第五章:何人たりとも許しはしない-7

「ユウナさん? どうして……」


 マルガレンが不思議そうに呟く。


 ふむ、上手く釣れたな。わざわざ彼女の前で「後回しにする」と言って気を引いたのが上手くいった。予定通り。


 だが彼女からしてみれば、何も不思議な事は無い。


 何故なら彼女本人が、一番今の立場に苦悩しているのだから。


「あの……もう少しお話を……」


「ああ。だがさっきの空き教室は駄目だ。私の部屋で話をするから付いて来い」


「はい……」






「さて。では話して貰おうか」


 私の部屋に着き、私とユウナは対面に座る。


 対面のユウナは他人の部屋であるからか所在無さ気で私と視線を合わそうとはしない。


 私の部屋に呼んだのは現在この場所が学院内で最も安全な場所と化しているからだ。


 師匠の所持していたスキルアイテムの中に《遮音》のスキルが封じられた物があり、今はそれを使って外部に音が漏れるのを防いでいる。


 これで生徒、教師に扮したスパイエルフが私達の会話を盗み聞きする事は出来ない。


 盗聴、盗撮を可能にするようなスキルアイテムの類も部屋中を探し回って仕掛けられていないのは確認済み。


 この場に居る限り、私達は秘密の会話が出来るわけだ。


「……」


「……」


 ……しかし緊張しているのか、全然喋り出さないな。もしくは頭の中で会話を組み立てているのか判然としないが……。まあそれならば──


「マルガレン、紅茶を淹れてやれ。私と彼女の分だ」


「かしこまりました」


 マルガレンはそう言って奥のキッチンへと向かう。この場には私とユウナの二人だけとなった。


 彼女からの話は正直、今回の主題である魔王討伐には余り関係ない。


 彼女が沼地の情報を知っていれば話は別だったが、あの質問とマルガレンの《真実の晴眼》での結果を鑑みるに、彼女は戦争についての情報は知っているようだが、その他の情報は知らされていないのだろう。


 詳細な情報を知らない彼女は、やはりエルフ共に都合良く利用されている事になるのだろうな。彼女も……薄々気付いてはいるだろうが……。


 まあつまりは今回の話、本来なら魔王討伐後が相応しい。今は時間が限られているのだから。だから彼女からの情報は〝外れ〟なのだ。


 では何故今このタイミングで彼女を部屋に呼んだのか? それは彼女から情報を引き出すのではなく、伝えて貰うためだ。


「君の話を聞く前に、私から一つ頼み事を提案したい」


「……頼み事、ですか?」


「ああ。少し大変かもしれないし、嫌だと感じたなら断って貰って構わない。だが取り敢えず聞いてくれ」


 まあ断れない理由を作るつもりだが。


「は、はい……」


「君には……仲間のエルフに偽の情報を流してもらいたいんだ」


「……え?」


「ふむ、では説明しようか」


 ユウナはスパイエルフに視線が向かい辛くする為の囮だ。


 ハーフエルフとして知られている彼女を疑わないわけにはいかない人族にとって、彼女は絶好の餌になる。


 しかし囮として機能させるには沼地のダークエルフ共のように記憶を消して単純な命令だけを実行するような人形にするわけにはいかない。


 何故なら囮にはその場その場で上手く疑われるような行動を起こして貰わねばならず、臨機応変な対応が必要だからだ。


 故に彼女にはエルフに関する最低限の情報を持ったままでいて貰わねばならず、エルフ共はそんな最低限の情報の流出を避ける必要がある。


 そしてそんなユウナが余計な行動をしないよう、彼女の周りには一定数監視が居るはずなのだ。


「なるほど。だからこの部屋に場所を変更したのですね」


 私がユウナに対して色々説明している中、マルガレンが紅茶を持って現れ、私達の前にカップを置く。


「でも、それですと先程の空き教室での会話はマズかったのではないですか? 僕達がユウナさんに接触したのも知られているという事ですし……」


「ああ……。アレはワザとだ。潜入エルフにはユウナに接近して貰わねばならないからな」


「あの空き教室で話をした事自体が餌、なのですか? 最初から?」


「ああ。彼女の情報が当たりにしろ外れにしろ、ユウナにはこの部屋で同じ提案をするつもりでいた。さっきの「作戦変更」は彼女の興味を引く為のブラフだ」


「また回りくどい……。それで、わざわざユウナさんを潜入エルフに接近させる目的って……」


「ああ。ちょっと私達に都合の良い情報を流して貰う」


 私とマルガレンは二人で話題から外れているユウナに目をやる。


 彼女は私達の会話を聞きながら紅茶を口にしたまま固まっている。色々と頭が整理出来ていないようだ。


「と、いうわけで、君には私達に〝協力〟して貰いたい。どうだろうか?」


「……」


 彼女は無言のまま立ち上がると、紅茶を置いて一目散に部屋の扉に向かいドアノブを捻る。しかし扉は開かず、鍵が掛かっている音だけを響かせる。


 ユウナが私達に青い顔のまま振り返るのを見て、私は満面の笑みをお返しする。


「私達に君の心情をおもんばかる余裕は無い」


「騙しましたねッ!?」


 スキル《虚偽の舌鋒》は対話している相手に嘘を信じ込ませるスキルだ。遠慮なく使わせて貰った。


「ああ。ただまあ戦争に関する情報と偽報の伝達じゃあ貰ってばかりだ。メリットを提示しよう」


 私は机を軽く叩いて席に着くよう促す。


 ユウナにそれを断る選択肢は無いと察したのか、顔色をそのまま大人しく席に座る。


「まず一つ。君の学院での立場を諸々全部解消しよう」


「た、立場?」


「主にハーフエルフとして得てしまっている不名誉な立場……。学内のイジメやエルフ達から命令されている囮役だな。それらを解消してやろう」


「……私が囮なのは確定なんですか?」


「違うなら否定しても良いんだぞ? ただお前がエルフ共の制御下に無いならお前の存在はアイツらにとって邪魔になる。情報を少しでも漏らしたく無い奴等ならお前をすぐに消す筈だからな。だがお前は健在だ」


「……もう一つ、という事はまだ何かあるのですか?」


「ああ。まあ、これは諸々が片付いたらになるが……。望みを一つ叶えてやろう」


「今日あった出来事を全部無かった事にして下さいッ!!」


「それは通らん」


 勢い良く身を乗り出しながら叫んだユウナの提案を私は一蹴する。


 それを受けユウナは項垂れながら静かに着席し、マルガレンが彼女の為に新しい紅茶を淹れる。


「私はなユウナ。別に君を陥れたり、不幸にしたい訳では無いのだよ」


「……私がハーフエルフでもですか?」


「ん? 関係ない話をするな。私は君だからこの話をしているんだ」


「……はい」


 まったく……馬鹿馬鹿しい。


「兎に角だ。望みを叶えてやる。内容は後でゆっくり考えるんだな。どうだ?」


「……私は……。分かりません……」


 分からないと来たか……。また面倒な……。


「産まれてから十七年、私は自分が何が欲しいのか分からないんです。母に迷惑掛けないよう、毎日自分を殺して来ました……。だからワガママなんて一度も……」


「……だからエルフ共に力を貸してるのか?」


「え?」


「推測だが「自分達の要求を達成出来たら母親と共にこっちで何不自由ない生活を約束しよう」みたいな話をされたんじゃないか?」


「──ッ!?」


「図星か……。なあユウナ」


「はい」


「私はそこまで明確な約束は出来ない。ただ君が〝本当に〟望んでいる望みを叶えてやろう。まあ私が主導だから時間は掛かってしまうが、必ず叶えよう」


「……また嘘、じゃないんですか?」


「安心しろ。さっきはスキル《虚偽の舌鋒》で君を信じ込ませたが、このスキルは一人の対象には一度しか発動出来ない」


「……そうですか」


 まあ、それも嘘なんだがな。


「……少し考えさせて──」


「いや駄目だ、この場で決めろ。でなければ──」


 でなければ私達にとって彼女は邪魔者でしかなくなる。今回の作戦は失敗してはならない以上、私も甘い判断は出来ない。


 もし協力出来ない、その時は……仕方がない。


「……せ──」


「ん?」


「せ、誓約書を書いて下さいっ」


「誓約書と来たか」


 ふむ、だが……。


「書いてもいいが、条件を付け足す。誓約書を書くのは君の願いがハッキリした時だ。この場では書かん」


「そ、そんな……不公平ですっ! 理不尽ですっ!」


「主導権は私が握っている。私の提案を飲んで良い思いをするか、断ってエルフ共の犠牲になるか……選びなさい」


「……」


 彼女を逃がさない。


 彼女に潜入エルフを接触させ、私達の作戦についての偽報を伝えて貰わねばエルフ共は必ず邪魔をしに来る。


 潜入エルフは見つけ出す事が不可能ではないとはいえかなり時間が掛かる上に権力者の協力は必須だ。


 手っ取り早く、尚且つ確実でエルフ共がそれを信じ易い相手はユウナしかいないのだ。絶対に逃がさんぞ。


「……分かり、ました」


「ん? なんだ? ハッキリ言いなさい」


「貴方の要求を飲みます……」


「ああ宜しく。では話して貰おうか。君が知っている戦争について」

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