第三章:傑作の一振り-1

 私が玄関を出ると、そこには既に一台の馬車が用意されていた。


 馬車はよくある荷馬車などでは無く、貴族達が乗るような大きさの物より更に一回り大きな物で、内装はある程度寛げる様に広さを確保している。


 前に王都までの行き来で何度か馬車を利用したが、お世辞にも寛いで旅を出来る物では無かったと記憶している。加えて今回の旅は数週間を予定したもの。下手な物では移動が苦痛になってしまう。


 その為父上に言って馬車の中でもかなり値の張る馬車を手配して貰った。魔法魔術学院の査定合格のお祝いという事にしてもらっている。


 そんな馬車の周りには今回の遠出に必要になる食料や衣類、野宿をする為のテントや寝袋、焚き火に使う薪や持ち運べる調理器具、食器等の大荷物が置かれており、そこには今回御者をしてくれるカーラットと先に起きていたマルガレンが忘れ物のチェックを行なっている。


 それにしてもエライ荷物の量だな。少し遠出するだけでこれだけ必要になるものか……。


 まあ今回の遠出は割と人数が居る。それに加え父上の部下の、カーラットを除けば全員が子供。側から見れば遠足である。


 人数分の衣類だけでも相当量になり、本来ならば馬車一台だけでは足りず、荷物を載せていくもう一台が必要だ。


 だが! 私のポケットディメンションがあればそんな問題関係無い。全ての荷物はポケットディメンションに仕舞い込み、窮屈な思いをせずに優雅に馬車の旅が出来る。


 私は馬車の側まで歩いて行くと、私の気配に気付いたマルガレンが振り返り、笑顔を見せる。


「おはようございます坊ちゃん。本日は晴れて良かったですね」


「ああそうだな。荷物の方は大丈夫か?忘れ物は無いな?」


「はい。今丁度チェックが終わった所です。後はクイネとジャック、それから──」


「あー、アーリシアは期待するな。今の今まで返事が無いんだ。きっと無理だったんだろう」


 まあ、本音を言えば複雑な気持ちではある。教皇の娘なんて大物を引っ張り回すのは肝が冷えるが、「救恤の勇者」なんて存在を身近に置いておけないのはそれはそれで不安だ。一方的に正体を知っている身としては、勇者の力は把握しておきたいし、何より立場も相まった利用価値がある。逃すのは正直惜しい。


 だが選択肢を与えたのは私だ。後悔しても仕方がない。今後会うのが難しくなるのなら、私が然るべき立場になった時にでも会いに行ってやるとしよう。何にせよ「救恤の勇者」を、私は無視出来ないのだから。


 と、そんな事を考えていると。


「お待たせしましたぁー!!」


「お、おま……お待たせ、しま、した……」


 元気溢れる手ぶらのクイネと、息も絶え絶えな過剰な荷物を身体に巻き付けたジャックが到着したのだ。


「おはようございますクラウンさん!! 今日はよろしくお願いします!!」


「ああ宜しく。ジャックも早速お疲れだが、宜しく頼むぞ」


「は、はいぃぃ……」


 ……大丈夫かコイツ? 死ぬんじゃないか? まあ取り敢えず。


「ホラ、荷物は適当に置いて取り敢えずコイツを飲め」


 私はそう言うとポケットディメンションから水筒を取り出してジャックに差し出す。荷物を置いたジャックは一言お礼を言ってから水筒を受け取り、中に入っていた水を一気に飲む。


「……ふむ、問題無いようだな」


「へ? な、何がですか?」


「ああいや、その水は実は……いや、やはりいい。気にするな」


「え!? ちょ、ちょっと待って下さい!! 凄く怖いんですけど!?」


「安心しろ。その様子じゃ大丈夫みたいだからな」


 実を言えば先程の水筒の水は、街に流れる川の水を汲み、それを《精霊魔法》で限界まで不純物を取り除いたモノだったりする。《精霊魔法》は下位精霊さえ操れれば汚水から純粋な水のみを取り出す事も可能なので緊急時には水場さえあれば水分補給には困らない。


 まあ、今回はその実験だったわけだが。ジャックが今後腹痛を訴えない限りは成功と言えるだろう。私の《精霊魔法》も順調に練度が上がっているようである。


「あのぉ、本当に大丈夫だったんですか? こんな大荷物……。制限は無いとは言われましたけど……」


 心配そうにそう尋ねて来るクイネ。確かに先程ジャックが下ろした荷物の量は遠出とはいえ持て余す様な量ではあった。だが何も心配無い。


「心配するな。見ていろ」


 そう言い私はその場でポケットディメンションを開いて見せる。そのぽっかり空いた暗闇の空間を見ると、二人は驚愕に声を漏らし、近寄ってその穴を覗き込む。


「な、成る程。これに入れて行けば問題無い、と」


「そうだ。では早速この荷物達をコイツにぶち込むぞ。お前達も手伝え」


「「は、はい!」」


 その返事を聞き、私達は次々と荷物をポケットディメンションへ入れて行く。クイネやジャックの荷物を入れる際、どう考えても必要そうに感じない物がチラホラ散見したが、用途を聞いた所で持って来たモノはどうしようも無いので構わず入れる。


 そうして簡単な手荷物だけを残し、あの大量の荷物を全てしまい終えた。中々に時間が掛かったが、なんだか前世でやったキャンプの下準備を思い出し少しだけ楽しく感じたのが正直な所だ。私も変に浮かれているらしい。


 手荷物を残したのは当然意図的だ。ポケットディメンションはあくまで私が居て初めて開け閉めが出来る。私が居ない所では当然荷物は取り出せないので、直ぐに必要になる……例えば水筒や念の為の傷薬なんかは一つの鞄にしまい、持ち歩くよう言ってある。それと──


「お前等にはこれを渡しておこう」


 そう言って私が皆に手渡したのは複雑な紋様の描かれた一枚の鉄の板。これはスキル《警鐘》が封じられたスキルアイテムであり、緊急時用にと私が父上に無理を言って用意してもらったものだ。こちらは馬車と違い、その有用性を説明すると快諾してくれた。


「いいか? まずこの板に描かれている円に指を当てろ。するとお前達に簡単な魔力の糸が繋がる。こうする事でお前達が潜在的に窮地と感じた時にこのスキルアイテムが同じ紋様の他の板に〝警鐘〟を鳴らしてくれる。つまりは危なくなったら他の奴にそれを知らせてくれるわけだ」


 今回は別段危険な道を通る旅路では無い。だが意図せず何かに巻き込まれたり不慮の事故に遭わないとも限らない。私やカーラットならある程度自力で対処出来るが他の者は違う。万が一があってからでは遅いのでその対策だ。


「いいか? コイツだけは肌身離さず持っておけ。忘れるなよ?」


 私が念を押し、皆が頷いてからしっかり手荷物にでは無く衣服のポケットに仕舞い込むのを確認する。


「よし。ではそろそろ行こうか」


 最後の必須事項を終え、ではいよいよ鉱山都市パージンに向かおうと馬車の扉を開けたその時、遠くからなんだか若干懐かしい声が耳に届いた。


「待って下さぁーーーいっ!! 私も!! 私も行きますぅーーーっ!!」


 ああ……これは久々に胃が痛くなる予感がする。

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