第五章:何人たりとも許しはしない-3
今……「ならん」とか言わなかったか?
「師匠」
「オヌシのぉ。アレだけデカイ声で恨み言を言う深手の弟子に教えるわけ無かろうて」
「……」
「それとも何か? ワシに漸く出来た優秀な弟子を失えとでも言うのか?」
「私はやられたりしませんよ」
「ふん。通るかそんなもの。ただでさえ片腕を失っておるというのにワシですら勝てるか分からん奴相手に勝ってみせるじゃと? 寝言は寝て言わんか馬鹿者ッ」
……ふむ、正論だな。
師匠にとってはあの化け物退治より私の身の方が大事、というわけだ。まったく、嬉しいやら歯痒いやら……。だが──
「そうですか。なら私が独断で調べます」
「オヌシふざけておるのか? 戦うなとワシは言うておるんじゃッ」
「その選択肢はありません。私は私の為にも、私の手でアレを細切れにせねば気が済まないのです」
「いい加減にせいッ。オヌシは未熟じゃ、奴には勝てんッ。大言壮語も甚だしいぞッ」
師匠は少し声を荒げながら私に食って掛かる。
まあ、私が逆の立場だとしても師匠と同じ事を言うだろう。「片腕を失ったお前に何が出来るんだ」と。
だが今の私には知った事ではない。
「暴食の魔王」は戦場にて出現する。今回の新入生テストはそんな戦場を擬似的に再現していたのが裏目に出て利用されたわけだが──
「師匠。私はやらねばならないんです。今しかチャンスは無いんです」
「……どういう意味じゃ?」
「エルフ共が今回の騒動を引き起こした。それは大丈夫ですよね?」
「うむ。アレだけダークエルフが関わっているとなると、そうじゃろうな」
「その目的はあの「暴食の魔王」をあの場に召喚する事でしょう。でなければ広大なロートルース大沼地帯に散らばる生徒を隈無く殺し回る手間を掛けた説明がつかない」
「う、うむ。人族に被害をもたらしたい線も無くはないじゃろうが、そう考えると多少しっくり来るのぉ」
「では何故あの場で「暴食の魔王」を召喚したかったのか? 召喚に適した環境であったからと言われればそれまでですが、もっと根本的な理由があったとするならば?」
私を最初に襲ったダークエルフの僅かに残っていた記憶では「死体の量産」が最上位命令だった。つまり命令を与えた側は明確な意図を持って「暴食の魔王」を召喚しようとしていたわけだ。偶然その環境が整っていたから実行したというのは考え辛い。ならば──
「根本的な理由……。生徒や教師達を始末する……いや、それならばダークエルフ共……もっと言えばあの魔物にやらせれば良い。わざわざ魔王を召喚した理由……。──ッ!! まさか……」
そう、あの場、例えダークエルフが何人居ようが改造された魔物が居ようが意にも介さない実力を持った人物が一人居た。
その人物は普段学院内に居て狙い辛いが新入生テストの発案者である為必ずあの場に姿を現さなくてはならない人物。
そして同時に生徒や教師達を守る立場であり、被害が出れば最も重大な責任を取らされる人物。
それは他でも無い、師匠だ。
「ワシを狙い打ちにしたというのか? たかがワシ一人の為に、何十人と犠牲を出したというのかッ……?」
「師匠。前から仰っているように、師匠は偉大な方でありまごう事無き実力者です。エルフ共はそれを理解し、それに相応しい手段を講じた。そういう事です」
師匠の最高位魔導師という学院での立場を奪う。そして出してしまった犠牲の責任取りという避けようの無い「暴食の魔王」との対峙で師匠を始末無いし肉体的に満身創痍に追い込む。それがエルフ共の作戦だろう。
「ほ……ほっほ……。なんじゃ……ワシの、せいか……。ワシの……」
……考え過ぎかもしれないが、恐らくこうして師匠を精神的に追い込むのも作戦の一部なのかもしれんな。
師匠は元だが勇者だったのだ。志……《救恤》を失っても師匠の記憶には助けた人の笑顔は残っているし、その時抱いた正義感も無くなった訳では無い。
たかが自分一人の為だけに六十を越える犠牲が出た。
その事実は師匠の精神を蝕むだろう。そしてそんな精神状態であの「暴食の魔王」に勝てる見込みは……。
「師匠。このまま貴方が「暴食の魔王」に挑み、
「……そうは言うがオヌシ。ワシが魔王を討ち取る以外に解決策……など……。……まさか」
「はい。御察しの通りです」
師匠が「暴食の魔王」と戦う事自体が奴等の思う壺。ならば解決策は単純だ。
師匠でない〝誰か〟が戦い勝ってしまえばいい。
「ば、馬鹿者ッ!! だからと言ってオヌシにやらせるわけが……ッ」
「では教えて下さい。師匠は知っているのですか? 私以上に奴と戦いたがっている、私以上の実力者を……」
「うぐぬぬ……。しかしオヌシ一人でなどと……」
「私、別に一人で戦うなんて言ってないですよ?」
「何?」
私だってそこまで傲慢ではない。万全な状態でも勝てるか分からない相手を片腕失った状態でタイマンで勝てるなどと考えていない。必ず味方……協力者が要る。
「良いですか師匠。つまりは師匠が無傷であれば良いんです。前線で戦わなければ良いんです。エルフ共の狙いは師匠の命、または重傷なのですから」
「う、うむ……」
「ならば話は簡単で、師匠が後衛に回り前線は私や他の実力者にやって貰えば良い話なんですよ」
「し、しかしだな。この際オヌシの事は今は置いておくとして、他に任せられる実力者などおるのか? 相手は魔王じゃぞ? 誰がそのようや頼み事を受け入れるというのだ?」
「ええ。居ますよ。飛びっきりのが」
私がなんの心配もなく前線を預けられる実力者。
この十五年間、幾度と無く挑み続けて尚まともに勝負にすらならない人物。汗一つかくことなく私を叩き伏せ、高らかに笑う私の愛おしい人。
「利用しているようで本当は心苦しいのですが、多分私の為になら必ず協力してくれるでしょう。そもそも私の仇を取る気満々でしたから」
「オヌシがそこまで言うのであれば相当な実力なんじゃろうが……。しかし奴を侮ってはいまいか? ソヤツが増えた所で戦況が一変するかどうか分からんぞッ」
「はい。ですからまだ他にも頼ります。本当は嫌、なんですけどね……」
万が一怪我でもされたらと思うと後が怖いが、「暴食の魔王」との戦いにおいてあの子の力は必要不可欠だ。
「その子が居れば私や師匠、そして先程話した協力者を強力にサポートしてくれます。なんと言っても「勇者」ですから。……一応」
「オヌシまさか……。アーリシアを参戦させるつもりかッ!? ば、馬鹿者がッ!! 幸神教教皇の一人娘じゃぞッ!? 許される訳がなかろうてッ!!」
私だって本当は嫌なのだ。アーリシアは真面目な子だが変な所で意外性を発揮して何をしでかすか分からないし割とポンコツだったりする。失敗出来ない場においてあの子の存在はまさに分の悪い賭け……ギャンブルだ。
だが今回のアーリシアの「救恤の勇者」としての能力を目の当たりにして私の中で彼女への評価が変わった。
あの子は自衛する術やしっかりした実力さえ付けばかなり優秀なのだ。
その能力自体もそうだが、新入生テストにおいて組む事になる三人チームでアーリシアが選んだメンバーが抜群だった。
一人は魔物を
そしてもう一人の女の子。ハッキリ言って彼女はかなり印象が薄く名前も分からないが、あの子も近接戦が得意な子なのだろう。魔法も勿論使えるとは思うが、得意なのは身体を使った戦闘だ。
その根拠はあの使役していた魔物、エクエスの身体能力の向上の仕方だ。
アーリシアのスキルによって身体能力が強化されていたエクエスだが、たかだか女の子三人分の身体能力を寄せ集めた所で私のシセラを一時でも押せていた事に理由がつかない。
ならば理由はシンプル。アーリシア以外の二人の身体能力、若しくは片方の身体能力が高かったのだ。故にエクエスは一時的にでも魔獣であり私の一部であるシセラを押せた。そう考えられる。
つまり何が言いたいのかと言えば、アーリシアは意識的にか無意識的にか、同級生達が苦手とする接近戦特化の
まあ、私の予想では多分そこまでちゃんと考えてはいないのだろうが、それでもあの子の中にはまだまだ可能性があり、それはアーリシアにとっての強みだ。
この強みは「暴食の魔王」に複数人で挑むにあたって私達を有利に導いてくれる。今回の件に関しては失敗が許されない以上、アーリシアの能力は寧ろ必須になるだろう。
「アーリシアの力はどうしても必要です。今回の様な失敗が許されない場なら尚更……。それに彼女は「救恤の勇者」ですよ? 彼女自身、黙って見ていると思いますか?」
「う、うぅむ……」
「師匠は元「救恤の勇者」ですよね? ならばその〝勇者〟がいったいどんな存在なのか……。そしてそんな勇者が魔王の存在を前に何をせねばならないのか……。貴方が一番分かるのでは無いですか?」
「…………」
そもそもアーリシアは私が片腕を捧げてまで守ったのだ。意外と責任感の強い彼女なら私の片腕を自分のせいで失ったとあっては尚更黙って……、
「……所でマルガレン」
「はい。何でしょう坊ちゃん」
「実は少し違和感があったのだが……。アーリシアの姿を起きてから一度も目にしていない。内心で勝手に自室にでも引き込もってしまっていると決め付けていたのだが……。あの子は今、どこに?」
「……えっと、その……」
……歯切れが悪いな。嫌な予感がする。
「……ハッキリ言ってくれ。まさか本当に気持ちがやられて部屋に引き込もって……」
「……実家に……帰られました……」
…………はっ?
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