第二章:運命の出会い-12

 早朝、まだ日の出すらしていない薄暗い窓に掛かるカーテンを開ける。


 窓を開け空を見上げればまだ微かに瞬く星々と薄っすらと伸びる幾つかの雲が見え、雨が降っていない事を確認する。


 これからの天気は分からないが今これだけ晴れていれば僥倖だろう。本音を言えば雨は割と好きだったりするのだが、何せこれから長期間旅路に着くのだ。私は兎も角、雨出発では他の奴が出だしから気も重くなるというもの。故に天気は割と侮れなかったりする。


 あの魔法魔術学院の候補者査定から既に約二週間の時間が経過していた。


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 私はあの王国最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスの愛弟子認定を受けた後、そんな師匠とあの大きな馬車の中で一頻ひとしきり雑談をしていた。


 内容は実にたわいも無く、私のこの十二年間の出来事を話せる部分だけを掻い摘んだものだ。と言っても私がどの様にして一日で《炎魔法》を習得し、どの様にして《精霊魔法》を習得したのか等、結局話の殆どは魔法に集約されたのだが、師匠はそれでもなんだか興奮した様子だった。


 その際に魂の契約なんかの話もしたので私の中で待機して貰っていたシセラにも出て来てもらい師匠に紹介した。


 一応師匠も本当に昔に精霊と契約した者と会った事があるらしいが、その時の精霊はシセラの様な変化をしておらず、もっと〝普通〟の動物になっていたらしい。


 その言から私は師匠がシセラに《解析鑑定》を私に許可無く使ったと察しはしたがもう後の祭りである。


 幸いシセラのステータスから私が魔王であるという情報は漏れなかったものの、シセラが魔獣という特異な存在であるのがバレてしまい、師匠がそれ以降シセラに好奇心やら知識欲やらがい交ぜになった視線を送る様になった。


 私は師匠に私の身内を許可無く《解析鑑定》で覗くマネは止めて欲しいと頼むと、露骨に「ケチ臭い事を……」と表情に出しながら渋々頷いた。


 まあ、これに関しては私の油断が招いた結果だ。私の情報が大して漏れなかったのは運が良かっただけであり、今後も師匠以外の《解析鑑定》持ちにシセラを見られる恐れがある。一先ずはシセラに《隠匿》を習得させる事を念頭に置き、今度は私から師匠の話を聞いた。


 曰く、勇者時代は引く程のお人好しで誰彼構わず施しを与え、限界まで弟子を取り育てていた。


 曰く、五十年程前の戦争で対峙した「嫉妬の魔王」に刺し違え様に勇者のスキルである《救恤》を消されてしまった。


 曰く、それからというもの他者への施しが馬鹿馬鹿しくなり弟子も全員破門、それからは独力で腕を磨いた。


 曰く、新たに誕生した「救恤の勇者」に人生最期の弟子を取るべく会いに行ったが断られてしまい失意のどん底にいた。


 曰く、そこに私の情報を聞き付け可能性を見出し査定日を前倒ししてまでこの地に来た。


 大雑把に説明すればこうらしい。


 色々言いたい事もあるがアーリシアよ。お前は一体何がしたいんだ?


 まあ、自身のやりたい事を貫いた結果なら納得もするが、今がアレだからなぁ……。きっと師匠が今のアーリシアを見たら絶句するだろう。今まで何に悩んでいたのだろう、と。


 それとこの爺さん、どうやら聞く限りこの街での目的は殆ど私だったようだ。最期の希望と見出した私が予想以上の結果をもたらした事であそこまで感極まってしまったらしい。


 私としては願ったり叶ったりなワケだが、多少なりとも私の情報が王都まで上がっていたのは注意しなければならないだろう。もしかしたら父上やその関係者辺りが伝えた可能性もあるが、それ以外だと少し厄介だ。


 私の目を掻い潜り私を調べた者の存在……。居るかは分からんが留意しておかねばなるまい。


 と、そんなこんな話し込んでいると馬車の扉がノックされた。師匠が返事をすると扉が開けられ、教職員から全候補者査定の終了が告げられた。


 何故わざわざそれを伝えに来たのかと言えば、表彰式が執り行われるというではないか。


 あまりそういった場を好まない私としては辞退したかったのだが、王国最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスの弟子に選ばれた私が出ないわけにはいかないと教職員に説得され、不承不承参加する事にした。


 学校の訓練場に戻ると、そこには既に三名の候補者改め将来の入学者が高台の前に並んでおり、彼等の背後にはそんな候補者達を一目見ようと数十人の人間が見学している。


 私は四人目として適当に並び、興味本位でその面子を横目で見れば、なんとあの一目惚れした少女も並んでいるではないか。


 これは僥倖と内心でほくそ笑んでいると、表彰式が開催された。


 表彰式と言っても簡素なもので、名前を呼ばれた順から教職員の元へ行き、その場で入学の書類にサインをする。そして教職員から校章を模した金属製の〝査定合格証〟を手渡され元の列に戻る。それだけである。


 順番に名前を呼ばれる中、私はしっかりと一目惚れをした少女、「ロリーナ・リーリウム」の名を聞き、その名を胸の内に留めておいた。


 それにしてもリーリウム……。同じファミリーネームか或いは……。


 そう思案するのも束の間、私の名前が呼ばれ皆と同じくサインをし、査定合格証を受け取る。しかし私が渡された合格証は遠目から見た他の合格証とは違い、校章の他に別のモノも彫り込まれていた。


 見る限りでは蝶の様に見えるが……。もしかしなくともこれは特別査定を合格し、師匠の弟子となった意味も含まれているか……。特別感があるのは良いが、彼女以外の他の合格者が訝しんだ目で私の合格証を見ているので居心地が悪い。


 私はそんな視線を振り払い列に戻ると、そのまま表彰式は閉会され、呆気なくその場で解散した。


 私は解散する間際、逃すまいとロリーナに声を掛け、なんでもない言葉を交わす。


『将来の学友としてまた目にする事もあるだろう。その時は宜しく頼む』


『……こちらこそ』


 私はその場で話を弾ませるでも無く、ロリーナからの短い言葉を聞いた後にその場は直ぐに別れた。


 交わした言葉は短かったが、その一言でなんと無くだが彼女があまり会話を望んでいないのを私は感じ取った。


 色々な理由は想像出来るが、一先ず私の選択は間違いではなかっただろう。あの子はしつこくすればする程寧ろ離れていくタイプだ。


 まあ、そんな所も私からしたら可愛らしいのだが。


 私の中に戻っていたシセラからも『正解だったと思います』と告げられた事でその場の私の満足感は満たされた。


 それこそまた会える機会もあるだろう。急いては事を仕損じる。正に至言だ。


 それから私はいつの間にか見学に来ていた父上や母上、姉さんやミル、マルガレンにエイス、クイネ、ジャックなんかに祝いの言葉を貰いながら揉みくちゃにされ帰宅。


 屋敷で使用人を巻き込んだ祝賀会を開いて盛大に祝って貰った。


 途中、父上と姉さんが何故か泣き出したりそれにつられてミルとマルガレンまで涙を浮かべ出し変に収拾が付かなくなったりもしたが、なんとか宥めてたりしてその日は終わった。


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 そんな感じで私は見事魔法魔術学院の入学者として資格を得、更にはあのフラクタル・キャピタレウスの弟子にもなる事が出来た。


 上々も上々、本当に素晴らしい成果である。


 さて、では私がそれから約二週間後の現在何をしているのかと言えば、それは旅の準備である。


 旅と言ってもそんな大袈裟なものではなく、数週間を要する言ってしまえば遠出。そう、既に一ヶ月も前の話だが漸く出立出来る目処が立ったのだ。


 鉱山都市パージンに居るという姉さんの伝手のドワーフの鍛治師、そのドワーフに私専用の剣を創って貰う。その願いを叶えに行くのだ。


 既に姉さんからはそのドワーフへ予め連絡を入れて貰っているし、同行する予定のクイネとジャックも漸く長期に休みを貰えた。残るアーリシアだが、アレからまるっきり連絡は無い。


 一応今日出立する旨は伝えてあるが、そもそもの同行する条件が無茶なものだったし、なんなら父親である教皇に今度こそ厳しく言われたのでは無いだろうか? 私としては余計なストレスが減って嬉しい限りだが。


 ともあれ私の中では滞りなく事が運んでいる。このまま準備を進めて問題ないだろう。アーリシアには悪いが、今回は諦めて貰ってまたの機会を──まあ、あればだが。


 それから私は今一度用意していた過剰とも言える荷物を確認し、忘れ物が無いかを入念に調べてから《空間魔法》ポケットディメンションへと放り込んで行く。


 ポケットディメンションには限度と言える限度は殆ど無い。故に私を含めた今回の旅の荷物は全てコイツにぶち込む予定である。本当、時間を掛けて《空間魔法》を習得して良かった。


 さて、準備も終わった事だし、そろそろ馬車へ向かおう。もう間もなくクイネ達も来るだろうし、荷物の制限はしないと伝えてあるからきっと大荷物だ。私が居なくてはそれらを収納出来ないしな。


 私はそう考え自室を出て玄関へと向かう。


 さあ、全てを楽しむ気概で臨むとしようか。

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