第一章:散財-2

 

「うん。お前の予定は分かった。だけど俺達は?二日も何すりゃいんだよ?」


「……? いや、それくらいは自分で決めろ。私に付き合うのも良いし、自分の好きに行動するのも良い」


 それくらいの自主性は見せろ。いくら貴族でもそれくらい出来なきゃ独り立ちなど出来ないぞ。


「お前……初めて来た街に連れて来ておいて勝手にしろって……」


「安心しろ。お前等に持たせた《警鐘》のスキルアイテムが有れば万が一には私が駆け付ける。常識の範囲内での行動さえすれば楽しめるだろう?」


 私は取り出した二つの武器を再びポケットディメンションにしまいながティールにそう言うと、顎に手を当てながら何やらうんうん唸って何事かを悩み始める。


「つってもなぁ……。知らない街で何を楽しめと……」


「そんなに悩むなら私に付いて来ればいい話だと思うんだがな。ロリーナは兎も角、ユウナに関しては多分私から離れようとしないだろ」


 そこまで言いユウナに視線を移すと、フードがズレない程度に首を必死に縦に振る。


 正直パージンまでは追い掛けて来ないと思うんだがな……。余程怖いと見える。


「ロリーナはどうする? 私に付いて来るか?」


「私は……そうですね……」


 ロリーナは少しだけ考える素振りを見せながら──


「私は後で鍛冶屋に合流します。それまでは街中にある薬屋等を見て回りたいです」


「成る程、分かった。……で? どうするんだ?」


「うーん。俺もぉ、回ってみようかなぁ……」


「そうか。なら一旦解散だな。二人には鍛冶屋の場所と店名を教えておく。二つ共分かり易いから迷う事は無いだろう」






 それから私とユウナは二人で私の専用武器二つを仕立てくれたドワーフの鍛治師ノーマン・コーヒーワが営む鍛冶屋「竜剣の眠るかまど」の店前に辿り着いた。


 以前に寄った時は酒を飲みに出掛けていたが──


 私がドアノブに手を掛けて捻るとアッサリ回り、そのまま扉を開く。すると中からは金属を金属で激しく打ち付ける音が断続的に響き、少しずつ涼しくなって来た外気を、店内から来る熱気が押し除ける。


「仕事中か……」


 なんとも間の悪い……。まあそりゃ仕事ぐらいしているだろうし、私も事前に連絡していた訳ではないからな。


 普通の仕事と違って途中で止める事が出来る類の物では無いだろうし、ここは一旦出直して──


「誰だぁ? って客だよな……。ちょっとだけ待っててくれっ!!」


 踵を返そうとした私は、そんな聞き覚えのある人物の声に足を止め、軽く店内の奥を覗き込む。


 それから数分としない内に奥から顔を覗かせたのは、全身を汗だくにした半裸のオッサン。そんなオッサンは首から掛けた布で額を拭いながら現れた。


「んお? 誰かと思えばニィちゃんじゃねぇかっ! はっはっはっ! なんだか久々だなぁっ!!」


「そうでも無いですよ? 障蜘蛛さわりぐもを仕立てて貰って以来ですから」


 色々あった濃厚な時間を過ごしはしたが、実際には二週間あるか無いか程度しか空いていない。私自身長く感じてはいるが……ノーマンも?


「ん? そうだったか? 俺もここの所色々あったからなぁ……。ヤケに長く感じていたんだが……」


「色々、ですか?」


「おう。弟子を鍛える為に手当たり次第に依頼を受けてたからな。勇者相手だから下手打てねぇし、何より単純に生活費が二倍だ。俺も頑張らねえとな」


 勇者……「勤勉の勇者」のあの小さなドワーフの女の子……。確か名前はモーガン・ウォーレス・カーペンター、だったな……。


 実は今も、店の奥にある工房からは絶え間なく金属を打ち付ける音が響いている。その音からは苛烈さと熱意を感じさせながらも、何処か包容力を感じさせる、不思議な音だった。


「ん? 気付いたか?」


「どういう事です?」


「あの音だよ。あの音は金属に対して正確な場所に金槌を打ち付けなきゃ鳴らねぇ音だ。どんだけ才能あるドワーフでも、あの音を出すのには年単位を費やすっつうのに、アイツはここ数ヶ月で辿り着きやがった」


 ほう。成る程。


「ちょっと気になって本人に聞いてみたらよ。勇者特有のスキルは使っちゃいるが、技術面じゃないんだと。自分はただ実直に勤しんでいるに過ぎねぇってよ。参ったよまったく……」


 ふむ……。自身の勇者としての能力や才能に頼り切らず、その努力を怠らない。本当の天才がやる所業だな。感心する。


「あの調子じゃあ雑多な依頼はもう任しちまった方が早いってんで今はそれやらしてる」


「雑多な依頼というと……」


「調理に使う調理器具やら解体用のナイフ。簡単な鎧や剣なんかだな。お陰で今の俺の仕事は殆どアイツの指導と依頼の事務処理だ……。鍛冶屋の俺の腕を鈍らせたいのかねぇお上の連中とアイツは……」


 ノーマンはそう皮肉混じりに口にしながら苦笑いを浮かべる。


 なんだか少し可哀想に思えるな……。と、私が心中で思っていると、ノーマンは「だがっ!!」と声を張り上げながら私の両肩をそのゴツい手でガッシリ掴み、目を爛々と輝かせる。


「ニィちゃんが来たって事はよぉっ!! また無茶な事頼みに来たんだろコノヤローっ!! 流石にアイツにそんな難度の仕事やらせるわけにゃあいかねぇからなぁっ!! しょうがねぇーから俺が聞いてやるよぉーっ!! ガッハッハッハッ!!」


 ノーマンはすこぶる機嫌が良さそうに私の両肩を私でなかったら骨にヒビが入っていたんじゃないかと思える程の強さでバンバン叩きながら豪快に笑う。


 そんなノーマンの姿に背後に隠れる様に身を屈めるユウナがビクビクと身体を震わせ怯える。


 ……そうなるくらいならいっそ宿に引き篭もっていれば良かったんじゃないか? ……まあ、兎に角──


「実はまあそうですね。自覚するくらいには無理難題を頼むつもりです」


「なんだなんだコンチクショウめぇっ!! とにかく聞かせな見してみなっ!!」


 口調がテンションで滅茶苦茶になっているノーマンは嬉々として私を店の奥の工房へ手招く。


 それに対し私はユウナに振り向くが、私が何も言っていないにも関わらず小声で「ここで待ってますっ」と呟いてその場にしゃがみ込む。


 ……本当、何しに来たんだこの子。


 私はユウナのそんな姿に背を向け、手招きするノーマンに従い工房へと足を踏み入れる。


 中にはいつも通りのテーブルと椅子。部屋の端には素材等を置く様の布が敷かれた石製の長テーブルがあり、そして煌々と熱を上げながら燃え続ける大きな竃と、その側で一心不乱に金槌を振り下ろし続けるモーガンの姿があった。


「ああ、アイツは気にすんな。終わるまでは俺の言葉以外の音を無意識に遮断してるから何したって気付かねぇよ」


 ノーマンはそのままテーブルではなく、素材置き専用のテーブルに向かい、指でその上を指す。


「どうせおめぇさんの事だ。素材やら何やらは予めある程度用意してんだろ?取り敢えず出してみろ」


 若干の嬉しそうな声音が残っているものの、一応は仕事モードに移行したノーマンがそんな事を口にする。


 最早私も常連だな……。


 と、そんな事を考えながら私も素材用テーブルに近付き、ポケットディメンションを開いて今回の仕事依頼の材料を取り出して行く。


 魔王の骨で作られた禍々しいハンマーに、希少鉱石で作られた短剣。そして沼地で討ち取ったエルフ共が生み出した巨大で堅牢な甲殻を持つグソクムシに似た改造魔物の殻の一部。


 それらを全てテーブルに並べると、ノーマンの表情は複雑な感情を表したまま固まった。


「……またえれぇモン持って来やがったな」


「色々ありましたから。本当に……」


 新入生テストをエルフに滅茶苦茶にされたり、改造魔物を倒したり、片腕失くしたりそれを復活させたり、魔王を倒したり……。いやはや、大変だった。


「ま、まあ何があったかは面倒だから聞かねぇが……それにしても……」


 ノーマンはそう呟くと、魔王のハンマーを軽く触って具合を確かめ、短剣を手に取り苦笑いを浮かべ、殻の一部を手に取り眉を潜める。


「見た事ねぇくらい硬くて滑らかな骨製ハンマーに俺も初めて見たポイントニウムが使われた短剣……。それと何か見当も付かない魔物の殻……。一体どうすりゃこんなモンをこの短い間に手に入れるんだよ……」


「因みにその魔物の殻は燈狼とうろうの斬撃を弾き、高火力の炎で漸く突き刺さるくらいの代物です」


「はあっ!? 俺様最高傑作の剣を弾いただとっ!?」


 ノーマンは目をかっ開きながら声を張り上げると、鳴り続けていた金槌の音が突然止まる。それに私とノーマンが目を向けると、さっきまで一心不乱に金属を打ち付けていたモーガンがキッとノーマンを睨む。


「師匠、うるさい」


「お、おう悪い……」


「……って、お客さん……」


 そこで漸く私の存在に気が付いたモーガンは、私の顔を見て顔を露骨に強張らせ、無言のまま睥睨してくる。


「お、おいモーガンっ! 大事なお得意さんになんて目向けてんだっ!!」


「……」


 モーガンはそのままノーマンの言葉を無視して立ち上がると、私の目の前まで歩み寄り、私の顔を見上げる。


「……なんだ?」


「……前より気持ち悪い……」


 ……は?


「……今なんと?」


 私がモーガンのそんな言葉に呆気に取られていると、凍えそうな冷たい語気の言葉が、私の知っている子の声でモーガンに突き刺さる。


「……ロリーナ」

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