第五章:何人たりとも許しはしない-6
取り敢えず人目がつかない所に行こうと、ハーフエルフの少女・ユウナを連れ廊下の端にある空き教室に入る。
別に
まあ、その疑惑筆頭が彼女なワケなんだが……。
ユウナの正面に私とマルガレンで並び立つ。相変わらず伏し目がちの彼女は何処か怯えたように震えている。
そこまで怯える事──ああ。あの三人ボコボコにしたからか。主に心を。
「坊ちゃん。今聞く事では無いのかもしれませんが……先程の三人が貴族だった場合面倒事になるのでは無いですか?」
「安心しろ。《解析鑑定》でアイツ等が貴族で無いのは確認している。第一あの言葉遣いと金を要求する態度で貴族だったなら碌な家じゃ無いだろうよ」
「そんな事より」と私は区切り、ユウナに向き直る。
あまり私達に絡まれるのも嫌だろうな。ちゃっちゃと済ませるか。
「いくつか質問に答えてくれ。そうしたら解放する」
「は、はい……」
「昨日起こった惨事を知っているか?」
「え……はい……。危険な魔物が出た、と聞いています」
危険な魔物……。まあ嘘ではないか。エルフやら魔王やらが現れたなんて混乱を招く情報を広めるわけにもいかないだろうな。
「そうだな。だが疑問に思ったりしないか? 危険とはいえたかだか魔物〝一匹〟に休校、外出禁止令なんて大袈裟だと」
さて、どうだ?
「え……? 一匹、なんですか? 何匹も出たからそこまでしているのかと……。違うのですか?」
私はマルガレンを見る。するとマルガレンは『嘘は吐いていない』と小さく首だけを横に振る。
つまりユウナのこの反応は本物だという事だ。昨日のアレを詳細に知っているわけではないのは分かったが……ふむ。次だ。
「いや違わない。では次の質問だ」
「──? はい……」
「最近君の周りで怪しい動きの人物を見たりしていないか? 普段とは違う行動をしていたでも構わない」
「……」
ユウナは私達に目を向ける。
……あー、私達が直近で一番怪しい奴か。成る程成る程。私が逆の立場でも思うな。だが今は──
「私達以外でだ」
「あ……すみません……。……その……私、友達、とか……居なくって……。よく、分からなくって……」
ユウナの目から光が薄れる。
「……いや、スマン」
なんか本当申し訳ない。気が利かなくてすまない。
私はマルガレンを再び見る。そしてマルガレンは先程と同じように首を横に振る。
ふむ……。これも嘘ではないと。
……これはなんか少し不憫になって来たな。怒りが薄れるのを感じる。
不謹慎だが、ちょっとありがたいな。
「……じゃあ次で最後だ。……〝戦争〟に心当たりがあるか?」
「──ッ!? ……い、いえ……。知りません」
ふむ、これだけか……なら〝外れ〟か。
マルガレンは首を縦に振る。つまりは嘘を吐いているという事だが……仕方ない、収穫は少ないが決行するか。
「大体分かった。もう行って良いぞ」
「え、坊ちゃん?」
私の言葉にユウナでなくマルガレンが反応する。その目は「問い質さないのですか?」と訴え掛けているが……、
「彼女のあの反応の時点で作戦変更だ。それで今は時間が惜しいから後に回す。帰るぞ」
「──? はい」
私はマルガレンを伴って振り返り教室を出ようとする。すると、
「あ、あのッ!!」
ユウナの呼び止める声に立ち止まって顔だけ彼女に向ける。
彼女は何かを葛藤しているのか、呼び止めておきながら苦悶の表情を浮かべている。
「……なんだ?」
「……エルフを……」
「ん?」
「……エルフを、恨まないで下さい」
「……」
エルフを恨むな、ねえ……。人族にそれは厳しいと思うのだがな。
私は元を辿ればアイツ等のせいで片腕を持って行かれたも同然だ。それを許してやれと言われようと私は絶対に許しはしない。が──
「私は私を害した……私から奪ったエルフを許しはしない。だがそれと無関係なエルフは別だ、どうでもいい。お前含めてな」
「……本当、ですか?」
「嫌う理由が無い奴を嫌ってる程、暇じゃない。今もな」
私はそれだけ言ってマルガレンを伴い教室を後にする。
さて、本当に暇がない。といってもやる事は決まっている。
今師匠には学院に存在する「暴食の魔王」に関する資料を重要性度外視で掻き集めて貰っている。
師匠ならば私達生徒が閲覧出来ない資料も持ち出せるし、師匠がそれをやる事に不自然さは無い。スパイエルフ共も不思議がらないだろう。
だがそんな資料集めにはまだ時間が掛かる。資料を見て傾向と対策を知る前に私がやらねばならないのは……、
「坊ちゃん、よろしいですか?」
「……なんだ?」
「その……危険なのでは無いですか? ユウナさんをあのまま放っておくのは……」
「ああ……。大丈夫だ。あの子は潜入エルフの存在を知らない」
「ですが、最後に見せた〝戦争〟に対する反応は明らかに関係者であること物語っていますっ! それなのにどうして……」
マルガレンはそう言いながら少し俯く。
恐らくは自分の《真実の晴眼》を信用してくれていないとでも感じているのだろう。
まったく、早とちりな。
「私は別にマルガレンを信用していない訳ではない。寧ろお前の確かな正否を信頼しているから放置しているんだ」
「……? 一体どういう……」
「結論から言うがな。彼女は完全に〝囮〟だ。エルフ共に用意された分かり易い的なんだよ」
「的……。敢えて狙われ易い者を配置した、と?」
「ああ。エルフ共は私達人族に浅からぬ何か……まあ、憎悪や恨みだとしてだ。それを抱いてこそすれ、甘く見てはいないんだよ」
エルフ共は私達人族を決して見下してはいない。対等かそれ以上の怨敵として事を構え、戦争を仕掛けて来ている。
「その証拠に戦争を始める前から奴等は自分達が最大限有利になるよう
そもそもの話、私がこの世界に産まれ落ちて最初にエルフを耳にしたのは私が五歳の頃。
貴族であったスーベルクがエルフの国と結託し、この国の情報を横流ししていた時だ。
恐らく奴等はその時、この国の〝穴〟を見つけ出し、国防を担う大公の目を掻い潜って国に潜入したのだろう。
そして約十年間、奴等はこの国で潜み続けて来た。並みの執念では無い。
「そして奴等はいずれ自分達がこの国に潜入している事が露見する事も想定していた。その時の〝保険〟が彼女、ユウナだ」
「なるほど……。エルフのスパイが紛れているとなれば必然的に彼女に目が行く……。本物かどうかはともかく、疑わない訳にはいかない」
「加えて彼女がハーフエルフなのもデカイ。ハーフエルフは世間一般じゃ人族からもエルフからも嫌悪される存在。人族は彼女をハーフエルフならばありえると考え、エルフは厄介払いに持ってこいだと考えた」
彼女はエルフには都合が良かった。それがこの結果だ。
「そうなんだろ? だから戦争の事も知っていた。なあユウナ?」
私達は振り返る。
そこには暗い顔のまま、だが何かを決意したような眼差しのユウナが立っていた。
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