第一章:散財-7
崩れ落ちるようにその場にへたり込むティールは肩で息をしながら荒い呼吸で俯いている。
その横で、最初は現れたティールに飛び跳ねる様に驚いていたユウナが、優しく背中を摩ってやっていた。
「……時間掛かり過ぎじゃないか? もう用事終わったぞ」
というかなんでそんなに息を荒げているんだ?道が分からなかったにしてもそんな慌てるような事は無いと思うんだがな。
「え……えぇ〜〜……。じゃあ俺は何の為に……」
「だからなんでこんなに時間が掛かるんだ?道に迷ったのか?」
「ああ……いや、その……。それも多少はあるんだが……」
あるのか。方向音痴か? コイツ。
「ちょっとその……面倒臭い奴等に因縁付けられちゃって……。へへっ……」
「へへっ、てお前……」
ザッと見た感じ怪我の類はしていないようだな……。殴り合いにはならなかったみたいだし逃げて来たんだろう。
「なんだ? 肩でもぶつけられたのか? それとも買い食いしてた物を相手に引っ掛けたのか?」
「……「学院の生徒だろ? 貴族だろ? 金持ってんだろ?」って三段活用で捲し立てられた」
「ああ……」
また随分と殺伐とした構文だな。パージンは別に治安悪いわけじゃ無い筈なんだがな。
「そいつは、きっとアレだな……」
余り腑に落ちない心中でいた私の背後から、何やら事情を知っていそうなノーマンが少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いて話す。
「ここ最近、鉱山でたまにしか見掛けなかったトーチキングリザードや他の魔物の目撃情報が増えてんだ」
……ほう。
「そりゃ、他ん所よりゃ多く目撃されちゃいたが、それでもここ最近の頻度は異常でよ。週に一回は魔物討伐ギルドに報告が行くらしくって……。兄貴が「ただの鉱山警備員なんだがなぁ」って使いっ走りさせられて愚痴ってたよ」
……おかしい……。
確かにこの街に面する鉱山に生息しているトーチキングリザードは、他の場所に比べてその出現頻度は多めだ。
それは鉱山に遥か昔に生息していたとされる火竜の影響により他より魔力溜りが多いのが原因とされている。
かく言う私も三年間程、定期的にこのパージンに寄りトーチキングリザードを狩って小遣い稼ぎをしていたのだが、それでも数ヶ月に一回の出現だ。週に一度など異常極まりない。
あの鉱山で、何かあるのか?
それともここ最近王国内で度々聞く魔物の出現頻度が上がっている事と何か関連して……、
……と、思考が逸れたな……。
で、トーチキングリザードの出現頻度が増えたって事はだ。
「つまりはパージンの魔物討伐ギルドは今盛況……いや、大忙しなわけですか」
「そうだ。最近まで何とかギルド員で頑張ってたらしいが、それも限界で……。んで人員不足だってんで本部に臨時の職員を要請したらしいんだが……向こうも向こうで忙しらしくてな……。苦肉の策で職員以外に募集を掛けてんだよ」
本部に要請……。つまりは王都セルブの魔物討伐ギルド「青獅子の慟哭」に救援を頼んだのか。
持ちつ持たれつな関係である冒険者ギルド「赤狼の咆哮」があの忙しさなんだ。魔物討伐ギルドも似たような状況なんだろう。
それで仕方なく外部から募集し、結果……。
「多分だが、ニィちゃんの連れに絡んだのは、そんな臨時募集に誘われて街に来たゴロツキだろう。本来なら募集要項なんかに、そう言った輩を選別するもんを設けるもんなんだが……」
「それすらする余裕が無かった……と」
つまりは今パージンの治安は一時的に悪くなっているわけか……。私がこの店に来た時は絡まれたりしなかったから意識していなかったな……。ん? となると……。
「ロリーナは何事も無かったのか?」
ロリーナもティール同様、単独で街中を散策した後にこの店に来た筈だ。ならば絡まれていたりする可能性も──
「……はい、少しだけ……」
そうロリーナは答え、微妙に顔色を曇らせる。
……ふむ。
「……なんて絡まれたんだ?」
ロリーナは美人だ。正直聞くまでも無いんだが……。
「お茶に誘われました。……勿論断りましたけど……」
「それから何もされなかったか?」
「はい……。捨て台詞を吐かれましたが、その後特には……」
「……成る程」
これは……二日間の予定を、少し変更する必要がありそうだな……。
「ノーマンさん。今鉱山でトーチキングリザードが確認されている場所は分かりますか?」
「んあ? ま、まあ、兄貴に聞きゃ分かるだろうが……」
「成る程。では今出現しているトーチキングリザードは何匹居るんです?」
「……最近聞いたのじゃ三匹だが……。まさかおめぇさんっ!?」
ふむ。ノーマンも流石に私の事を理解して来たらしい。ふふふっ。
「二日滞在するにあたって、治安が悪いのは居心地が悪いですからね。その原因の元を、叩き潰します。徹底的に」
「な、なあっ!? 本当に行くのかっ!? っつーかやんのかっ!?」
ノーマンの店を出た私達はその足でパージンの魔物討伐ギルド「黄色の熊爪」へ足を運んでいる。理由は二つ。一つは私が持つ改造魔物の解体を依頼する事。もう一つは当然三匹のトーチキングリザードの居場所を把握する為だ。
「何度も言わせるな。三匹共今日中に狩る。時間も余り無いから急ぐぞ」
「時間無いって……なんでっ!?」
「トーチキングリザードは夜行性だ。夕方に差し掛かろうとしている今、奴等が動きを鈍くする時間は短い。だから急ぐんだ」
「ああもう、行くの決定なんだなっ? じゃあ俺は宿に戻って……、」
「何を言っている。お前も来るんだ」
「はぁっ!? な、なんで役立たずな俺をっ!?」
「この前の新入生テストで活躍させてやれなかったろ? その代わりだ。有り難く思え」
「うれしくねぇーーーっ!!」
頭を抱えて叫びながらも、その足は止まらず私達に付いて来ているあたり満更でも無いんだろう。後、
「街中で無駄にデカイ叫び声を上げるんじゃない。私達が変な目で見られるだろ」
「それくらい許せよっ! 色んな感情をなんとか発散しようともがいた末の咆哮なんだよっ!!」
「……はあ……。まあいい。ホラ、もう着くぞ」
辿り着いたのは
小遣い稼ぎでは随分とお世話になっているこのギルドだが、今は外からでも分かるくらいの喧騒が漏れ出ている。
「行くぞ」
一応の掛け声を合図に木製の両扉を開くと、何人かの顔見知りのギルド員が一斉にこちらを向き、私の顔を見るや否やまるで窮地に救世主でも現れた様な歓声を上げ始める。
「……お前って、やっぱスゲーな……」
ティールのその言葉には、言葉通りの感情は込められてはいなかった。
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