序章:望むは果てまで届く諜報の目-11
「いやぁ……大変でしたなぁ」
資料を机に広げながら、口髭を蓄えた先程のギルド員が呑気にそんな事を口にして笑う。
大変というより精神的に疲れた。体力的な疲労は殆ど無いが、その反動なのか、相対的にそう感じるだけなのか、精神的な疲労を露骨に感じる。
「随分お騒がせしました」
「いやいやっ、私共なんかは依頼された物に熱中し過ぎて騒ぎに気付かなかったワケで……。そこはなんの問題も御座いません」
どうやらこの人を含む私が依頼した遺跡探しに熱を入れ過ぎて騒ぎに気付かなかったらしい。
職人の域に達している熱意だが、あれに気が付かないのは相当だな……。
「コランダーム公がいらしていたのは?」
「それは流石に知っておりましたよっ! この繁忙時に急遽助っ人として最近は顔をお見せになっていました。あの人も尋常ではない忙しさなハズなのに……。まあ、公爵の指示でお客様方に喧伝はしておりませんでしたが……」
コランダーム公爵は、自分がギルドを直接訪れている事が周囲に知られれば要らぬ者達……この場合は媚を売りに来る貴族共だが、そんな連中が嗅ぎ付けて場が更に混乱しかねないと考えた。それ故のお忍び助太刀だったらしい。
故に移動用の馬車なんかも、彼女専用の入り口に停めてあったらしい。
どうりであんな大物が居るのにその痕跡が目に見えないわけだ。
「繁忙時とはいえ、公爵自らが来るなんて……。コランダーム公は熱心な方なんですね」
普通は繁忙時だろうが部下に任せてしまう印象だが……。
「あの方の場合は少し趣味が入っていると聞いた事があります。なんでも小さい頃から父親のギルド運営を目の当たりにしていて、将来の夢は冒険者と口にした事もあるとか無いとか……」
つまり公私混同を上手い具合に利用していると……。嫌いじゃないな、そういう仕事の仕方。是非見習いたい。
「──っと……すみません話し込んでしまって……。それでご依頼の報告なのですが──」
ギルド員はそう言いながらこの国を含む大陸の一部を切り取った地図を私に見せ、ある地点を指差す。
「頂いた情報を元に精査した結果、仰っていた通りこの獣人族の領土と帝国の領土の境界付近に小さな遺跡が在る事が確認出来ました」
指が指し示す地点。そこはやはり帝国と獣人族の境。私が行ったことがあるパージンの街から少しだけ近い地点だった。
「……歴史的価値は?」
「う〜ん……無いわけでは無いんですが……。重要性は低いですね」
ほう。また矛盾した物言いを……。
「何か理由が?」
「はい……。実はこの場所を昔調査した記録が見付かったんですが……それによると近辺から──」
ギルド員はそこまで言うと、言い辛そうな挙動を見せると、他に誰も近くに居ない事を確認し、私を手招きして耳を貸すようジェスチャーをして来る。
髭面の男に耳を貸すのは正直気が乗らないが……仕方がない。
私はそのまま耳をギルド員に近付ける。すると緊張した様に一言。
「あの「暴食の魔王」の痕跡が見付かったらしんです……」
……ほう。
「それに加えその影響なのか……その場所に複数箇所魔力溜まりが在る事も判明して、魔物も比例して複数……」
ほうほう。
「その記録が何十年も前の物なので真偽は不明ですが。私達で調べた所、丁度その近くで獣人族と帝国で小競り合いがあった様でして、恐らく本当かと……」
成る程成る程っ。
「結果、魔物が複数匹居るという事態と魔王の再出現の懸念から、今では「高危険発生区域」に指定されている危険地域になっています」
「……つまりは?」
「大変危険でオススメできません。が、逆に言えばその記録以降の探索がなされていない為、殆ど無傷かと……。まあ、魔物が破壊していなければ……ですが……」
ふむ。色々と面白い話を聞けたな。
精霊のコロニーがメインの遺跡だが、まさか魔物が複数匹居るという副産物が付いて来るとは……。嬉しい誤算だな。
魔王に関しても何ら問題無い。なんせ今は私が「暴食の魔王」なのだから。
ふふふっ……。新しい
「……あの、大丈夫ですか?」
ギルド員にそう言われ、思わず自分が笑っていた事に気が付く。
おっと、いけないいけない……。
「ええまあ……」
「そうなら良いのですが……一応警告です。その遺跡に行く事はオススメ出来ません。というか行かないで下さいっ」
「ははは……、流石に行きませんよ。魔物が居る場所なんて」
勿論嘘である。
「そうですよねぇ……。で、非常に申し訳ないのですが……依頼料の方なのですが……」
ギルド員はそう言って申し訳なさそうにその金額を告げて来る。そしてその値段は決して安くはない金額だった。
「行けもしない場所の情報での料金でこの額を請求するのは、私共としても心苦しいのですが、何分古い記録を複数人で洗いましたので……」
「いえいえ。貴重な情報をありがとうございます。それと料金の方はこれで……」
私はギルド員にコランダーム公から渡された一枚の紙を見せる。そこには細かい事は書かれておらず、依頼料を無料にする旨とコランダーム公直筆のサインだけが書かれている。
「ほう……これは……」
「コランダーム公より直接頂きました。有効ですよね?」
少しイヤらしい言い方だが、変に曖昧な言い方をして勘違いされては堪ったものではないからな。念の為だ。
「ええ勿論っ! 私共としましても、そちらの方が後味も良いですし、この券は公爵が貴方を信頼している証……。私共の部署にこの券がある事は一種の名誉でも御座いますからっ」
私を信頼している証? 初対面の私をか?
一瞬何処かで会ったかと記憶を遡るが、赤ん坊の頃のまで遡っても記憶に無いなあんな美人。
じゃあ信頼しているのは……父上か?
……なんかもう見えて来たな。ウチの家が普通の領主の家ではない、そのシルエットが。
「……お客様?」
「ああ、いえ大丈夫です」
「そうですか。それでは以上でご依頼の方は完了として処理させて頂きます。宜しいですか?」
……うむ。何か忘れてたりは……しないな。
「はい。貴重な情報、本当にありがとうございました」
本当、感謝が尽きない。彼等にとっては余り役に立たない情報だと思っているようだが、私からすれば宝の地図を渡された様なもの。今私は、中々の高揚感を味わっている。
「いえいえこちらこそ……。それではまたの機会がありましたら、よろしくお願いします」
そうして私はギルド員に挨拶を返した後、ティールとユウナが待つあのベンチへ二人を迎えに行き、そのままギルドを後にした。
ギルドを出る際に、再びギルド内に居る奴等に変な視線を向けられたが、振り返って露骨な笑顔を浮かべてやると、皆が焦る様に向き直って仕事を再開する。
まったく……。再教育とコランダーム公は口にしていたが、頼むぞ本当に……。
「……なあ、クラウン」
「なんだ?」
「お前って迫害とかそういうの露骨に毛嫌いするけど……なんか理由とかあるのか?」
……なんだ突然。
「なんでだ?」
「いや……。正直な話よぉ。コランダーム公みたいな境遇の家柄の人なら分かるんだが、お前はそういうの無いだろう?なら理由あるのかな……と……」
またコイツは……普通は聞き辛いだろう事をズバズバと……。……ふむ……。
「そうだな……。私は基本、格差や差別はあって
「……そう、なのか?」
「ああ……。生物である以上、差別はどうしたって存在する。野生動物や植物であろうとな。そして格差があるから知識は成長し、身体を鍛え、欲望を刺激する。不平等は人を育てる重要な要素だ」
「じゃあ……」
「だが迫害は違う。迫害によって生まれるのは目先の得と負性だけだ。恒久的な成長なんてそこには存在しない」
迫害による一時的な利にばかり目が行き、そこから生まれるマイナスを棚に上げるなど愚かの極みだ。
「でもそれって不平等にも言える事じゃあ……」
「不平等はな、バランスが取れる。天秤の様に片方に傾ける事も、その逆に傾ける事も。だが迫害は片側にばかり重石を載せ続ける行為だ。そうなれば天秤なんて容易に壊れる」
「う、う〜ん……。分かったような、分からないような……。──って違う違う! 結局、お前は迫害の何が嫌いなんだよっ!」
「……そうだな。結局私は──」
私は思い出す。老いに老いぼれた前世の時分を。
そこにあるのは。かつての傷付きながら笑う、伴侶の姿。そんな彼女が死に、私の前でそれを笑う、寄生虫の姿。そしてそれをただ殺す事しか出来なかった、自身の無力な──
「私はただ……、本当に……本当に嫌いなだけだ」
「……わ、分かった。取り敢えず、もうこの話は止めにしよう。悪かった……」
「……構わん」
「あの……私、付いていけないんですけど!?」
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