幕間:暴食の悪夢・序

(……ここは……どこだろう。僕は……)


 そこは漆黒。自身の姿すら視認出来ぬ程の深い深い闇の中。


(僕は……、そうだ、僕は……僕は……)


 〝彼〟はゆっくり思い出す。自身の事を、そして自身の今を……、


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 それは今から数百年前。


 一人の魔王が死んだ。


 魔族の長として魔族を牽引して来た魔族の魔王は、誰にやられるでも無く、ただひっそりと寿命を迎え、家臣達に看取られながら逝った。


 魔王が逝去した事で、魔族の国は混乱を極めた。このままでは国民が暴動を起こしかねないと、早急に新たな「暴食の魔王」の捜索を始めた。


 本来国の主である王は、大抵の場合世襲制を取り入れ、王が亡くなればその子である候補者から次代の王が決められる。


 しかし、魔族の国は元来、その時代の王の血族ではなく、次なるユニークスキル《暴食》を覚醒させた者……新たな「暴食の魔王」に王位を継承させる制度であった。


 故に国の重臣達は総力を挙げて国中を捜索。新たな魔王探しを始めた。




 所変わって魔族の国のとある辺境にある町。規模は小さく、その町を納める領主は温厚で皆から慕われた存在であった。


 そんな領主には一人の息子がいた。


 名を██████。


 温厚な領主に良く似た、優しく誠実な青年であり。頭も良く、苦手な剣術なども真面目に取り組む若者だった。


 ある日の事、そんな彼の元へ一人の少女が訪れる。


 少女は彼の幼馴染であり、その日は彼と一緒に馬車で滅多に行かない王都まで買い物に付き合う約束をしていた。


 王都に着くなり少女ははしゃぎ、彼が領主の息子である事を一切気にしない様子で彼を振り回した。


 それでも、彼は迷惑どころか心地良さすら感じていた。彼女のはしゃぐ笑顔がたまらなく好きで、ついつい無茶に付き合ったり、甘やかしてしまう。そんな彼女が好きだった。


 そうして数日滞在し、そろそろ帰路に着こうかと話していた折、突然、彼の鼓動が異常な程に高鳴った。


 一瞬心臓が爆発でもしたんじゃないかと錯覚を起こす程の鼓動は彼の呼吸を乱し、そのまま意識を刈り取った。


 そんな暗く暗転した意識の中、声とも言えない何か……〝意思〟の様なものが、彼の頭に静かに、小さく、けれども信じられない程に重たく強く響く。




『腹が減った』




 それを受けた瞬間、彼は意識を取り戻す。ベッドから飛び起きると全身は汗でずぶ濡れになり、呼吸をするのが苦しかった。


 このままではいけないと、彼は一度深呼吸をし、冷静になった頭で辺りを見回す。


 そこは自分達が今まで泊まっていた宿の一室。傍らにはベッドに半身を乗り出したまま寝息を立てる彼女の姿があった。


 この状況は一体なんなのだろう。


 そんな疑問を抱いていると、彼が起きた事に気が付いた彼女が目を覚まし、彼の元気そうな姿に涙を流しながら抱き着いた。


 どんな状況にせよ心配させてしまった。


 そう感じた彼は優しく彼女の頭を撫でてやり、「心配掛けてごめん。」と謝った。


 自分が一体どうしたのか。まるっきり分からない。何か夢の様な物を見た気がしたが、頭に靄が掛かったように何も思い出せない。


 ただ、そうだな……。と、彼は彼女の肩を優しく叩き、振り向いた彼女の涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を袖で拭いてやりながら、今したい事を口にする。


「お腹が空いたな。何か食べるものは無いかい?」


 彼のその一言に、彼女は少し可笑しそうに笑うと、食堂から何か貰ってくると言って部屋を出て行った。




 それから神官に容態を診てもらい、身体には何処にも異常が無いと判明した。その結果に二人で疑問に思ったが、大事が無いのならと少しだけ療養を兼ねて滞在を延長し、万全になってから改めて王都から帰路に着いた。


 町に着き、暫くいつもの日常を送っていたが、あれからあの時の様な気を失う程の鼓動は来ない。ただ漠然と、あの日を境に食欲が増した気がする、と思うのみで、あの出来事は次第に「少し大変な思い出」として徐々にだが記憶の隅に追いやられていった。


 そんなある日の事だった。


 王城より、使者が彼の前に現れたのは。


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 そこまで思い出し、〝彼〟は唐突な眠気に襲われる。


 ただでさえ暗い視界の中、意識までもがあの時の様に暗転して行き、一言残して眠りに落ちる。


(腹が……減ったな……)

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