第一章:散財-9

 

 私達だけしか居ない解体場に、ウィンチェスターの叫びがこだました。


 ウィンチェスターはそのまま台の上の改造魔物と私を交互に見返した後に私の背後に居るロリーナ達に視線を向ける。


「ほ、本当なのですかっ!?」


「はい。そう聞いています」


「あの場にもエルフ居たっぽいし……。間違い無いんじゃないですかね?」


「わ、私は知りませんっ!! 知りませんよっ!!」


 三者三様の返事を聞いたウィンチェスターは改めて私に目を向けると、なんとも情けない表情を浮かべながら私の元へやって来て両肩を掴む。


 両肩掴むの好きだなこの人。


「な、なんて物を持って来たんですかっ!? ほ、本来ならコレ……国が鹵獲して研究したりしてエルフの国の手掛かりにするんじゃあ……」


「私が狩った魔物なんですから私が好きにするのが道理でしょう?」


 それにこの魔物。《解析鑑定》で見た際にはコイツ自身の情報とエルフに関連する情報は削除されていた。恐らく国が鹵獲していたとしても役には立たなかったろう。


「そんな無茶苦茶なっ!! そんな事本来は国が許さ……、」


「安心して下さい。状況が状況でしたからコイツに関して国は触れては来ませんよ」


 これは後程師匠に聞いたのだが、あの改造魔物は魔王であったグレーテルに喰われた事になっているらしい。


 そりゃ十メートル級の魔物の死体が忽然と姿を消せば誰だってそう想像する。まさか一生徒でしかない私が回収したなどとは想像しないだろう。目撃者も居ないではないが、あの混沌とした状況だ。見たままを話したとしても逆に正気を疑われて取り合ってはくれないだろう。


「それにあの場には私の師匠であるフラクタル・キャピタレウス様も居ました。彼が何も言わないという事は問題も無いという事です」


「ふ、ふら、フラクタル・キャピタレウス様っ!? で、すか? し、しかも師匠って……」


「はい私の師匠です。なんなら証明できますよ」


 私はそう言いながら懐から門前でも衛兵に見せた師匠直筆の許可証を取り出して見せる。


 ウィンチェスターは少し興奮したようにそれをモノクルを掛けてじっくりと検分し始める。


 それにしても、師匠の名は本当に便利だ。余程の悪さでも無い限りは師匠の名を出せば解決出来るし信用も得易い。


 と、私が心中で簡単な打算をしていると、後ろからティールが私の肩を指で突いて呼ぶ。


「な、なあ……キャピタレウス様のお名前をそう雑に使うのってどうなんだよ……」


「別に悪事に使っているわけではだろう。それに師匠の名前を出した上で私が活躍すれば師匠の名声にも繋がる。決して私だけが得をする手段じゃない」


 正にWIN-WINの関係というヤツだ。


 ……まあ、あくまで私が悪評を広めなければの話だが……。


「う、う〜〜ん? ま、まあそれならいいんだけどよぉ……」


 ティールは多少腑に落ちない素振りを見せながらもそれ以上口を挟む事は無くそのまま押し黙る。


「は、はい、確認しました。筆跡に偽造された痕跡は見当たりませんね……」


「……一応疑いはしたんですね」


「ね、念の為ですよ念の為っ! 万が一にも何か問題があってからではコチラとしましてもっ──」


「ふふっ。冗談ですよ。疑って当然です。それは理解していますから」


 寧ろここで下手に疑い無く話を進められると困るんだ。


 何もせず信用されるのと、疑った後に信用されるんじゃ重みが違うからな。


「そ、そうですか……」


「はい。と……話が大分明後日の方に行ってしまいましたね……。話を進めましょう」


「そ、そうですね。では貴方の解体に関する要求からどうぞ……」


 それから私は改造魔物の素材如何をウィンチェスターに伝えていく。


 全身を覆う深緑色に輝く外骨格は簡単に寸断して貰った上で全回収。


 ノーマンに依頼している防具にどれだけ使うか分からない上、多少無駄になってしまっても問題が無い様に。だがまあそれでもこの量の外骨格を全ては消費し切らないだろう。


 余った物はいつかまた武器や防具を依頼する際に再利用する為と臨時の収入を得る為の保険に使う。


 次に改造魔物の中身。筋肉の部分は可食出来るか不明だが、軽く足の一本を寸断して見せてもらった所、まるで蟹の身の様に綺麗な白い身が露わになった。


 《究明の導き》の結果、一応可食しても問題は無いらしいが流石の《究明の導き》でも全く情報が無い改造魔物の詳しい情報は無く、美味いかどうか判別出来なかった。


 つまりは試しに食ってみなくてはならないワケだが……。


「私食べてみましょうか?」


「「「「えっ!?」」」」


 全員が一斉に私を「ゲテモノ喰い」を見るような目で見て驚く。


「……そんなリアクションをする程か?」


「え……だって……」


「あんな露骨に虫みたいな奴を食べるって発想が……」


「正直どうかと思います」


 ロリーナまで……。


 ……なんだろうか。今までに無いくらいの疎外感を感じる。


 私だって別に昆虫を率先して食べたいとは思わない。


 まあ食えないわけでは無いのだが、優先して食おうとは思わない。


 だがコイツは厳密には昆虫というより蟹や海老に近い存在だし。この蟹の身のような物を目の当たりにするとな……。


「……ウィンチェスターさん」


「は、はい?」


「まずは私が味を見ます。それで私の感想とリアクションを見て良いと判断したら貴方も口にしてみて下さい」


「な、何故私がっ!?」


「仮にも解体し販売するのはそちらですよね? 良いんですか? もしコイツの肉が極上だとすれば、それこそもう手に入りませんよ?」


「え、えぇ……」


「この巨体からなら結構な量の肉が取れるでしょう。ですがそれでも数はこれだけ……恐らくもう手に入らない」


「う、うぅーん……」


「私だけでは消費し切れない量……勿論そちらにも卸しますよ?珍味を求める貴族は少なくないですし、この限定中の限定の魔物の肉ならば多少高値でも捌けるんじゃないですかね?」


「あ、あぁ……うぅ……」


「だけどまあ、無理強いはしませんっ!ゲテモノはゲテモノですから?例え見た目が美味しそうで、私の調べで毒性が無いのが明らかになろうとも……。嫌ならば私も諦めて全て私で回収を──」


「うぅ〜〜〜んっ……、わ、分かりましたっ!! 食べますよ食べますっ食べさせて下さいっ!!」


 ふふっ……。これでよし……。


「えっ!? う、ウィンチェスターさん……コイツの口車に乗らない方ぉ……がっ!?」


 おっと肩を回そうとして肘をティールの腹に入れてしまったな。


「いや悪い悪い……」


「おっま……。ちょっとは加減を……」


「……私が加減、していないと思うか?」


 今の私が加減せず本気で肘入れようものならティールの内臓はものの見事に弾けて混ざるだろう。それを我慢出来る程度まで抑えたんだ。逆に褒めて欲しいくらいだ。


「あ、あぁそうだなぁ……ははっ」


 空笑いを浮かべ後退るティールを一旦無視し、私は改造魔物の寸断された足の断面に詰まった瑞々しい肉をポケットディメンションから取り出したフォークで突き刺し、同じくポケットディメンションから出した平皿にほじり出し、私とウィンチェスター用に二等分する。


「はい、ウィンチェスターさん」


 フォークをもう一本取り出し、ウィンチェスターに差し出しながら改造魔物の肉が乗った皿を突き出す。


「は……はい……」


 表情を歪め、顔色を若干青くさせながらもウィンチェスターは私からフォークを受け取り、震える手で恐る恐る片側の肉にフォークを突き刺す。


 それを確認してから私もフォークで肉を突き刺し、眼前まで持って来る。


 匂いは……。うぅーむ……。若干生臭いのと、薬品臭さがあるが……食べられない程じゃないな。


 ふとウィンチェスターさんの方を見れば私と同じ様に匂いを嗅ぎ、特別異臭がしない事を確かめて少しだけホッとしている。


「じゃあウィンチェスターさん。いきますよ?」


「え、えぇ……。うぅ……」


「私が食べて、大丈夫だったら絶対食べて下さいね?」


「わ、分かってます……」


「それじゃあ、お先に……」


 フォークに突き刺されてプルプルと踊る瑞々しい肉を、私は口に放り込んだ。


「──っ!?」

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