第五章:何人たりとも許しはしない-8
ユウナが語った戦争に関する情報。
それは私の頭の片隅にあった疑問に繋がる事案。そしてなんとも言えない、現エルフ女皇帝の復讐についてであった。
「領土を取り返す?」
「はい……。私は生まれが最近なので詳しくは知りません。ですが私に学院入学を指示した大臣はそう言っていました」
領土……。
思い当たる節がある。というか十中八九そうだろう。
貿易都市カーネリアの私の屋敷がある裏の森。シセラからの話じゃ、あの森は元々エルフの領土に在ったという。
それが真実ならば森が精霊のコロニーごと移動するなんて有り得ない現象が起きない限りは、少なくとも屋敷周辺は元々エルフの領土だった事になる。
そんな元エルフ領土が今は私達人族の領土になっているという事は、つまりは昔エルフ共から奪ったのだろう。「領土を取り返す」の領土というのは恐らくこの事だろう。
これが史実であるならばハッキリ言って何の問題もない。
だが問題なのは、私が調べられる限り調べた結果、そんな事実は無い、という頭を捻る答えに行き着いた。
つまり奴等は──
「人族が不当に奪った領土を取り返す為の戦争……という事になるか……」
向こうは大義名分を掲げて戦争を仕掛ける気なのか……。歴史を改竄している側の人族にとってこれ程他国に外聞の悪い話はないな……。
それより何より──
「あの土地は代々キャッツ家が守って来た土地……。それが偽りならば……。詳しく聞かなければな」
私が屋敷裏手の森について調べ歴史から存在しないと知った時、正直そこまで重たく受け止めていなかった。
何故私は気付かなかった?
普通はもっと早く気付くべきだろう。私は未だにそんな温い考えを……。
……いや、まさかまたあの森の存在を忘れていたのか? そしてそれに紐付けされていた歴史も……。
これは……作為的な臭いがするな。
この事実を父上に問い質さなければいかないが……。
「チッ……、やはり余り時間が無いな。これはさっさと魔王を倒さねば……」
「え、ま、魔王?」
おっと、ユウナが居たんだったな。
「他言無用だ。いいな? もし喋りでもすれば……」
「き、聞いてませんっ!! 何も聞いてませんッ!!」
「よし」
ふむ……。だがしかし。
「領土を取り返したいのは理解した。戦争を確実に勝つ為に師匠を狙い打ちするのも分かる。だがそれはあくまで国主体の考えだ。女皇帝の復讐、という言い方には少し引っかかるな……」
「私も、そこまでは聞けませんでした。私程度の身分では、女皇帝陛下に謁見なども出来ませんし……」
「ふむ……」
まあ、そこまでは期待してはいないが……。思っていたより収穫が少ない。それこそ潜入エルフが監視する程の情報じゃない。
囮を引き受けるくらいだからもう少し内部情報を貰っていてもいいと思うんだがな……。
……。
「それだけか?」
「……はい」
「本当に?」
「……」
「正直に話さないのであれば……、」
「邪魔するぞっ」
私の問い掛けを途中から遮り、部屋へ入室して来たのは師匠であった。
その脇と手には羊皮紙や紙媒体の本などが持ち切れない程に抱えられており、その顔は疲労に染まっている。
「随分早かったですね。もう少し時間が掛かるものと思っていたんですが」
「超特急で探して来たんじゃよ。まあ、そもそもこの抱えられるだけしか資料が無かったのもあるんじゃが……。所でその子は──ああ、成る程」
師匠は彼女の外見を見て色々察したのかそれ以上は何も言わずそのまま資料を机に広げて行く。
「ふ、ふ……、フラクタル……キャピタレウス様っ……!?」
「そう、私の師匠だ」
「し、師匠って……」
「今はそこはいい。取り敢えず今日の所はもう帰って問題無い」
師匠が思っていたより早く来てくれたからな。今は魔王を優先的に処理すべきだろう。
「い、良いんですか?」
「今日の所はな。また後日呼び出すからそれには応じるように。それと……、」
シセラ。
『はい、クラウン様』
お前をユウナの監視に付ける。隠密系スキルを使って見張れ。余計な事を言わないようにな。
『かしこまりました』
シセラはそう言って私の胸中から飛び出し、赤黒い毛並みの猫として机の上に出現する。
「ね、猫……」
「コイツをお前の監視として置く。潜入エルフがお前と接触した際に私達に不利な情報を渡さないようにな」
「また、監視……」
「安心しろ。お前が余計な事を言わず、私が今から言う偽報を潜入エルフに正確に流しさえすれば何もしない」
「うぅ……私のプライバシーが……」
そう呟くユウナを無視し、私はスパイエルフに流す情報をユウナに伝える。
流す内容は主に三つ。
「暴食の魔王」討伐を決行する日時。
「暴食の魔王」討伐に参加する人選、人数。
「暴食の魔王」討伐の手段、作戦内容。
何故、どうやってこの情報を知れたのかと聞かれたら私がユウナと接近し、その際に資料を盗み見たと吐いて貰う。
まあ、疑われる可能性があるが、その前に魔王を討伐するつもりだからそこは一旦放置だ。
それを聞き終えたユウナは項垂れたまま席を立ち、そのまま部屋を出て行った。そしてシセラはその後を追うように《
「さて、それじゃあ楽しい楽しい魔王討伐対策会議を開きますか」
「楽しいってオヌシのぉ……」
その後私達は魔王に関する資料をひたすらに読み漁った。
その内容を大雑把に仕分けするならば──
大罪スキルについての考察と見解。
魔王に選出される条件の考察と調査。
歴史上確認された世界の魔王の情報。
主にこの三つ。
魔王討伐に関する知識を求めて集めて貰った物だが、この資料は私にとっても大事な知識だ。なんせ私自身もそんな魔王の一人なのだから。
そんな魔王として気になった記述としては──
「「魔王の呪い」……これは?」
「ああ、それのぉ……」
「ご存知なのですか?」
「ワシ等──といってもワシは元じゃが、魔王だけでなく勇者にとっては知っておかねばならんモノじゃ」
そうして師匠は〝呪い〟について語ってくれた。
大罪スキル、美徳スキルを持つ魔王と勇者は「魔王の呪い」と「勇者の呪い」というのに常に苛まれる。
どちらとも性質は同じで、ようはその大罪、美徳にどう自分が向き合うかが重要らしい。
どういう事かというと──
「大罪スキル、美徳スキルは他のスキルとは違い、その性質が所持者にかなり強い影響を与える。かつてのワシがそうじゃった……」
まだ師匠が「救恤の勇者」であった頃、師匠は今とはまるで別人のような聖人だったらしい。
今とは違い多くの弟子を抱えて育て、その弟子達の為ならばあらゆる努力を尽くした、と聞いている。
そんな人が《救恤》を無くした瞬間、その精神性を失った……。これはスキルがその所持者に強い影響を与えている事の証明と言えるだろう。
「かつてのワシのように無意識に影響を受けるだけならばまだ可愛い方じゃ。じゃがその影響を拒絶したり、逆に支配されてしまうと、その〝呪い〟は発現する」
「成る程……。ではその〝呪い〟の発現した状態というのが──」
「そう、あの「暴食の魔王」の悍ましい姿が、〝呪い〟を受けちまった魔王の姿……だと言われている。確証は無いが……、まあまず間違って無いじゃろう」
アレが……、呪われた魔王の姿か……。「暴食の魔王」が《暴食》を拒絶したのか、支配されたのか判然とはしないが、ふむ。
私は《強欲》の影響を拒絶はしてはいない。だからそっち方面での〝呪い〟は心配ないが、支配されるか……。
……『私は君だ。君の根っこ、真ん中だ』
《強欲》は私、私自身だ。
支配するとかされるとか、そんな次元の話じゃないんだ、私の場合は。〝呪い〟とは無縁だな。ただ……。
私が仮に《暴食》を手に入れた場合はどうなるのか……。
「「勇者の呪い」は確か数百年前のドワーフがそうなったらしいが……、詳しくは分からんの。当時の「怠惰の魔王」がすぐやっつけちまったらしく人族には殆ど伝わっとらん」
「そうですか」
「まあ、「暴食の魔王」についても原因は分からんがの」
「……すみません、少し脱線しました。今は「暴食の魔王」の攻略が優先ですね。そっちに集中しましょう」
「……そうじゃの」
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