第一章:散財-3

 

 現れたのは感情が抜け落ちた様に無を体現した表情を貼り付けたロリーナ。


 その雰囲気はまるで氷で作られた美しい彫像を目の当たりにしている様に冷ややかで、竃から絶えず放たれ続けている熱気を一瞬忘れさせる程であった。


 普段から割と無感情、無表情で冷たい印象を受ける美人のロリーナだが、今回に限っては彼女をよく知らない者でも察せるくらいにはその内心を窺える。


 つまり今の彼女は、割りかし怒っていた。


「今……余り聞いていて気持ちの良くない言葉が聞こえたのですが。貴女?」


 ロリーナがモーガンへ視線を向けると、モーガンは緊張した面持ちで唾を飲み込む。


 それを肯定と判断したロリーナは、無言のままゆっくりした足取りでモーガンに歩み寄ると、彼女の目線に合うよう屈み、顔を覗き込む。


「貴女……幼く見えるけれど、いくつ?」


「……に、二十五……」


 ああ、やはり見た目通りの年齢じゃないのか。と、するとノーマンなんかは下手したら六十〜八十とか行ってそうだな。


「そう……。私より十も年上の貴女なら分かるとは思うけれど。貴女のさっきの発言は、少し不愉快」


「で、でもっ」


「何?他人に唐突に、一方的に「気持ち悪い」と言っても許されるような事を、クラウンさんがしたの?」


「……」


 何かするどころかまともに会話した記憶は無いんだがな。


 モーガンはそこまで言われると黙り込んで俯いてしまい、落ち着き無く目を泳がせ始める。


 まあ、恐らくだがモーガンが私に対して言った「気持ち悪い」は、私の印象にではなく、勇者と魔王間に生じる本能的な嫌悪感の事を言っているんだろう。


 魔王グレーテルを倒し《暴食》を手に入れた私は単純に二人分の魔王としての要素を含んでいる。魔王を倒した直後にアーリシアが私に動揺していた様に、モーガンもまた「勤勉の勇者」としてその嫌悪感に苛まれて出た言葉なんだろう。


 ……というかそうじゃなくて普通に私の容姿や態度、雰囲気に対して「気持ち悪い」と発言したのだとしたら流石の私も多少傷付くぞ。


「……謝れる?」


「……」


「……謝れる?」


 ロリーナの雰囲気や表情は、決して怖くはない。寧ろその問い掛けは優しく、一見穏やかに諭してさえいる。


 だがそれが割と効く奴には効くのだ。


 それはまるで自分がとんでもない間違いを犯してしまったんじゃないかという気にさせ、仕舞いには自分で自分を追い込む。


 きっとモーガンはそれに葛藤し、散々自分に言い訳を言いながら最終的には諦め、直に決壊する。


「……ごめんなさい……」


「私にではなく、クラウンさんに」


 ぴしゃりと言い返されたモーガンは、複雑な表情を浮かべながら私に振り向き、小さい頭を下げる。


「ごめんなさい」


「……ああ。許す」


 私がそう言うと、モーガンは「どうですか?」と確認するようにロリーナに視線を向け、それに対しロリーナは薄く笑って頷いた。


 それからロリーナは私に目線を移して小さく頭を下げる。


「すみませんクラウンさん。お手間を取らせてしまって」


「君が謝る事ではないよ。気にするな」


「ああ、俺からもすまねぇ……。本来なら師である俺が咎めるべきだったんだが……」


 趨勢を見守っていたノーマンも、頭を掻きながらそう謝罪の言葉を口にする。


 まあ、私としては少ししょうがない話だとは思っている。感じた事が無い者にとっては単なる悪寒に過ぎないのだろうが、当の魔王、勇者の間に走るあの嫌悪感は筆舌にし難い物があるからな。


 私は二人分の魔王としての力が備わったせいか余り感じ無くなってしまったが……。咄嗟に「気持ち悪い」と口に出てしまっても不思議ではない。


「おいモーガンっ。取り敢えずおめぇは続けてろ。このお客さんは俺の客だ」


「……師匠が打つのですか?」


「ああ。難しい仕事だからな。流石にオメェにはまだ早い。おめぇに今必要なのは経験値だからな。今はそこを養ってぇ──」


「見たいっ!!師匠が作ってる所っ!!」


「……あ?」


 モーガンは先程ロリーナに諭された直後にも関わらず勢いよくノーマンへ詰め寄ると、まるで遊園地に連れて行ってやると口にした父親を見るようなキラキラした眼差しをノーマンに向ける。


 というか、


「見せた事ないんですか?」


 てっきりもう何回か見せていると思っていたんだがな。私が頼んだ障蜘蛛さわりぐもの時には既にモーガンは居たわけだし。


「んー、ねぇな。ニィちゃんが前頼んだのは毒武器だから下手に近寄らせらんなかったし。それからはコイツの為に何回か手本を軽く作って見せただけで、まともなモンはまだだ」


 成る程。確かに障蜘蛛の腐食性の毒は危険だ。一滴でも誤って目に入れてしまえば失明間違いなしだ。そりゃ近寄らせん。


 だが今回のは直近で危険になる物は無いはず。ならば。


「じゃあ今回は見せてあげたら良いじゃないですか」


「うーむ……。まあそうだな」


 ノーマンはモーガンの目線まで屈み、真剣な眼差しで彼女の大きな藍色の瞳を見詰める。


「見せてやってもいい。だが俺の言う事だけは絶対に聞けっ。離れろと言ったら離れ、見るなと言ったら見るな。いいな?」


「う、うんっ!!」


 モーガンが元気良く頷くと、ノーマンも少し嬉しそうに笑い「よしっ」と呟いて改めてテーブルに並べられた素材達に向き直る。


「取り敢えずはおめぇさんの要望を聞こうか。話はそれからだ」


「そうですね」


 それから私とノーマンはテーブルを挟んで話し合う。最初は一番の大物である魔王のハンマー。白骨色で所々刺々しく、更に中央に女性の顔らしき物を形取ったこのハンマーは、謂わば魔王……グレーテルの形見だ。


「まずはこのちと不気味なハンマーだが……。正直弄りようがねぇってのが本音だ。ハンマーとしてもう完成してると言っても過言じゃねぇ程だ」


 ノーマンが目を細めながらハンマーを検分してそう言う。


「やるとすりゃあ……。魔石を嵌め込むのと、おめぇさんが付ける名前を刻んで専用にするくらいだな」


 ふむ……。私としてもこのハンマーをここから改造出来るものかと思っていたが、やはりか。


 だがそれならそれで構わないとも思う。


 魔王戦で奪った際に何度か使ったが、使い心地は悪くなかったし威力も十分発揮出来た。魔石を嵌められるだけでも御の字だろう。


「ではハンマーに関してはそれでお願いします。魔石の方も後ほど用意します」


「そうか?なら後で名前だけ刻もう。じゃ次だ」


 次は短剣。素材自体希少価値の高い鉱石が使われているが、それ以外は特に特徴は無い。唯一封印されていた《魔力妨害》も取り除いてしまった今、最早ただ手元に戻って来るだけの短剣である。


「んでコイツだが……。おめぇさんが持って来た魔物の素材を混ぜ込んで鍛え直してってすりゃそれなりにはなるだろう。ただそれだけじゃあ、ちとつまらんなぁ……」


 短剣を手に持って掲げながらノーマンはそう呟く。


 職人としての欲が湧いて来たのか、出来る事なら最高の作品作りをと、どうにかならないか唸っている。

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