第一章:精霊の導きのままに-13

 精霊の、息子? あの「精霊の涙」が? というか、精霊に息子という概念があるのか?


 …………まあ、兎も角。


「色々話を端折り過ぎだ。もう少し噛み砕け」


『あ、ああすみません……。そうですね……』


 精霊はそう言うと、ミルトニアの手の平からゆっくり離れ、私の目線の高さまで浮遊して移動してくる。


『精霊の涙……厳密にはこの結晶は「主精霊の涙」と言われていますが……。これが精霊の亡骸、というのは知っていますか?』


「ああ。確か精霊が消滅する時に多量の魔力と結び付いて出来たものだったか……」


『その通りです。そしてこの「主精霊の涙」は私が最初に産み出した、あなた方で言う所の子供──〝息子〟に当たる精霊でした』


 成る程、それで息子と……。


『主精霊とは私達精霊にとっての導き手。そしてこのコロニーの全権保持者です。そんな主精霊である息子はある日、各地に点在するコロニーの主精霊達との会合に向かう為に外界へ赴きました』


「会合…………。精霊にもそんなもんが存在するのか」


『私達精霊は世界に充満する魔力を中和する役割を担っているのです。会合では各地の魔力の状況を報告し合い、その時に発生している問題を会議する。必要な事です』


 ふむ……。世界の魔力の中和……。魔物という凶悪な存在が深刻化しないのは恐らくこの魔力の中和が関係しているのだろうな。


 適宜討伐出来ているのもあるだろうが、そもそもの絶対数が多いのか少ないのかは大きいだろう。ゲームの様に世界中に魔物が蔓延る世界など、文明を築けるかも怪しいだろうしな。


『他のコロニーからの連絡で会合自体は何事も無く終わった様でした。ただその後、息子は今現在までこの場所に戻る事は無かったのです』


「……探しはしなかったのか?」


『勿論探しました! ですが私達精霊は主精霊と違い、一つの方法を除いてはこの場から移動する術が無いのです。この場からスキルを駆使し可能な限り探りましたが……』


「動物が通った所で情報になんて望みはない。ましてや人など通るわけが無いからな」


『はい……。私達は途方に暮れました。並みの精霊ならいざ知らず、主精霊の不在は大きな問題です。新たな主精霊の誕生を待つにしても後何年掛かるか……』


「既存の精霊が主精霊になる事は?」


『…………不可能、ではないです。ないのですが……』


「問題があるんだな?」


『はい。精霊が主精霊への進化を果たすには大量の〝霊力〟が必要になるのです』


「霊力? 確かお前達は魔力をエネルギー源としている、と本で読んだのだが……。間違いだったのか?」


『いいえ、間違いではありません。確かに私達のエネルギーは魔力です。ですがそれとは別に霊力という物が存在するのです』


 霊力……。この十年余りで読める限りの書物は読んだが、そんな物の存在は一度も目にしていない。


 単純に私が忘れてしまっている可能性も勿論あるが、そんな重要そうな単語を忘れてしまうものか? 記憶には自信があるが……。


『知らなくても無理はありません。外界の者にとって霊力は触れる機会の無い力です。〝エルフ族〟ならば多少は違うかもしれませんが、学者……というんですか? そういう者でない限りは知らずに一生を終える人が殆どでしょう』


 エルフ、か……。隣国でありながら仇敵。丁度この森を抜けたずっと先に彼等の国があるが、未だ見た事も無いな。いつかまみえる時が来るのだろうな。


 にしても──


「……随分人間社会に詳しいんだな?」


『それは……。後程ご説明します』


「そうか。それで? 霊力が大量に必要、なんだろ? 何故集めないんだ?」


『それは……。霊力を扱えるのが主精霊だけ……なのです』


 ……成る程。八方塞がりなわけだ。で?


「色々聞いて来たが……。結局ミルトニアをわざわざこんな場所に誘った理由はなんだ? まあ、大体察しは付くが」


『そうです! ミルトニアを誘ったのは、まさにこの「主精霊の涙」の気配を私達が感知したからなのです!!』


 そう言って今度はミルトニアがぶら下げているペンダントを強調するようにその周りを鮮やかな色彩に発光しながらグルグルと周り、その動きだけで興奮しているのが伺える。


 まあ、そうだろうさ。自分達を導く存在が急に居なくなり、その解決策が絶望的な中そんな主精霊の気配を感じれば飛び付くだろう。仮に私が同じ立場だとしても同様に行動する。


 だが、それはそれ。これはこれだ。コイツらの事情など知らん。


「それでミルトニアを誘った、と? その理由を聞いて私が最愛の妹をこんな危険な森に連れて来た奴を簡単に許すと思っているのか?」


『そんな! 滅相も無い!』


「本当にそう思っているのか? あんな魔物が彷徨う森にこんな子を一人歩かせるなんぞ、私から見たら異常だと思うんだがな?」


 私は後ろを振り返りながら背後で未だにこちらをヨダレを垂らしながら伺っている八匹の狼の形をした魔物を指差す。


 アレが本当に魔物なのかどうかはっきり判らないが、私としてはアレが魔物でないならなんなんだと思う所だ。


『…………アレは、想定外でした。まさかこの森に魔物など……』


「さっきお前達が魔力の中和をしていると言ったな? アレは主精霊が居なくなったから発生した物じゃないのか?」


『有り得ません!! 確かに息子が居なくなって既に何年も経っていますが、だからと言って私達がコロニーの側に魔物が発生する程の魔力濃度が高い場所があるのを発見出来ない訳がないのです!!』


「ではあれはどう説明する?」


『だから言っているのです、〝想定外〟だと!! 私達にもわからないのです!!』


 ……なんだと?

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