第三章:傑作の一振り-2

 馬車に揺られ数時間。そろそろ昼飯時が近付いて来る頃合いだ。


 まだまだ先は長いが今の所は順調。不満があるとすれば割高な馬車の割には揺れが酷く居心地は良くないという点。


 まあ、それでも一般的な馬車に比べればかなり快適な方だろう。特にクッションなんかはふかふかで長時間座っていても苦痛ではない。だがこの揺れだけはどうにもなっていなかった。


 そりゃ舗装されていない道を通るわけだから当然なのだが……。ふむ……。


 将来世界中をスキルを集める為に旅するという漠然とした目標がある身としてはこんなに揺れるモンを年単位で乗り回すというのはかなり気が引ける。


 くなる上は将来に備えて私オリジナルの馬車なりを考え、作ってしまうか。うん、それがいい。楽しそうだ。


 前世での知識をフル活用した乗り物を作ろう。よし、また一つ目標が出来たな。


「何をお考えになっているのですかクラウン様?」


 私にそう問い掛けて来たのは私の対面に座る神官服の少女。目が醒める様な金髪と麗しい碧眼を持ち、シセラを膝の上に乗せて撫で回しているアーリシアだ。


「ああ、ちょっと面白い事をな」


 適当に返事をし、先程の現実逃避を頭の隅に追いやる。


 それを受けアーリシアは不思議そうに頭を傾げながら若干嫌がっているシセラを更に撫で回す。


 そう、アーリシアが居るのだ。さも当然の様に。


 私は基本約束を守る人間であるから分かるとは思うが、アーリシアは私が出した課題を見事解決していたわけである。


 私が出したアーリシアへの二つの課題。教皇である父親の許しと最低限自衛出来る術。この二つ課題はシンプルだが大変困難な物だ。


 どう言い訳をしているかは知らないが、あの日までアーリシアは私の屋敷にしょっちゅう遊びに来ていた。だがいくら教皇が娘を甘やかしていたとしても、愛しの娘を数週間の遠出で他人に預けたりはしないだろうと考えたのだ。


 それに自衛出来る術だって簡単に身に着くものではない。想定より出発日が長引いてしまったのはあるが、それでも私の様にスキルを直ぐに身に付けられる術でもない限りは、たったの一月程では身に付かないと想定していたのだ。


 だが、アーリシアは見事クリアしてみせた。


 詳細を聞けば教皇は当然アーリシアの遠出を断固として許可はせず、それどころか最近までサボっていた布教活動の妨げになるからと暫くの間私に接近するなと言われたらしい。


 流石の甘やかしの教皇も痺れを切らしてそんな強行策に出たらしいのだが、彼女はなんと私の課題を逆手に取ったというではないか。


 つまり彼女がしたのは父親に「厳しい修行を乗り越えた褒美に遠出を許可して欲しい」と頼んだらしい。


 私からしたら滅茶苦茶な話だが、教皇は何を思ってかコレを許可。翌日から厳しい修行を開始したという。


 結果としてアーリシアはスキル《物理障壁》と《魔力障壁》、ユニークスキル《救恤》の内包スキルの一つであるスキル《供給》を習得していた。


 《物理障壁》《魔力障壁》共に自身を守るスキルではあるが、スキル《供給》の権能により、自身の発動するスキルの効果をそのまま他者へと移す事も可能にしている。


 習得した証明として目の前で使わせたが、効果は若干弱まるものの他者へスキル効果を反映させられるのは有難い事だ。私は兎も角マルガレンにクイネ、ジャックが更に安全になったと言えよう。


 一体どんな修行をしたのかと聞いては見たが、何故か遠い目をして生気が抜けたのを見てそれ以上の追求はしなかった。


 まあ、何はともあれ私が出した課題をクリアしてのけたアーリシアは晴れてこの遠出に同行する運びとなったのである。


 最初はどう言い訳をして断ろうかとも考えたが、まあ、流石に可哀想だ。いざとなったら守ってやるとしよう。


 それはそうと、


「アーリシア。いつまでシセラを撫で回しているつもりだ。いい加減離してやれ」


「えー、いいじゃないですかぁ。こんなに毛並みが良い猫さんを触った事無いんですもん!それに可愛いですし……。もう少しだけ……」


「ほう、そうかそうか、なら好きにしろ。だが気を付けろよ? シセラはこう見えてお前より断然強い奴だ……。それ以上機嫌を損ねたら闇属性が付与された《炎魔法》をお前に使うかもしれん」


「え、この子が……ですか?」


 コイツ……。詳細は話していないがシセラが私の力を一部引き継いだ使い魔ファミリアだと先程説明した筈なんだがなぁ……。忘れたのか聞いていなかったのかは知らんが……。


「え、ええと……。大丈夫……ですよね?」


 若干青褪めるアーリシア。そんな彼女に私は無言でワザとらしく笑って見せてやる。


 それを見たアーリシアは何かを察したかの様に膝の上のシセラを持ち上げ、私の膝の上に載せ替える。


 シセラも漸く安心して寛げると思ったのか、私の膝の上で丁度いい寝心地の場所を探り、そのまま丸まって寝始める。仕草だけ見れば本当にただの猫である。


「久々にイチャイチャしてますね二人共」


「本当、なんだか久し振りに見ました」


 そう口にしたのはクイネとジャック。当然二人もアーリシアと顔を合わせるのは久し振りなのでそんな事を言うが、このやり取りがイチャイチャねぇ……。


「え、え〜、そんな事ないよ二人共ぉ……」


 露骨に照れるんじゃない、まったく……。私にアーリシアへそんな気持ちは無い。もう既に私の気持ちは〝彼女〟へ向いている。これは決定的事項だし今後も変わらん。故にここはきっぱりと否定させて貰おう。


「変に勘違いするんじゃない。私にそんな浮ついた気持ちは無い」


「え、でもお似合いですよ?」


「あのなクイネ。似合うとか似合わないとかどうでもいいんだ。私がどう思っているか。それだけだ」


「そう、ですか……」


 変に歯切れの悪いクイネ。一体何に納得いっていないんだこの子は……。だがこれでアーリシアは私が自分に気がないのを察してくれるだろう。少し遠回しな言い方をしたが──


 ふと、アーリシアの反応を窺って見る。


「へ、へへへへっ……。お似合い……クラウン様と……」


 ……コイツの耳には自分の都合の良い言葉しか通さないフィルターでも付いてんのか?


 ああ、なんか頭が痛くなってきた気がする。


 私がそうやって頭を抱えていると、馬車は突如として止まり、御者台からカーラットが降りて馬車の扉を開ける。


「坊ちゃん、皆様方、そろそろお昼の時間ですよ。昼食の準備をしましょう」


 そうだな……。取り敢えずは美味いものを食って現実逃避でもしよう。この問題は後回しだ……。

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