第一章:精霊の導きのままに-14

 想定外? あの魔物はこの森から発生しているんじゃないのか?


 ……だが言われてみれば色々おかしい点もある。


 そもそもの話、魔物の発生条件として高い魔力濃度は兎も角、その元になった生物が居なければならない。


 この森で魔物が発生した場合、少なくとも生息している野生の動植物がその元にならなければならないが、今目の前に居るのはどう形容しようと狼だ。


 狼が森産まれ? 確かに森に生息するタイプの狼だって居るのは知っているが、私の目の前の魔物の姿形はどちらかと言えば山岳地帯なんかに生息している様なタイプに見える。


 山から下って来て魔物化した可能性もあるが、それだとこの森にそれ相応の魔力濃度の濃い場所が無ければ説明が付かない。


 それなのにこの精霊はこの森にそんな魔力濃度の場所は無いと言う……。と、言う事はだ。


「……既に魔物化したコイツ等がこの森に来た……?」


『いいえ、それは有り得ません』


 私が零した一言を精霊は即座に否定する。そんな精霊に私が訝しんだ目を向けると精霊はおずおずと続きを話し始める。


『あなた方は既にお気付きかも知れませんが、私達のコロニーの管轄下であるこの森には、外界から認知度を下げるスキル《人払い》を複数発動させています。それ故にこの森に魔物が迷い込むなどありません』


「……私達はこの森に侵入出来たが?」


『それは……。ミルトニアから貴方様の話を聞いた折、あなた方の反応を丁度検知しまして……。それで一時的にこの森のスキルを解除したのです』


 ほう……。コイツ等私達の存在には気付いていたと?


「つまりは私達があの魔物に追い掛けられていたのを知っていたと? 私に感謝している割には不親切だな? ミルトニアには随分親切にしていたようだが?」


 私はワザと厭らしい言い方をしながらミルトニアの頭を優しく撫でてやる。今まで話を聞いているだけだったミルトニアはそれを嬉しそうに受け入れ、はにかむ。


『な、何故それを……』


「あんな私の腰ほども伸びている雑草の中を齢六つのこの子がたった数時間でこの場に辿り着ける訳がないだろ。だが現にミルトニアはこの場に無傷で居る。お前達が手を貸していない訳が無い」


『……おっしゃる通りです。ですが私達はっ!!』


「いや、いい。少し意地の悪い言い方をしたな……。で、話は逸れに逸れたが、お前達はミルトニアをこの場所に誘い出して主精霊が既に死んでいるのを確認した訳だ。それで? 用事は済んだのか?」


『そ、そうですね……』


 そこで精霊はまるで深呼吸でもするかの様に一度一回り膨らんでからまた元の大きさに戻り私の更に近くへと漂って来る。


 発光体故この距離にまで来られると眩しくてまともに直視出来ないが、何やらまだ私に用事があるらしい。


『……貴方様をこの場にお呼びした理由を、まだ話していませんでしたね』


「そうだったな。ミルトニアを迎えに来させる為ではないんだな?」


『本当は貴方様にこの様な事をお願いするのは非常に烏滸おこがましく、図々しいのですが……』


「勿体ぶった言い方をするな。……なんだ?」


『どうか……どうか新たな主精霊の誕生を手伝っては頂けないでしょうか?』


 ……ほう、新たな主精霊の誕生と来たか。


「さっき新たな主精霊に進化するには大量の霊力が必要になると話していなかったか?」


『確かに、主精霊へ進化するには大量の霊力が必要になります。そしてその霊力を扱えるのは主精霊だけ……。この場に縛られる私達には不可能な方法です』


「そうだったな。つまり私がお前達に手を貸せばなんらかの打開策が見つかるという話か?」


『はい。最早この方法以外にこのコロニーを存続させる手立ては有りません。どうかお力を貸しては頂けないでしょうか?』


 力を貸せ、ねぇ……。


「内容によっては協力する。が、不都合ならば断る」


『それで構いません。元よりコチラのワガママ。息子を見つけて下さった挙句協力を頼むなどムシのいい話です。ですから一先ずは話を聞いて下さい』


「わかった。話せ」


 そう私が促すと、精霊は一旦私から距離を取り、一瞬だけ目を開けていられない程の強い光を放つ。目が眩む中やっとの思いで目を開くと、そこには先程の精霊の前にやたらと小さな精霊が弱々しい光を放ちながら浮遊していた。


「……これは?」


『これは〝微精霊〟。私達精霊が通常の精霊と主精霊に分岐する前の、謂わば卵の様な物です』


「……成る程」


『協力して欲しい内容とはつまり、私と共に世界に点在するコロニーに出向き、そこに居る他の主精霊から霊力を貰ってこの微精霊を主精霊へと進化させて欲しい、というものです』


 この精霊と、共に? 世界各地のコロニーを、私と? ……随分とまあ、壮大な願いだな。


「当たり前の事を聞くがな。そんな途方も無い願いを私が手伝うメリットはなんだ? まさか私がなんの見返りも求めないお人好しだと思っていたわけではないだろう?」


『勿論メリットはあります。と言っても、それを貴方様が本当に望むのかは、私の知り得ぬ事ですが……』


「一々クドイぞ。なんなんだ?」


『…………精霊である私が、貴方様と〝魂の契約〟を結び、一生涯を貴方様の〝使い魔ファミリア〟として付き従わせて頂く。それが私の差出せる全てです』

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