第一章:散財-8

 

「よくぞっ!! よくぞお越し下さいましたぁぁぁぁぁっ!!」


 短い歓声が止んだ直後、私の元に物凄い形相で駆け付けて来たのは一人の初老の男。


 少し痩せぎすで白髪の混じった黒髪をオールバックに纏めており、掲げるギルド名に熊の文字があるにしては少し頼りなさそうな印象のこの男は、これでも「黄色の熊爪」のギルドマスターである。


何時いつぞやはどうもウィンチェスターさん。あれ以来また誰かを吹っ掛けたりしていませんか?」


 三年前、私がこのギルドに初めて魔物の解体を依頼した時に一度詐欺紛いの取り引きを持ち掛けられそうになった。


 あの時はマルガレンの《真実の晴眼》があったお陰で色々上乗せした金額を提示させた事は今や懐かしい記憶だ。


「あ、会う度にその話を持ち出されますと、参ってしまいますなぁ……。あの時は、本当に申し訳なく……」


「いえいえ。ちょっと意地の悪い事を言いたかっただけですから。今は気にしていませんよ」


 気は抜いてないがな。


「さ、左様で御座いますか……。とっ、それよりっ!!」


 ウィンチェスターは私の両肩をガッと掴むと、目の下に隈が出来た泣きそうな表情で私に詰め寄って来る。


「お客様がこちらに……しかもこのタイミングでお越し頂いたという事はつまりっ!?」


「ええまあ。また小遣いを稼ごうかと」


「いぃ〜〜〜〜よっしゃぁぁぁぁっ!!」


 うわなんだ急に……。


「ああぁ……良かったぁ……。これで警備ギルドにどやされなくて済むぅ……」


 警備ギルド? なんかいざこざでもあったのか?


「……警備ギルドですか?」


「は、はいっ。実はトーチキングリザード出没に際して一般から応募を掛けたのですが……」


「はい、存じています」


「その……採用規約がガバガバだったせいで犯罪者スレスレみたいな連中が金目的で集まってしまい……。その対応に追われる警備ギルドから「責任を取れっ!!」とクレームが……」


 ……ああ成る程。


 ノーマンが言っていたとおり、厄介で面倒なのが集まったせいでそれを取り締まるパージンの警備ギルドに負担が回って来たと……。


 ギルドとして見るなら忙しくなる事は喜ばしい事なんだが、警備ギルドみたいな治安を旨とする職務は事情が違うからな。そりゃあ文句も出て来る。


「ですがっ!! 貴方がお越し下さった今、もうそういった輩をこの街に留めておく必要はありませんっ!!」


 ウィンチェスターはそこまで言うと振り返り、彼からの命令を心待ちにしていたギルド員達に盛大に宣言する。


「皆の者直ちに行動せよっ! あのガバガバな募集を至急打ち切れっ!! 奴等に渡している期間限定の入山許可証をさっさと無効にして奴等を入山させるなっ! それと警備ギルドに連絡し彼等と協力して奴等をこの街から追い出せっ!! 分かったかっ!?」


「「「「了解っ!!」」」」


 活力が漲った声を上げ一斉に動き始めたギルド員達。その空気はギルドに入って来た瞬間の何処となく殺伐とした物から綺麗に一変し、ヤル気に満ちた清々しいものになっている。


 ……一部「アイツらぶっ殺してやる」と満面の笑みで宣言しているギルド員も居たりするが、元気そうで何よりだ。


 因みに彼等の実力は魔物を相手取る事もあってそこら辺の兵士や衛兵より強かったりする。故に厄介な輩達になど遅れを取るギルド員は少ないワケだが、事情が事情だっただけに好き放題言われていたのを我慢し続けていたんだろう。


 それを我慢しなくて良くなったんだ。そりゃ燻っていた怒りも爆発する。……変な事件とか起きて面倒にならないといいが……。


「いやっ……。本当助かりました……。一時は多少無茶な金額を提示してでも貴方に依頼出来ないか真剣に会議していたんですよ。まあ……結局止めたわけですが……」


 ……チッ、もう少し粘れば良かったか?


 まあ、彼等からの心情を悪くする可能性もあったが……。……詮無いな。取り敢えずは……。


「トーチキングリザードもそうなんですが、もう一つ依頼したい事があるんですよ」


「依頼ですか? 勿論構いませんが……。一体何を?」


「魔物の解体ですよ。ただちょっと面倒な事情が絡む魔物なので、口が堅い職員にお願いしたいんですよ」


 エルフ製作の改造魔物なんて厄介極まりない代物だ。こんな物が市場に流れる所か、その情報が流れる事もマズイ。だがだからと言って解体しないワケにもいかないからな……。やるなら口の堅い職員にやって貰うしかない。


「ほう、訳有りの魔物ですか……。ならばその解体、私にやらせて頂けませんか?」


 ……なんだと?


「実は私、こう見えてギルドマスターになる前は解体職人だったんですよ。一時は本部に出向して新米を教育していたりもしました。結構慕われていたんですよ?」


 ふむ。ギルドマスターに解体を依頼か……。それだけの実績があるならば信用出来る。それにギルドマスターという立場ならば情報を漏らす心配は無いだろう。漏れたら誰が漏らしたから明白だからな。そこは問題無い。


 ただまあ──


「……そんな人物が成人前の少年によくもまあ、あんな取引を……」


「止めて下さいって!! あ、あれは……。……生意気な貴族に一泡吹かせてやりたいと職員が一致団結してしまった結果で……、」


「ですが貴方が出て来た際の取り引きでは私に金額誤魔化そうとしましたよね?」


「う、うぅ……申し訳ない……」


 ふむ、少し揶揄からかい過ぎたか。余り突いてモチベーションを下げられても困る。


「すみません、揶揄いすぎましたね。代わりといっては何ですが、近々また魔物を狩りに行くのでまた解体をお願いします」


「ほうっ! それはそれは……。その際は勉強させて頂きますよっ!!」


「よろしくお願いします」






 ギルド員達がバタバタと再度行動を始める中、私達はギルド地下に作られている解体場へ足を運んだ。


 解体場は私の実家があるカーネリアの魔物討伐ギルドの物より何倍も広く、数十メートル級の魔物でも容易に解体可能な程。


「魔物は基本、建物裏にある大型搬入口から搬入するんですよ。貴方の様に魔物を自前で格納出来る手段を持っているお客様は殆ど居りませんから……」


 私が重用しているポケットディメンションは基礎五属性の最難関空間魔法を利用した魔術だ。


 《空間魔法》自体の普及率が限りなく低い巷じゃあ私の様にはいかないのは自明の理だろう。


「それではあの台の上にお願いします」


 ウィンチェスターが指差したのは、この広大な解体場内で最も巨大な解体台。目算で約十メートル四方はありそうな台の天井からは魔物を吊す為の滑車からぶら下がった鎖が何本も伸び、物々しさがある。


 流石はトーチキングリザードが比較的頻出する街。解体場もさることながら台すら大型である。


 私はそんな巨大な解体台に例の改造魔物を放り出す。


 ガシャンッ! という豪快な音と共に放り出された改造魔物を見たウィンチェスターは、目をひん剥いたまま無言で固まる。


「……ウィンチェスターさん?」


「……えっ!? あ、はいすみません……。大型とは事前に聞いていましたが、まさかこの大きさとは……」


 ウィンチェスターは頼りない足取りで台に横たわる改造魔物に歩み寄ると、懐からモノクルを取り出して目にかざし、検分を開始する。


「外見は外骨格に覆われた大型の昆虫系統……いや、多足節系統か。口元には触角……ではなく触腕があり……。蜘蛛の様に複数個の複眼が……。むむむっ?」


 簡単に検分を終えたウィンチェスターは私に振り返って苦笑いを浮かべる。


「そのぉ、無学でもうしわけないのですが……。この魔物は一体何という……」


「そいつは人工的に作られた改造魔物ですよ。エルフ製の」


「……はい?」


「貴方も耳にはしているんじゃないですか? 魔法魔術学院の新入生テストで起きた惨劇」


「え、ええまあ、人伝に、ですが……」


「その時に暴れていた魔物なんですよ。それ」


「…………はいぃーーーっ!?」

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