第一章:散財-6

 

「良いか? 話をまとめるぞ?」


 ノーマンは依頼書と羽ペンをテーブルに広げている。


 以前した依頼の依頼書は話を済ませた後にノーマンが書いていたらしいが、今回は色々とややこしい内容だからな。口にしながら書いていくんだろう。


「まず一つ、そのハンマーにニィちゃんの名前を刻んで専用武器にする。魔石はその作った穴に自分で嵌め込みゃ事足りるだろう。リビングアイテムってならそれで大丈夫だ。名入れはこの後直ぐやってやるよ。値段も安くしておいてやる」


「はい、よろしくお願いします」


「んで次はあの短剣だ。まずあの短剣を塩水に浸けて脆くして砕いてからブレン合金に混ぜて新造する。魔石はおめぇさんが用意するんで良いんだよな?」


「ええ。近々魔物を倒すつもりなので問題無いです」


 私がそう言うとノーマンは頭を抱える。


「……魔物はそんな狩りに行くみたいに気軽に言われると感覚が麻痺して来るな……。まあいい、次だ──」


「あ、待って下さい」


「……なんだよ?」


 何、ちょっとした思い付きの提案だ。


「その時に退治した魔物の素材が今回の製作に使えそうなら遠慮無く使って下さい」


「うん? ま、まあ……使えんなら使うが……その分製作期間が長引いたり料金だって──」


「構いません。思う存分、やれるだけをやり尽くして下さい。お金は惜しみませんよ」


 私の言葉にノーマンは照れ笑いを隠す様に口髭に手を当てる。


「本当おめぇさんは……職人誑しょくにんたらしっつうかなんつうか……。そこまで言われちゃあ引き下がれねぇなっ!」


 ふふふっ。私としてもノーマンの様に腕の良い仕事好きの職人は大好きだ。金をいくら注ぎ込んでも惜しく無い存在……金では買えない人材だ。


「っと、話が逸れたな……。んで後は防具だ。おめぇさんが持ち込んだ魔物の外殻を相性の良い金属に混ぜて柔軟性に富んだモンを拵えるつもりだ」


「はい。それで、その金属というのは?」


「正直言えば決めかねてる……。いくつか候補は挙がっちゃいるんだが、流石に頭ん中だけで試すんじゃ決定打に欠ける……だから色々試すつもりだなんだが──」


 成る程……。色々試して最高の組み合わせをか……。となると幾つか外殻を無駄にする事になるわけか……。だがここは──


「多少無駄になってしまっても構いませんよ。本音を言えば勿体無いんですが……必要経費として認識します。数も多いですしね」


「そう言ってくれると助かるっ!」


「最高の物を作って頂くんですから当然です」


 今やれる事に全力を注ぎ続ける。それが肝要なんだ。手は抜かん。


「ありがとよっ。……んじゃあ、こんなもんかね。……あのよ」


 ん? なんだ、まだ何かあったか?


「なんです?」


「スゲェ今更な事聞いちまうんだが……。防具は兎も角、ハンマーと短剣もおめぇさんが使うんだよな?」


 ……本当に今更だな。


「それは勿論そうですよ。二つとも私用です」


「あー……。それってよぉ……持て余したりしねぇのか?」


 持て余す……? ……ああ成る程。


「ただでさえ剣とナイフを使ってんだろ? その上でハンマーと短剣もっつうのは……大丈夫なのか? 使いこなせるのか?」


 ノーマンはそう言って心配そうな表情を見せる。まあ心配するのも当然か……。普通は武器なんてものを複数種類使い熟すなんて芸当、考えはするだろうが実行しようなんて奴は居ない。


 仮に私の様に酔狂な奴が居たとしても十中八九上手くはいかない。相応のスキルが無ければ破綻必至だ。だがその点私なら──


「安心して下さい。これでも相応のスキルは所持しています。全て使いこなすのは問題無く出来ます」


「んー……そうまで言うなら信用するが……。念を押しておくぞ?」


 そこまで言ったノーマンはテーブルから身を乗り出し私の眼前で鋭い眼光を瞬かせ見据えて来る。


 ……止めてくれ、顔が近い……。


「良いか? 俺の作る可愛い作品達を、思う存分使ってやってくれ。例え壊れようが折れようが俺が直してやる。武器防具ってのはそれが本望だ。だから部屋の肥やしにするんじゃなく、使い果てるまで使ってやってくれ」


 ……。


「……任せて下さい」


「ああ、頼んだ」






 それから依頼書を書き終えたノーマンは、早速ハンマーへの名付けの準備を始める。


 と言っても用意する物など少ない物で、羊皮紙と墨とのみと金槌。後は私の血を少々。これだけだ。


 ノーマンは私の血を墨に融かしてから私に目を向けて来る。


「で、名前はどうすんだ? もう決めてんのか?」


 名前……ふむ。


 このハンマーは元々グレーテルの骨から作られた物……。そこにグレーテルの魂とナイラーの魂が合わさり昇華され生まれた……。その暗黄色に輝く洗練された強骨に、砕けぬ物など無いだろう。故に──


「……砕骨さいこつ……」


「……なんだ、またえらくシンプルに聞こえるな」


「他にも色々考えたんですがね……。一番しっくり来たのが砕骨さいこつでした」


「ふーん。まあ良いんじゃねぇか? 呼び易いしよ」


 ノーマンはそう呟きながらも羊皮紙に私の血を混ぜた墨で名前を書いてから、ハンマー……砕骨のヘッド部分根本に、それを当てがって鑿で名を刻んでいく。


 一画一画と文字が刻まれて行く度に、砕骨さいこつとの間に確かな繋がりが生まれていく。それは徐々に強固になって行き、私の頭に天声のアナウンスが響く。


『アイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」との魔力での接続に成功しました』


『これによりアイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」はクラウン・チェーシャル・キャッツ様の「専用武器」として登録されました』


『これによりアイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」に新たなスキルが覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」は補助系スキル《粉骨》を覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」は補助系スキル《崩落》を覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「大槌」個体名「砕骨さいこつ」は補助系スキル《激震》を覚醒しました』


 本当の意味で完成した砕骨を手に取り、構えてみる。


 リビングアイテムとしてのアシストと、晴れて専用武器となった事による親和性が合わさり、この砕骨さいこつならば自在に操れる確信が湧いて来る。


「どうだ? 名前刻んだだけだが……」


「ええ……素晴らしいです。……これもモーガンのお陰ですね」


 そう言うと、目端で椅子に座っていたモーガンが驚いたようなリアクションをして照れた様に顔を隠す。


「お陰って……。ただ横から口を出しただけなんじゃねぇか?」


「その口を出しただけでハンマーがこうなってくれたんです。モーガンの慧眼、天啓は侮れませんよ」


「お、おお……そうか? んん……そうか……」


 ノーマンは何故かそのまま頭を捻りながら何処となく嬉しそうに笑う。


 弟子としての成長が嬉しいのか、ちょっとした親心から来るものなのか……。まあどちらでも構わんな。私が詮索する事じゃ無い。


 それから砕骨さいこつを《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を発動させてから新たな専用武器展示に展示する。


 ふむ……。ふふふっ……。


 心中を溢れんばかりに湧き出る高揚感が支配し、思わず口角が吊り上がってしまう。


 ああでも……やっぱり新しいコレクションが増えるのは……楽しいなぁ……。


 と、そんな事を考えていたその時、この店の扉が開かれ、そういえば居なかったアイツが声を上げる。


「や、やっと見つけたぞーっ!! この店だったかチクショーっ!!」


 振り返ればそこには、汗だくのティールが息を荒げて崩れ落ちる瞬だった。

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