第一章:精霊の導きのままに-16

 まるで心臓の様に大きく脈動する精霊。


 そんな様子を見ていたミルトニアはどうすればいいか分からずにオロオロと心配そうに精霊を見つめ、他の精霊達は私が精霊に何かしたのではと思ったらしく忙しなく私の周りをぐるぐる回る。


「おい、しっかりしろ」


 そう一応は声を掛けてみるが……。やはり反応は無い。


 これは、一体何が起きているんだ?


 先程精霊が言っていた別の何かに進化しようとしている?それともまさか、私の〝強欲〟に呑まれてしまったのか?


 ……駄目だ分からん。


 《解析鑑定》を使った所で解決策が見出せる気がしない。それに仮にこの状態が進化だった場合、私が下手に手を出してしまって台無しになったら水の泡だ。


 〝魂の契約〟のやり方自体は間違っていないんだ。取り敢えずは私の周りを回っている喧しい精霊達に耐えながら待ってみるしかない。






 赤黒く染まった精霊はその後暫く同じ様に脈動するばかりでなんら変化を見せない。


 最初こそ慌てていたミルトニアも、この変化の無い状況に緊張の糸を緩め、今にもそのまま寝入ってしまいそうだ。


 精霊達は精霊達で未だに諦めず私の周りを回っている。果たしてこの行為が何の為のものなのか、そもそもコイツらはなんで私に話し掛けたりしないんだ? 喋れないのか?


 マルガレンは相も変らず私の命令を忠実に守り、未だに居座っている狼の魔物と睨み合っている。魔物も諦めて帰ってしまうかとも思ったが、どうやらその気は無いらしい。まあ、それはそれで私としては好都合だが……。


 しかしまあ、本当に大丈夫なのか? これ……。


 私がそう思い赤黒い精霊を凝視していると、次の瞬間精霊は突如として今までに無いほどに大きく膨らむ。その大きさは私の身体を容易く覆い尽くせる程で脈動も先程よりも更に早くなっている。


「なん、だ? これは……」


 思わず言葉が喉でつっかえ上手く発音出来ないでいると、今度は膨らんだ精霊が一気に抱える程の大きさまで縮み、そこで脈動が止まる。


「一体なんなんだ……」


 訝しむ私に精霊は御構い無しに変化を続ける。気が付けば発光体だった精霊はハッキリとした赤黒い球形の何かになっており、最早これがあの精霊だったというのが信じられない程である。


「……これ……」


「え? 坊ちゃんどうかしました?」


「絶対普通じゃないよな。これ……」


「……僕はチラチラとしか見てなかったですし、〝魂の契約〟も全然詳しく無いのでアレですが……。まあ、普通には……見えませんね」


「だよなぁ……。む?」


 そんな会話をしていると、変化を続けていた精霊はとうとう球形だったその形を歪め始め、まるで粘土の様に徐々に新たな姿に変わっていく。


 その様子に狼を睨んでいたマルガレンや、うとうとしていたミルトニアも覚醒して精霊の新たな姿を目の当たりにする。


 静かにそれを見守る中、それは私達のよく知る。馴染み深い姿となって漸く落ち着いた。


 そう……これは……。


「……猫だな」


「猫……ですね」


「猫さんです! 可愛いです!!」


 それは赤黒く、艶のある綺麗な毛並みをした一匹の猫。それが今、私の目の前に行儀良く座って俯いている。


 目は開けておらずその色は分からないが、大体可愛い顔立ちになる猫の中でも〝美人〟と形容出来るぐらいに整っている。


 これが、さっきの精霊……。


 はっきり言えば、なんだか現実味が無い。


 さっきまで鮮やかに淡く光っている発光体でしか無かった精霊が、まさかここまで、それこそ原型を留めていない程に変化してしまった。その変容ぶりには目の前で静観していた私でさえ若干目を疑う程だ。


 ここまで変わってしまうと、元の精霊としての記憶やなんかが残っているのかどうか心配になる。


 取り敢えずは語り掛けてみなくては。


「おい、大丈夫か?」


「…………」


「……おい!」


「……右、手……」


 ん? なんだ? なんて言った?


「……右手……、赤い……、光……、私は……、私は……」


 猫が発声している。


 それだけでも少し驚きだが、話す内容はてんで支離滅裂で理解が出来ない。夢でも見ているのか?


「何を言っている……。本当に大丈夫か?」


「……へっ? あ、は、はい! 大丈夫……です?」


 間抜けな返事と共にその大きな真っ赤に染まった眼を見開いて辺りをキョロキョロと忙しなく見回し、私を見付けて見上げる形でそう聞き返す元精霊の猫。


「私に聞き返すな。……お前、自分の現状がちゃんと理解出来ているのか?」


「現状……。はい、問題ありません」


「私としてはあまりの形の変わり様にお前の問題が無いというのが飲み込めないんだが」


「安心して下さい。私は精霊だった頃となんら変わりません。この姿や宿った新しい力も、不思議と全部理解が出来ています」


「そうか。ならば良いが……。では契約の最後だ。私がお前に名付けをするわけだが……。約定でも言っていたが、名前は無かったんだな?」


「はい。私達──いえ、精霊は基本的に個体名を持ちません」


「そうか。ならば付けるとしよう」


 名前……。名前か……。


「……お前のその姿は、私に強く影響されたモノ、なんだよな?」


「はい。私は貴方様と契約し、貴方様の魂に触れました。この姿は貴方様の……クラウン様の根幹の形です」


 ふむ……。私の根幹、根本……。


 そんなもの、一つしかない。私を常に突き動かし、私を常に喜ばせる私の原動力。


 それは強欲の、その更に根っこの部分。人間の、生命の本質。それは……。


「決まりだ。お前の名は「シセラ」。「欲望のシセラ」だ」


 そう名付けた瞬間、私とシセラに一際強い繋がりが生まれたのを感じる。まるで生まれてからずっと一緒に育って来たかのような強い繋がり。私達は魂で繋がったのだ。


『確認しました。個体名「シセラ」との〝魂の契約〟が完了しました。これによりシセラが使い魔ファミリアとなりました』


『確認しました。魔法系エクストラスキル《精霊魔法》を習得しました』


『確認しました。補助系スキル《召喚》を習得しました』


『確認しました。補助系スキル《精霊の加護》を習得しました』


『確認しました。補助系スキル《精霊魔法適性》を習得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《魔導の導き》を習得しました』


 おお……、おおぉ……!!


 素晴らしい、素晴らしいなぁ!!


 いやはや本当、素晴らしい……。


 語彙力が低下する程に内心で興奮していると、シセラはクスクスと小さく笑い、私へ静かに歩み寄って私の手にその小さな前足を乗せる。


「私は、貴方様の魂に触れ、貴方様を知りました。そして貴方様を理解し、受け入れました。例え貴方様が「強欲の魔王」だとしても、貴方様がどんな人間だとしても、このシセラは貴方様だけの使い魔です。どうかこの生涯、宜しくお願い致します」


「……ああ。宜しく頼む」


 私はそうしてシセラの頭を撫でる。そんな私の手を受け入れ気持ち良さそうな可愛らしい表情を浮かべるシセラに、私は猫好きで良かったと、そう感じた。

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