幕間:とある少女の渇望
「はあ……はあ……はあ……」
同日同時刻。魔法魔術学院、特別訓練場内。
そこでは二人の人物が、魔法の訓練に勤しんでいた。
一人はキャピタレウス。
キャピタレウスはこの場にいるもう一人にどうしてもと頼まれ、忙しい時間を半ば無理矢理割いて、訓練に付き合っている。
正直な話、弟子であるクラウンならば露知らず、普通の生徒を教える事にやる気も根気も湧いて来ないキャピタレウスなのだが、今日頼み込んで来た人物に、後々面倒になるかもと渋々承諾した。それに──
(クラウンが居なければ、多少妥協した上ではコヤツを弟子にしていた。それくらいの才能をコヤツは持っておる。他の生徒よりマシじゃな。)
そうキャピタレウスが評価する、半ば無理矢理訓練を頼んで来た相手。それは──
「一度休憩にするぞロリーナよ。でないとクラウンに何を言われるか分からんからな」
「……はい」
ロリーナは渋々といった具合に予め用意されていた椅子に座り、キャピタレウスに魔力回復ポーションを手渡される。
「努力する事は否定せんが、酷使のし過ぎで身体を壊しては意味が無いぞ」
「いえ……ですが……」
「何をそんなに焦っておる? オヌシの才能は決して無くはない。そう焦らんでもいずれ──」
「駄目なんです……。それじゃ……駄目なんです」
ロリーナは布で額にかいた汗を拭ってから、右手薬指に嵌められた「白磁の指輪」を優しく撫でる。
ロリーナが現在訓練している魔法。それは指輪が指し示す通り《光魔法》である。
クラウンは《光魔法》を含む「暴食の魔王」が所持していた全てのスキルを獲得した為、後程返して貰う予定だった「白磁の指輪」をそのままロリーナにプレゼントしていた。
「……クラウンの為か?」
キャピタレウスがそう口にすると、ロリーナはゆっくりとキャピタレウスの方を向き、何の事かと首を傾げ、そんなロリーナの反応に、キャピタレウスは困惑したように眉を潜める。
「……違うのか?」
「……そう、ですね……」
ロリーナは少しだけ考えた後、座っていた椅子を立ち上がり、指輪を眺める。
「クラウンさんは……小さい頃からの目標なんです」
「小さい頃からの目標? オヌシ等が出会ったのは最近じゃあないのか?」
キャピタレウスは魔王への対策をクラウンと話し合っていた際にした雑談の中で知った事を思い出し、そう問い掛けるが、ロリーナはゆっくり首を横に振る。
「クラウンさんが私を知ったのは確かにその頃ですけど、私はお婆ちゃんからクラウンさんの話を聞いていたんです」
「……ほほう」
「お婆ちゃんが当時、クラウンさんは天才だって凄く評価していて……。それを、私が嫉妬したんです」
限りなく薄く笑うロリーナに、キャピタレウスは首を傾げる。
「オヌシの育ての親……確かあのババ──婆さんだったのぉ……」
知った様に言うキャピタレウスに、ロリーナは少しだけ驚いた様に振り返る。
「お婆ちゃんを知っているんですか?」
「まあ……のぉ。詳しくは長くなるが……一応昔馴染みじゃ。ここ何十年と会っとらんがの」
「そう……ですか」
「で、その婆さんがクラウンを評価したと……。まあそれなら納得出来なくは無いが……」
それにしたって何か執念の様な物を感じるとキャピタレウスは感じ、更に質問を重ねる。
「本当にそれだけなのか? それにしては熱心に思うのじゃが……」
「そこは多分、単純に私の性格……なんじゃないでしょうか?」
そんなロリーナの言葉にキャピタレウスは無自覚なのではと察し、取り敢えずは別口で探ってみようと考え、そこでふと、至極単純な事に思い至る。
「……クラウンに褒めて貰いたい……とか考えとったりするか?」
「……え?」
キャピタレウスのその言葉に、ロリーナは固まる。そこからたっぷり時間を置き、それでも分からないのか、再び首を傾げる。
「褒めて……欲しい……?」
「そうじゃないのか? クラウンから貰った指輪で魔法を訓練する……。クラウンなら褒めると思うがのぉ……違うのか?」
「……」
「そもそもオヌシ、クラウンをどう思っとるんじゃ? まだ付き合いがあるのは三年と聞いたが、友人として見とるんか?」
キャピタレウスとしては、クラウンがロリーナに惚れている事など見て察している。クラウン自身が余りそれを隠そうとはしていないのもあるが、大事な弟子の事を把握したいと観察した結果分かった事実。だがしかし肝心のロリーナの気持ちだけはよく分かっていなかった。
(ロリーナに嫌がっている素振りは無いからてっきり両想いかと思えば……)
先程からのロリーナの言葉に、キャピタレウスの中で意識が変わる。
きっと彼女自身、深く考えていなかったのだろう。と、
(ふむ……可愛い弟子の為じゃ。余計なお節介の一つくらい、してやるかのぉ)
若干意地の悪い笑みを浮かべたキャピタレウスは、そこから更に攻めた質問を投げる。
「ワシにはクラウンのオヌシに対する態度は、友人としてでは無い様に思うがのぉ……。そう例えばぁ……もっと特別な……」
「……クラウンさんが?」
「まあワシも心理を読むプロではないから推測じゃがのぉ……。アーリシアとオヌシの態度の差を見ておると、どうしてものぉ……」
クラウンが仮にこの場に居れば、胸倉を掴んで笑顔で黙らせに来るような事を宣うキャピタレウスに、ロリーナは瞬きの回数を増やしながら固まる。
「私……私は……」
「ん? なんじゃ?」
「……」
するとロリーナはゆっくり目を瞑り、ごちゃつく頭を整理する。
思い出すのは過去の自分。リリーに拾われる前の、とある場所から辛くも逃げ出した自分。
既にもう記憶は朧気で、殆ど思い出す事は出来ないが、それでも確かなのは自身が何処でどうやって、何があってリリーに拾われたのかが余りに曖昧な事。
そんな正体不明な自分を、自分で少し不気味に感じる事。それが嫌で、だから自分は──
そこまで考え、深く息を吐くと目を開き、いつものロリーナの雰囲気に戻る。
「私みたいな訳の分からない女は努力して価値を示すしか無いんです。人の役に立つ為に……。だから私は頑張るんです」
ロリーナのそんな言葉に、キャピタレウスは何か地雷を踏んだかと焦る。
「な、何もそんな急に卑屈にならんでも……」
「いえ、大丈夫です。それより訓練の続きをお願いします。魔力はもう定着したので……」
「あ、ああ……」
ロリーナはそのまま再び訓練場の真ん中まで歩き出す。自身を磨き、価値ある存在だと自身に言い聞かせる為に。
「私はお婆ちゃんに……クラウンさんに見捨てられたくない……」
キャピタレウスには聞こえないような小さな声で本音を呟き鼓舞しながら、ロリーナは集中力を高めていった。
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