第一章:散財-1

 

 翌日の朝。


 私は複数人の仲間を連れ、王都セルブの商店通りを歩いていた。


 一人はロリーナ。最近は自分で訓練に励んでいる彼女は、本当なら昨日の様に訓練に専念するつもりでいたらしい。だが私が今日買い出しをし、そのままパージンを経由して遺跡を目指すという予定を告げると急遽訓練を取り止めて付いて来る事になった。


 最初はちょっと進展したのかと一瞬浮かれそうになったのだが、その割には前よりも私に対する接し方に薄い壁が一枚挟まった様な違和感がある気がして冷静になった。


 私が彼女に何かしてしまったか?


 ……いや、最近顔を見せなかった事以外は思い当たらないな。だからといって彼女がそんな事を気にする子には思えんし……。


 私が関係ない所で何かあったのか?


 ……考えていても詮無いな。後でさり気なく聞くなりするか。


 もう一人はティール。コイツは賑やかしとして半ば無理矢理引っ張って来た。


 マルガレンが動けない今、仲間内に男が一人も居ないのは正直居心地は良くない。少しだけ長い旅路には、軽口を叩き合える友人はある意味での癒しだ。


 最初は苦い顔をしていたティールも、今回の旅路の魅力だけを伝えると、渋々といった具合に首を縦に振った。


 そして最後の一人はユウナ。この子に関しては単純に私と一緒に居れば安全だという認識から付いて来ざるを得ないから付き合わせている。


 正直、今の厳戒態勢の学院でわざわざユウナを殺しに来るメリットは薄いと思うのだが……念の為だ。


 因みにユウナの就寝時は以前私がパージンを訪れた際に皆に持たせた《警鐘》のスキルが付与されたスキルアイテムをユウナに持たせて宥めた。昨日はこの子、私の部屋に泊まるとか宣い出したからな……。要らぬ誤解を生むから勘弁して欲しい。


 以上、私を含めた四人で、今回の旅路に必要な物を片っ端から買い込んでいるわけだが……。一人、買い物中不満気な顔のままの奴が居る。


「……いい加減鬱陶しいからその顔を止めろ。こっちまでウンザリして来る……」


「いやだってよっ! お前が出掛けるんなら一緒なんだろうなって思うじゃねぇかよっ!! あの子お前にベッタリ……だし……」


 最後はなんか語尾が弱くなって行ったが、私は一言も〝あの子〟が付いて来るなどと言った覚えはない。


「私が一言でもアーリシアも一緒だなんて言ったか? 私の記憶では無いんだが?」


「いや……そうだけどよぉっ!」


「あの子は今実家だ。急拵えで習得した《神聖魔法》を万全の状態にする為の修練だそうだ。余程の事が無ければまだ戻らん」


 アーリシアは私の腕を治す為、《神聖魔法》を急ピッチで仕上げ、私の元へ駆け付けてくれた。


 本来神聖魔法はそんな速度で習得出来るような生半な物では決して無いのだが、アーリシアの中の凄まじい信仰心は見事それを達成し得た。


 だがそれでも彼女が習得した《神聖魔法》にはまだ粗が目立ち、十全とは言えない仕上がりだったらしい。今回の彼女の帰省は、その焼き増しだ。


 アーリシアが学院を出る前に私に挨拶して来た際「一週間で戻りますからっ!!」と息巻いていたが。あの子ならやってしまいそうな雰囲気がある。


 少なくとも信仰心だけは、私でも敵わないからな。流石「救恤の勇者」というべきか、彼女の性質故なのか……。


 まあ兎に角。


「というかアーリシアにはわざわざ知らせていない。知らせたら知らせたで修練放っぽり出して付いて来そうだしな」


「それを予想してたから、俺も行くと決めたもんなんだがな……」


「そもそもだな。あの子は教皇の娘、将来の神子になる奴だぞ? そんな重要人物を連れ歩くワケには行かんだろう」


「それが魔王戦に彼女を連れ出した奴の台詞かねぇ……。はあ……。まあ、ここまで付き合ってるから今更止めるとは言わないけどな……」


 まあ嫌だと言おうと、首根っこひっ捕まえてでも連れて行くがな。


「この話は終わりだ。ホラ、次の店が見えて来たぞ」






 暫くして買い物を終え、昼時には私の部屋へ戻って昼食を終えた後、私達はそのままテレポーテーションでパージンの門前付近に転移。


 門番に魔法魔術学院の学生証と、師匠フラクタル・キャピタレウス直筆の「校外学習許可証」を提示し、私が随分お世話になっている鉱山都市パージンへと足を踏み入れた。


「キャピタレウス様の許可証って……。用意が良いな……」


「一応成人している身ではあるが、だとしても私達がまだ未熟者な事に変わりはない。信用を得ると言う意味では、こういう形ある特権は必ず必要になる。そう考えただけだ」


 まあ街中に入るだけなら直接中に転移してしまうのが一番楽なんだがな。今回はこの街に二日ほど滞在する予定だからそうもいかない。


「うわ……権力ってスゲェな」


「男爵家のお前が言うと皮肉に聞こえなくもないな」


「いや俺はそんなつもりじゃ……っ!」


「ふふふ。分かっている」


 それから私達は街中を歩き、以前皆で止まったこの街一番の宿屋に足を運んで部屋を取った。


 料金に関しては四人分私持ち。それには三人共何か色々と言っていたが無視である。


 安宿など私が我慢ならんし、それに安ければ安いだけ安全面なんかも保証されない。金で安全と居心地の良さが買えるならば安い物だ。


 ……ただこれで私の所持金がギリギリにまで減ってしまった事に変わりはない。


 元々予定していた事だが、やはりアソコに行って金策をしなければな。


「それでクラウンさん。私達三人共、パージンは初めてなのですが……。この街で二日も何をするのですか?」


 荷物を部屋に置き終えた皆で宿の人気が薄いロビーに集まると、ロリーナが根本的な質問を私にする。


 ふむ。詳しい説明をするには丁度良いな。


「ああ……。主目的は目的地に一番近いこの街から馬車で向かう為だな。馬車の調達は私がやるから心配はしなくていい。それと……、」


 私はポケットディメンションを開き、元魔王グレーテルから貰い受けた骨で出来た少し不気味なハンマーと、ハーティーがマルガレンを刺した短剣を取り出す。


「この二つを知り合いの鍛治師に私専用に依頼するのと、ちょっと防具を仕立てて貰うつもりでいる」


 ハンマーは「魔王の呪い」で化け物に変貌を遂げたグレーテルの巨大な骨が圧縮され形作られた逸品。並の骨製武器とは比較にならない程の強度と重量を誇っている。これをなんとか改造し、私の専用武器に加工出来れば、私の大事な戦力になるだろう。


 短剣に関しても、封印されていた《魔力妨害》を回収後に調べた結果、使われていた素材が「ポイントニウム」という鉱石が使用されていた事が判明した。


 《究明の導き》によれば、ポイントニウムはその名が示す通り、ポイント……つまりは〝点〟が存在する希少鉱石。


 この〝点〟には不思議な事に固定された座標が存在しており、《空間魔法》でこの座標にアクセスすれば、例え何処にあろうと手元に転移させる事が出来るという代物。


 この鉱石。由来は空間の歪みによる偶発的に生まれた物で、歪んでしまった空間が元に戻ろうとする際に生じる座標の書き換えに失敗した場所に存在していた鉱物が変異を遂げたという、なんとも信じ難い生まれ方をしている。と、《究明の導き》が教えてくれた。


 ……空間の歪みなど、当たり前だがそうそう起こるもんじゃない。それに偶然巻き込まれた鉱石が、偶然座標の書き換えに失敗する?有り得ない。


 《究明の導き》はこの真相までは教えてはくれないが、そんな天文学的確率で生まれる超希少鉱石が使われた武器を、たかだかハーティー如きが持っている事など考えられない。


 恐らくこれはエルフによる人工物。エルフ共は、こんな代物を自前で作れる技術を持っているという事だ。


 ……と、話が逸れたが、そんな希少鉱石が使われた武器を使わない手は無い。元の持ち主であるハーティーがこの短剣を手元に戻してしまう前に、私の物にしてしまおうという算段だ。


 それから防具。


 これは前にノーマンに相談すると話していた案件で、これに使えそうな素材を沼地で手に入れた故についでに頼んでしまおうと考えている。


 この三つの依頼に払う料金も、その沼地で手に入れた素材を売り叩いて確保するつもりだ。


 巷に出回る様な代物ではないからな。かなりの値段を期待している。


 というか、相応の値段にさせる。


 以上が、私がこれからノーマンに押し付ける無理難題である。


「これ等に私は二日ほど掛けるつもりだ」

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