第一章:散財-4

 

「言っちまうがな。ポイントニウムっつう素材は、あまり武器には向かんのよ」


「というと?」


「材質が尋常じゃなく硬いのが一つ。伝説級の鉱石じゃないにしろ、超高温に晒して叩いても大して変形しねぇからやるなら地道に研磨するしかねぇんだ。だがそれもかなり効率悪いもんで、やる奴は居ねぇな」


 確かに。この短剣、マルガレンが構えていたカイトシールドをあっさり貫いていたからな。あのカイトシールド自体はそこそこ程度の代物だったが、それでも金属の分厚い板を軽々貫ける硬度は並ではないのだろう。


「んでもう一つが酸化し易い……つまりは錆び易いんだ。塩水に少しでも付けりゃ使いもんにならなくなるくらいにな。普段使いもままならねぇ」


 ふむ……。確かに聞けば聞く程武器に向いていないのが理解出来るな。じゃあなんでそんな弱点だらけの鉱石で短剣なんか拵えたんだという話だが……。


「恐らくだが──」


 ん?


「コイツ、そもそも武器じゃ無いんじゃねえか? 切っ先は尖っちゃいるが、刃だって潰れてるしよ。短剣の形をした飾り物かお守りか……」


「ですがマルガレンはそれで腹を刺されましたよ?」


「……ああ……見ねぇと思ったらそういう事か。そいつは気の毒にな……」


「なんだか死んだみたいな言い方してますが、生きてますよ。まだ容体は良くないですが」


「そ、そいつはすまねぇ……。で、でだ。話を戻すがな。いくら刃が潰れていたとしても切っ先がある程度尖ってりゃ勢い次第じゃ普通に刺さるぞ。こんだけ硬いの使ってりゃ尚更だ」


「成る程……」


 ふむ……。飾り物、お守りか……。確かにあり得るが……。


 わざわざポイントニウムなんてモンを拵えて、あまつさえそれを切れもしない短剣に加工し、更には《魔力妨害》のスキルまで付与するなんて……。意味が分からな過ぎる。なんなんだこの短剣は?


「まあ何にせよだ。こんなモンを実用出来るレベルにするには結構骨が折れる。形には既になってるからまだマシっちゃマシだが……。名前刻むのも一苦労だぞ……」


 頭を掻いて唸るノーマンを、側で心配そうに見るモーガン。ずっと作っていた物も完成したのか、今では私達の会話に興味津々に耳をそばだてている。


「……アイデア、あるか?」


「えっ!?」


 私がそんなモーガンに話し掛けると、彼女は心底驚いたようで、驚愕に顔を染めながら若干仰反る。


「い、良い……の?」


「アイデアなら寧ろ歓迎だ。別視点からの意見は時に天啓をもたらす、と私は思っている。ほら、言ってみろ」


 そこまで言うと、モーガンは短剣に目をやり真剣に考え始める。


「勤勉の勇者」というくらいだ。学び、勤しみ、勉める事に特化した勇者なのだとしたら、その慧眼には侮れない物があるだろう。ノーマンにすら思い付かないアイデアが。


「お客さんは、この短剣をどうしたいんですか?」


「ん、そうだな……。ポイントニウムの特性を全面に活かした短剣に仕上げて欲しいな。コイツには固定された座標が存在していて、その座標に《空間魔法》でアクセスする事で瞬時に手元に戻って来るワケだな。そこを活かしたい」


「なるほど……」


 モーガンはまた暫く黙って短剣を眺める。ノーマンはそれを少し心配そうにモーガンと私を交互に見返すが、私は無言で頷いておく。すると──


「師匠」


「な、なんだ?」


「ポイントニウムの座標って、加工する──例えば砕いたり粉々にした場合はどうなるんですか?」


 お?これは……。


「そ、そうだな……。確かぁ……変わらなかった筈だ。同じ座標に固定されている部位ならば座標は変わらん。……だった筈だ」


 ノーマンは苦い顔をしながらも、絞り出すようにしてそう口にする。ノーマン自身も記憶が朧げなんだろう。なんたって希少鉱石だしな。見た事ないとも言っていたし、曖昧にもなる。


「ならばこの短剣を一旦バラバラにして、別の素材に混ぜた上で短剣に仕上げる……というのは?」


 ほう、成る程。この短剣の形に拘らない手段か。だが、


「おいおい……。加工するのすら苦労する硬度の鉱石をバラバラだの粉々だのに出来ると思うか?それが出来んなら最初から苦労は──」


「いえ。塩水に付けて仕舞えばボロボロになりますよね?」


「……おん?」


 ノーマンは素っ頓狂な表情を見せる。


「硬度を活かす事を諦めさえすれば、いっそ塩水に浸けてボロボロにした物を砕いて混ぜ込めば、特性はそのままに加工出来るんじゃ……」


 モーガンのその意見を聞いた瞬間、ノーマンは目をカッと見開いて思考に没頭する。


「確かに……それならば十分特性を活かす事が可能だな……。しかし酸化した素材を使うと他の素材にも影響が……」


「そこは石灰を使って中和をすれば問題無いと思います」


「な、成る程……。だが今度は耐錆性に問題が……」


「それはアレですよ。まだ残っているブレン合金を使えばクリア出来ます。今の師匠ならばそれくらい出来ますよね?」


「お、おお!?」


 ノーマンはモーガンの肩をガッと鷲掴むと、盛大にモーガンの顔に唾を飛ばしながら「それだっ!!」と叫び立ち上がり、私の顔に詰め寄る。


「ニィちゃんっ!! どうだっ!?」


「え、ええ。良いと思います」


「そうだなっ!? 良いよなっ!? ガッハッハッハッ!!」


 豪快に笑ったノーマンは、そのままモーガンに向き直り両脇に手を差し込んで自身の頭より高い位置まで持ち上げる。


「し、師匠っ!?」


「ガッハッハッハッ!! やっぱ勇者はスゲェなぁっ!! それともお前自身の才能かぁ? まあ何にせよお手柄だっ!!」


「あ、ありがとうございますっ……。あ、後──」


 するとモーガンは今度は私の方を向きながら既に話が済んでいるハンマーを指差す。


「あのハンマーなんですけど……全部骨なんですよね?」


「ああ……。並の金属よりは硬い骨製だ。さっき話し合った様に魔石を組み込む程度に──」


「その……見た感じなんですけど……」


 そこまで言うと、モーガンは目でノーマンに下ろしてくれと訴え掛け、ノーマンはそれに応える様にゆっくり下ろす。


「あのハンマー……生きてません?」


「……ん?」


 何を言ってるんだ。この子は……。


「ハンマーが生きているなんて……。そんなわけ……」


「ですけど……」


 モーガンはそのままハンマーに近寄り、その側面を手で触れる。そしてハンマー中央にある女性の顔が浮かび上がった箇所を優しく撫でると、ほんの……本当に微妙にだが、口角が動いた……ように見えた。


 ……いや、まさか。


 私は気になり椅子から立ち上がると、ハンマーを手に取り、その顔を眺める。


 この顔を……私は知っている。


 ……厳密にはグレーテルの流れ込んで来た記憶に、この女性が居るのだ。


 グレーテルにとっての最大の心残りにして苦悩と後悔の中心に居る人物。一番の幸せな思い出と、一番の辛い記憶を結ぶ……彼の想い人。


「そうか……奴も君だけは〝食えなかった〟んだな……」


 私はハンマーに対して《物品鑑定》を発動する。そこに記されているのは──



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アイテム名:名称不詳


 種別:骨製ハンマー


 概要:魔族の少女「ナイラー・ラトソース」の魂が封じ込められた骨製ハンマー。彼女の魂は未だ眠っている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……。


「あ、あのぉ……」


「……ああ、すまない。……確かに、コイツはある意味では生きているな。でだ」


 私はハンマーをモーガンの前に突き立てる。


「このハンマーが生きているとして、それをどうするんだ?」


「え、ええとですね……」


 モーガンは自身の身の丈より大きなハンマーを眺め、唾を飲み込む。


「た、多分ですけど……」


「ん?」


「このハンマーは……未完成……だと思います」


「……未完成」


 それを聞いた瞬間、私の中で何かが騒めく。


 それはまるで何かが急いている様な……何かを必死に求めている様な……。そんな焦燥感。


「足りないんです。何かが欠けていて……なんというか、寂しそうで……。……ご、ごめんなさい……意味、分かりませんよね……」


 モーガンは自嘲気味に笑ってそう言うが、私の中では彼女の評価が鰻登りだ。流石は「勤勉の勇者」、伊達ではない。


「いや。大体分かった」


「え?」


 私はハンマー対して魔力を流し込み、ハンマーの中に存在する彼女の魂に触れる。


 それは小さく、そして弱々しく脈動し、今にも消えてしまいそうな灯火の様だった。


 そんな魂に対し、魔力を使って優しく包み込んでやると、私の中の〝彼〟を呼ぶ。


 正直な話、一ヶ月も待っていられなかったんだ。それだけ強力なスキルに変換されるのだろうが、私はそれよりも今目の前のハンマーにこそ魅力を感じている。


 使うならここしかない。


 魔力で繋いだ道を使い、私の中に眠っていたグレーテルの魂を、ハンマーに送る。


 ハンマーの中に入ったグレーテルの魂は、今にも消えてしまいそうな少女の魂にそっと寄り添い、まるで泣き出す様に震える。


 少女の魂は、そんなグレーテルを優しく包み込むと、二つの淡い光は、眩いまでに煌々と輝きを増した。


『おかえりなさい。グレーテル』


『ああ……ただいま……ただいまっ……。ナイラー……』


 そんな幻聴を聞いた気がしたその瞬間、ハンマーの顔は涙を流し、たちまち全体にヒビが走り崩れ落ちる。


 そして中から現れたのは、暗黄色に鈍く輝く、洗練されたもう一つのハンマーであった。

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