第一章:精霊の導きのままに-15

 精霊達がざわつく。私に〝魂の契約〟とやらを提示して来た精霊以外の一回り小さな精霊達がその発光を明滅させ、宙を忙しなく動き回る。


『騒がしいですよ』


 精霊が一言そう口にすると他の精霊達は一様に動きを止め、発光を弱々しくさせる。


 〝魂の契約〟に〝使い魔ファミリア〟。これもまた書物で存在自体は知っていたが、正直私の中でこれらの優先度は余り高くない。


 一般的には魔物や動植物なんかと〝魂の契約〟と呼ばれる繋がりを結び、契約上の主人にスキルや身体能力の一部が付与されるという物。この時に配下となったモノを〝使い魔ファミリア〟と呼称し、それだけではなく、単純に使い魔となった対象もそれなりの恩恵を受けたりする。


 これだけ聞けばやって損の無い物に思えるが、勿論デメリットもある。


 まず、契約上の主人の死はそのまま使い魔の死に直結する。使い魔の死はそうではないのだが、主人も無傷では無く繋がりが切れる際に魂に傷が付いてしまうらしい。〝魂の契約〟はそのままの意味で魂同士の結び付きだ。一度結べば双方は一連托生、簡単に結んで良いものではない。


 そんなデメリットを背負ってのスキルや身体能力の一部付与、強力な使い魔なのだが、私に限った話し旨味が薄い。


 スキルは単純に他者から獲得出来てしまうし、身体能力の向上もスキルでいくつか補える。強力な使い魔は代わりに人間の仲間を増やしてしまえば事足りる。


 つまりは魂の繋がりを結んでまでやる意味が私には余り無いのだ。


 故に私はそれらを頭の隅に留める程度にして他の事を優先させた。優先させたのだが──


『失礼しました。なにぶん〝魂の契約〟というのは私達にとって一大事な物ですから』


「〝魂の契約〟……。前に精霊関係の書物で目を通したのだが、それがお前達精霊が私達外界の者にもたらす恩恵、という事で良いのか?」


『恩恵……。そう捉えて頂けるのであれば幸いです』


 ふむ……。正直、これはそそられる。手の平を返す様だが、これはまたと無い機会だ。魔物や動植物ならつゆ知らず、精霊を使い魔に出来るなんていうのはまず無いだろう。仮に今回を見送ってしまった場合、次にこんな機会が訪れる可能性は殆どない。


 だがそうは言っても〝魂の契約〟が私にとってメリットの薄いものだというのは変わりない。何か……何か相応のメリットが浮き彫りにさえなれば……。


「〝魂の契約〟はお前は兎も角私にも相応のデメリットを生じさせる。私へそれだけの負担を強いるんだ、それ相応の物なのだろうな? 精霊が使い魔になるというのは」


『私達精霊が外界の者と契約し使い魔となった場合、契約者は精霊の力を行使出来るようになり、またその精霊も契約者の影響を受け全く別の形に進化する。そう聞いています』


「精霊の力? 具体的にはどんな力なんだ」


『私達精霊のみが行使出来る魔法系エクストラスキル、その名も《精霊魔法》。あなた方外界の者が行使する魔法体系とは全く独立した魔法で、通常の魔法とは違い、魔力で現象を再現するのではなく〝現象そのものを発生させ、行使出来る〟魔法です』


「なんだと?」


 ちょっと待て。もしそれが本当なら選択の余地は無いじゃないか。……いや、落ち着け。確認するんだ、念の為に。


「その《精霊魔法》は他の方法で身に付ける事は出来るのか? 例えばスクロールとか、他に習得条件があるとか」


『いいえ。精霊以外でですと、《精霊魔法》は精霊と契約を結んだ者だけが精霊の力を身に付けて初めて扱えるスキルになります。他者から奪う手もありますが、恐らく望むだけ無駄でしょう』


 ……成る程。つまるところ本格的にこの機会を逃せば私は滅多にお目に掛かれないスキルをドブに捨てる事になるけだ。これは、決定でいいだろう。


「大体わかった。良いだろう、お前の望み、叶えてやる」


『本当ですか!? ありがとうございます!! これで……これでこのコロニーの存続に光明が見出せました……』


「まあ、霊力集めは流石に時間が掛かるだろうがな。所で、仮にこのコロニーに主精霊がずっと不在だった場合、将来的にどうなるんだ?」


『え……ああ、そうですね。数十年程度なら私達精霊でも誤魔化し誤魔化し成り立ちはしますが、それでも綻びが生じましょう。そしてその綻びは大きな亀裂となって、いつかはこの地に魔力溜まりが溢れます。そうなれば……』


「動植物が大量に魔物化する。そいつはマズイな」


 数十年は大丈夫なのだと言えば聞こえは良いが、それはあくまで〝順調に行けば〟というのが前提なのだろう。外的要因が絡めばその年数だって短くなる。


 そうして溢れた魔力に充てられた動植物が魔物化し、人を襲う。


 特に私達が住む屋敷はこの森の正面だ。魔物が真っ先に襲うとすればわたしが生まれ育った屋敷とこのカーネリアの街の住人だろう。


 最悪街の住人は多少の犠牲は仕方ないにしろ、姉さん──は大丈夫かも知れないが父上や母上、ミルトニアに使用人達。それらが悲惨な目に遭うのは……許せないな。


 そんな事態、見過ごせるものではない。


「これは本気で取り組まなければならないな……。まあいい、じゃあ早速〝魂の契約〟をしようじゃないか」


『はい』


「あぁ、それと最初に一応忠告しておくが……」 


『なんでしょうか?』


「……どうか私の〝強欲〟に呑み込まれないでくれよ?」


『は、はあ……。肝に命じます。それでは……』


 精霊の返事を聞き、私は自らの手を精霊へと近付ける。差し出した手に精霊が静かに触れ、淡く輝いていた光を強くする。


 〝魂の契約〟とはいってもそんなに難しくも無ければややこしくもない。ただ契約相手に触れながら約定を読み上げればいい。


「私クラウン・チェーシャル・キャッツは魂の契約に則り、汝を使い魔として認め、付き従う事を赦す」


『私名も無き精霊は魂の契約に則り、貴方様を主人と認め、付き従う事をこいねがう』


 お互いにそう口にした瞬間、私の中に、魂に何か刻まれて行くのを感じた。


 それと同時に、まるで漠然と感じる自分の中の心にソッと何かが寄り添う様な、形容するのが難しい感覚を覚え、力が湧いて来るのを感じる。


 ああ、これが、これが〝魂の契約〟か……。なんだか妙に清々しい気持ちになる。精霊と契約したからか?まあ、いい。私はこれで完了だ。だが、


 ふと、精霊の方を見る。通常であれば私が感じたのと同様、何か力が備わる様な感覚になる筈だが──


 私に触れている精霊は、その美しかった発光を、激しく、荒々しく、そして赤黒く輝かせていた。

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