第一章:散財-5
「これは……」
私は新たな姿に変貌を遂げたハンマーを掲げ、眺めてみる。
それは先程までの無骨で不気味な形状とは違い、割と細身で艶やか。機能美を追求した様なフォルムのヘッド部分は一般的な両口玄能ではなく、片側がピッケルの様に禍々しく尖った物。
剥き出しの金属をそのままハンマーに落とし込んだ形状に変化した魔王のハンマーに、先程の面影は最早無い。
「な……何が起こりやがったっ!?」
一連のやり取りと現象を口を開けたまま静観していたノーマンも驚愕に声を荒げる。
何が起こったんだ……と言われてもな。正直説明が難しいな……。取り敢えず適当に──
「このハンマー、少し特殊な代物でして……。多分、今し方本来の形になったんだと思います」
「む、むぅぅ?いや、意味が分からんが……」
「世の中には色々不思議な事が転がっていますが……。これもその内の一つという事で……」
「んー……。ドワーフとして、気になるが……」
「……深入りはオススメしません」
私が笑顔で答えると、ノーマンは息を飲んでから溜め息を吐き、手を振って諦めたとジェスチャーをする。
さて。じゃあ同じ轍は踏まぬよう、改めてコイツに《物品鑑定》を……いや、念の
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アイテム名:名称不詳
種別:リビングアイテム
分類:ハンマー
スキル:
希少価値:★★★★☆
概要:元「暴食の魔王」グレーテル・クートゥル・ラヴクラフトの骨製ハンマーに封じ込められたナイラー・ラトソースの魂とグレーテルの魂が昇華し、リビングアイテムに覚醒した奇跡のハンマー。
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リビング……アイテム……。
昔読んだ伝承に数回程度名前が出て来たのを記憶しているが……。
リビングアイテムは
アイテムと無意識下で繋がり、その手伝いをしてくれる。そんなアイテムのはずなんだが……気になるのは……。
……試してみるのが早いな。
私は掲げていたハンマーを軽く構え、気になっていた項目の一つ、形状変化を念じてみる。すると──
ハンマーのヘッド部分側面は、まるで粘性を帯びたかのようにグニャりと波打ち、その形状を変えていく。
そのままハンマーの側面は私が念じた通りの形状に変化していき、三つの穴を象った紋様へ完成する。
ふむ。我ながら中々の出来。
「……今度は何を……」
「どうやらこれがコイツのスキルみたいですね。リビングアイテムでスキル付きなんて私が調べた限り見た事無かったんですが……」
まあ私が知らないだけという話なのだろうが……。
「……でよ。わざわざ作ったその穴は……」
「ああ、どうせならとことんやろうかと」
「魔石用の穴か……。まったく職人泣かせな武器もあったもんだな」
と、少し機嫌が悪そうに呟くノーマンだが、まだノーマンにはこのハンマーにやって貰わねばならない事がある。
「まだ名前を刻んでいませんから、諸々話が終わったら改めてお願いします」
「ん? あ、ああ、そうだな。よし、後でやってやる」
「お願いします。と、話が大分逸れてしまいましたが、最後の防具の話に戻りましょうか」
私はハンマーを一時素材テーブルに置き、改めて向かい合う形でテーブルに着く。そしてポケットディメンションを開いて改造魔物の外殻を数点テーブルに広げる。
「アレだけじゃねぇとは察しちゃいたが……」
「実際にはまだありますよ。十メートルは越える大物でしたのでまだまだ」
ノーマンは私の言葉を受けて顔を引きつらせながらも外殻の一部を摘んで眺める。横で見守るモーガンも、私に「持って良いか?」と目配せし、私が頷いたのを確認してから同じ様に手に取り眺める。
「ふむ……。察するに虫系統の魔物の外骨格か? 俺が拵えた
「断面を見るに
「確か炎で熱して貫いたんだったな? なら変形自体も問題無さそうだな。……で、コイツをお前は?」
色々と口にしながら確認していた二人が、ノーマンの私に対する質問に際して目を向けて来る。
コイツは……。
「以前お話しした防具にお願いしたいのです。動き易く頑丈な……素材を編み込んだコートや鎖帷子みたいな物ですね」
正直言ってしまえば《超速回復》を手に入れた現状、多少の傷は最早問題では無い。だがあのスキルは魔力消費が激しく、大怪我でも無い限りは使うのは躊躇われる。
そもそもの話、傷を負わなければ何も問題は無いんだ。防具に関して、その重要性に何ら変わりはない。
「素材を編み込む……か……」
「つまりはこの外殻を糸状に加工すると……」
二人はそのまま腕を組んで頭を捻る。こうして見ると師弟というより親子にも見えるな……。容姿はまるで似てないが、仕草が割と似ている。まだモーガンが弟子になって日は浅い筈なんだがな。
「このまんま糸状にすんのはちと厳しいな……。頑強とはいえ、生物由来の素材は金属や鉱石と違って融通が利かん。やるなら柔軟性に富んだ金属に混ぜる……だな」
「でもただの金属じゃ、この外殻には合わないでしょうね。まずはコレに合った金属探しから……」
「……」
遂には二人で向かい合い互いに意見交換を始めたノーマンとモーガンに、私が入る隙を失くして傍観していると、隣の部屋の扉が唐突に開く。
私がそちらに視線を向けると、そこには紅茶のポットと人数分のカップが乗ったトレイを両手に持ったロリーナが立っていた。
私がハンマーに色々やっている間にロリーナがノーマンに確認を取って用意してくれたのだろう。ノーマンが「客人にやらせるなんて面目ない」と呟いていたのも聞こえていた。
ロリーナはそれからテーブルにポットとカップを置き、一つずつ紅茶を注いで行く。私達三人と自分。そして最後の一つを注いだ後に玄関で待ったままのユウナにも持って行き、戻って来る。
「ありがとうロリーナ」
「いえ。話を聞いているだけでは暇でしたので。丁度良い暇潰しになりました」
「そうか。それなら良かった」
それから私達は自分達の世界に没頭して話し込む二人をゆっくり待ちつつ、こちらはこちらでロリーナに魔法に関する話をする。
今ロリーナが練習している《光魔法》は、以前私が苦戦していた《闇魔法》と同列に並ぶ難易度を誇る中位魔法。そうそう簡単に習得出来るもんじゃないが……。順調らしい。
「そう、教えて頂いたキャピタレウス様に言われました」
「ふむ……。多分だが、ロリーナと《光魔法》の相性が良いんだろう。ロリーナ自身に元から《光魔法》の才能……素質があったんだろうな」
「基礎五属性に素質がある人の話は聞いた事がありましたが、中位魔法にもあるのですか?」
「無くはない。だがかなり珍しいと本にはあったな。親が過ごした環境や性格なんかも影響するらしいが、詳細は不明だ」
「……親、ですか」
ロリーナの表情がほんの僅かにだが曇る。ロリーナにとっての親はリリーだが、私としても彼女が本物の親では無い事くらいは察している。
ならば彼女の両親は別に居るという事になるわけだが……。正直な話──
「ロリーナ。この際だから言ってしまうが……」
「……はい」
「私は君の両親がどんな人物だろうと、正直どうでもいいと思っている」
「え?」
「例え犯罪者だろうが、王家の隠し子だろうが、呪われた一族の子だろうが、どうでもいい。私は君と一緒に居たいから君と一緒に居る」
「……」
「君自身に関してもそうだ。才能があろうが無かろうが関係ない。君と仲良くしたい。そこは今後とも変わらない」
「……ありがとう……ございます……」
ロリーナは軽く頭を下げてお礼を言って今度は僅かに笑って見せてくれる。うん。笑ってくれるロリーナはやっぱり可愛──
「ん゛んっ!!」
そんな咳払いに気付き振り返ってみると、いつの間にやら話が済んでいたノーマンとモーガンが二人揃ってジト目を私に向けていた。
「俺達が話し込んでいたのも悪いのは理解しているが……」
「だからって隣りでイチャイチャするのはどうなんですかね……」
ああ……と……。
「すみません」
「いや、いい……。取り敢えずこっちの方針は決まったからよ。今から全体の話をまとめるぞ? 良いな?」
「はい。お願いします」
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