把握していますか?」
「……何じゃと?」
「師匠が立案した新入生テストを師匠を始末する為に利用された……。それはつまり新入生テストの内容がエルフ共に漏れていたという事です。でなければあんな用意周到に事を構えられない」
「……何が言いたいんじゃ?」
「もう分かるでしょう? この国にエルフが潜り込んでいる。またはエルフの協力者が居るという事実です」
居るのは確実だ。それも一人や二人なんて人数でなく複数人。大量のエルフがあの沼地に現れた以上、それを潜り込ませる為の偽装工作は少人数では厳しいだろう。
「それくらいは分かっとる。じゃが──」
「ようはまだ国に複数スパイが居る状況で「暴食の魔王」を討伐するなんて作戦を立てたならば、邪魔をされる可能性があると私は言いたいのです」
「……そうじゃの。魔王にワシを殺させたいならば、邪魔はするだろうのぉ」
「はい。ですから魔王討伐は極秘で済ませるのが得策なのです。国にすら秘密にし、身内だけで片付ける。討伐後は何か証拠品を持って事後報告する。それが最良の方法です」
「じ、事後報告……って、オヌシ、それは流石にマズイのではないか……?」
「「暴食の魔王」が沼地を抜け出して人族を襲い始めるまでに何人居るかも分からないエルフのスパイを全員炙り出せるならそうしますが……。無理ですよね?」
「……」
「だからといってエルフにちょっかい出されながら「暴食の魔王」を討ち取る……。かなり無茶ですよね」
「……はあ……。わかったわかった」
「何が、分かったんですか?」
「……ああクソぅっ! 秘密裏にじゃな秘密裏にっ! じゃがオヌシとアーリシアの参戦はっ──」
「私が参戦しなければ先程言った最強の協力者も参戦してくれませんし、アーリシアが参戦しないのであれば私は師匠に黙って勝手にやります」
「なっ!?」
「私を心配して頂けるならば、師匠が私を守って下さい。私はアーリシアを守り、私達の事は協力者が守ります。人数が不安ならまだ増やしますし、情報を下さればその通りに鍛えます。どうです? これでも私とアーリシアを省きますか?」
「……オヌシは厚かましく、がめついのぉ……」
「はい。がめついは私の為にあるような言葉です」
「……はあ……分かった……。ならば万全を期す。ワシからも信用出来る奴を見繕おう」
よし、漸く言質を取れた。
まったく、心配してくれるのは素直に嬉しいが、こうも説得に時間が掛かるとは……。
後は師匠から魔王の情報を聞いて対策を練り、潜入しているであろうエルフ共とその協力者に偽の情報を掴ませて油断させて──
……潜入しているエルフといえば、
私があの沼地の中央で対面した師匠の偽物。あの偽物は一人だけ露骨に怪しい奴が居るような事を口にしていた。
それは何かしらの作戦による本物の情報なのか、はたまた私を欺く為の嘘だったのか……。そこも確かめねばなるまい。
「付かぬ事お聞きしますが、現状怪しい人物って見当ついていたりします?」
「エルフのスパイか? うーむ……怪しい、と目を付けられとる子は居るな」
「目を付けられてる? どんな奴なんですか?」
「……ハーフエルフじゃよ」
──成る程。
「去年だったか一昨年だったか……。正式に学院に入学して来た子での。人族の母とエルフの父を持つ正真正銘のハーフエルフ。詳しくは知らんが、幼少の頃父親と離散して母親にこの国で育てられたらしい」
「それだけ聞くとスパイの要素が無いように思えるんですが……」
「まあ、ワシもそう思っとる。じゃが考え無しの脳死貴族共は「エルフの血が混じっているからスパイだ」などと呆れた理由で騒いどる」
「……嘆かわしい」
「同感じゃ。じゃが悲しい事に全否定は出来ん……。それくらい人族とエルフの溝は深い」
ふむ。一応その子はマークしておく必要があるな……。スパイ云々はともかく。
「その子今はどうしています? 一度会ってみたいのですが」
「昨日の事があって暫く休校じゃ。外出禁止令が出とるから校舎内に居るじゃろう。上級生に聞き込みすれば直ぐじゃないかの?」
「成る程。分かりました後で伺ってみます」
「……ただのぉ」
なんだ師匠まで歯切れが悪いな。まあハーフエルフの時点で嫌な予感しかしないが。
「……なんです?」
「……イジメられとるんじゃよ。その子」
あー、やっぱりか……。
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