第二章:運命の出会い-11

 

 何のことはない、授業でも使っている魔法の訓練をするのに用いられるのと何ら変わらない的だ。それが数メートル先にポツンと立っている。


「一先ずは的を用意した。オヌシ、《精霊魔法》が使えるのであろう?ワシにすら扱えん《精霊魔法》──この目で確かめさせてくれんか?」


 ふむ。どうやら本当に《精霊魔法》の練習が無駄にならずに済んだみたいだな。しかしあの的に当てるか……。


 的までの距離は数メートル。私がこの二週間で操作出来る範疇を超えている。つまりはこの場で練習した成果の数倍の結果を出さなければならないわけだが──


「あの的に当てれば、私は合格という訳ですか?」


「さあのぉ、それはオヌシの実力次第じゃ」


 ……なにか言い方が引っかかるな。


 私は目の前の的を見据える。


 確かに今の私には《精霊魔法》であの距離の的を射抜くのは難しい。だが言ってしまえば魔法を的に当てるだけ……。本当にそんな単純なモノが特別査定の内容なのか?


 そう思い私は先程の第一査定の前の選別を思い出す。


 あの査定以前でさえ試験であるという意地の悪い仕組み……。あれを考えたのがこの爺さんだったのだとしたら──


 全てを疑ってみるか。


 私は数メートル先の的に対して《解析鑑定》を働かせる。結果としては──


 不発。発動せず。


 つまりは私が今目にしている的は実在しない、と。成る程成る程。こりゃ面白い。


 先程私が《解析鑑定》を使い爺さんを調べた時に見た《幻影魔法》──恐らくはそれだろう。複数の魔法を習得して初めて習得する事が可能になる上位の魔法──〝業魔法〟とも言われているな。使われたらば実に厄介だ。


 そんな魔法で見せられている幻影の的……。つまりそれを見破れずあの幻影の的を射抜こうとすれば失格なわけだ。まったく意地の悪い……。


 爺さんも爺さんで「的を用意した」としか言っていないからな。まあ、それ自体が嘘なんて可能性もあるっちゃあるが、そこまで考え出したらキリが無いだろう。


 取り敢えずは何処かしらに的があると仮定して私の見える範囲に《解析鑑定》を……と、そんな手間の掛かる事をしないでも済む術があったな。


 十数日前に出会い、全滅させた狼の魔物ハウンドウルフ。そのハウンドウルフの魂を昇華させて作り出した二つのスキル。その内の一つである《物体感知》。コイツを使えば一発だろう。


 似たようなスキルで《動体感知》を持っているが、こちらは字面の如くあくまで動いている対象を感知するモノ。その物体感知は自身の感覚に囚われず周囲の物体を捉え、感知する事が出来る。つまりは幻影だろうがなんだろうがそこに確かに存在さえすれば見通せてしまう。


 まあ、それすら掻い潜るようなスキルがあるのかもしれないが、幻影位だったら問題ない。


 私は迷う事なくスキル《物体感知》を発動。自分の周囲に存在するあらゆる物体を感覚で捉えていく。するとアッサリと私の周りで的を感知する事が出来た。ところがだ。


 おいおい。本当に意地悪いなこの爺さん。


 なんと私が感知した的、それはキャピタレウスの立っている位置に存在した。つまりは私を傍らで見守るキャピタレウスすら幻影であり、的はそんな幻影キャピタレウスに化けているという事だ。


 ここに来て散々凄い人物だとアピールした相手に魔法を撃つなど誰が考え付くか。私の様にスキルを駆使して見抜く者か余程の狂人、もしくはキャピタレウスを暗殺せしめんとする輩ぐらいだろう。


 まったく、私をなんだと思っているんだこの爺さん……。そもそもいつから《幻影魔法》を使っていた?確かに私は爺さんからは目を離していない筈だし、私の《魔力感知》にも引っかかっていない。


 ……ふふっ。確かに私の先程の物言いは傲慢だったかもな。まだまだ実力や経験値の上では敵いそうもない。天晴れだ。


 と、まあそれは一先ずはいいとして。


 取り敢えずタネは割れた。これ以上何か仕掛けがあるのならまだ探らねばならないが、そうだとすればいい加減クドイ。ここは素直に爺さんに成りすました的を射抜くとしよう。


 私はそれからワザとらしく目の前の幻影的に対して身構えて見せる。


 練習では《精霊魔法》で炎を操作したが今は身近に火はない。使えるとすれば土……やれるか?


 そう思いつつも私は《精霊魔法》を使い地面に含まれる下位精霊を使役する。後は魔力関係のスキルをフル稼動させてその下位精霊供を操り、小さな土の塊を宙に浮かせる。


 すると私の背後から私の査定の様子を覗き見していた教職員や兵士達の騒つく声が聞こえ始める。


 ああぁ、五月蝿い。繊細なんだから静かに見ていろ。


 宙に浮かせた土の塊を徐々に硬質に圧縮していき、同時に研磨して鋭さを与えて行く。そうして出来上がったのは土で出来た薄く細く、けれども強固で鋭利な凶器。


 これに名前が在るかは知らないが、名付けるならば〝クラフトニードル〟。まったく二週間の成果にしてはお粗末な出来だが、的を射抜くだけならば十分。


 さあ、それじゃあ、《精霊魔法》の威容、とくと見る事だ。


 私はそのまま幻影の的に目掛けてクラフトニードルを思い切り射出させる。


 クラフトニードルは私の命じた通りに限界までスピードを上げて行き、一直線に幻影の的に向かって行く。


 そんな光景を見た傍らの幻影キャピタレウスの表情に若干の悲愴感が浮かんだのを目端で確認した私は、すかさず今にも幻影の的に着弾しそうなクラフトニードルを方向転換させ、幻影キャピタレウスへ向け容赦無く矛先を向ける。


 狙われた幻影キャピタレウスが一瞬驚愕するのも束の間、クラフトニードルは勢いを殺さぬまま幻影キャピタレウスの脳天に直撃し、その動きを止める。


 すると幻影キャピタレウスはその口角を今までに無いくらいに吊り上げた後にその姿を霞ませて消え、本来の木製の的の姿を現わす。


 クラフトニードルが当たった位置は真ん中より若干右上。真の中心では無かった。


「チッ。気をてらった投げ方をしたもんだから中心を外したか」


 私がそう呟くと私の背後から何かが猛烈な勢いで走って来るのを《動体感知》で確認する。一瞬だけ警戒したが、それと同時に聞こえて来た声に緊張が解け、ゆっくりそちらに振り返る。


「おおっ! おおっ!! おおっ!!! なんとっ!! なんと素晴らしい事か!! 全て!! 全て見抜いた上でワシに意趣返しをしようとは!! それに先程の《精霊魔法》!! あんな美しい魔法が今まで在ろうか!?」


 そう叫びながらキャピタレウスは私の両手を掴むと上下に千切れんばかりに揺さぶり、目には薄っすらと涙すら浮かべている。


「少し大袈裟じゃないですか?」


「何を言う!? 《救恤》を……救恤を失ったワシの心が告げておるのだ!! 漸くワシの弟子に相応しい奴を見付けたと!! オヌシになら……オヌシにならワシの余生の全てを捧げても良いと!!」


 ……爺さんの、弟子? 待て待てちょっと待て。


「キャピタレウス様の弟子ですか? 魔法魔術学院の入学者でなく?」


「いや!! 両方じゃ!! オヌシは今より将来の魔法魔術学院の入学者でありながらワシ、ティリーザラ王国最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスの最期の愛弟子!! 合格を祝おうぞ!!」


 そうキャピタレウスが大声で告げた瞬間、その一部始終を見守っていた教職員や兵士達は一斉に歓声を上げ、まるで戦争にでも勝ったかのような勝鬨を挙げている。


 それはそうと──


 私が王国最高位魔導師の愛弟子……。ほう、ほうほうほう!! 良いんじゃないかこれは? 最高に具合が良いぞ!!


「勿論!! 勿論オヌシは断らんよな!? 断ったりせぬよな!?」


 そう必死に懇願するキャピタレウス。なんだこの妙な必死さ。まさか王国最高位魔導師の弟子というチャンスを断った奴が前にも居たりしたのか? そうならばなんと馬鹿な事を……。きっと将来顔を合わせたとしても馬が合う様な奴ではないだろうな。


 と、早く答えなければ。爺さんの顔が段々と耐え難いモノに歪んで行く。


「若輩ではありますが、よろしくお願い致します。キャピタレウス様」


「おおっ……おおっ!! そうか!! そうか!! はっはっはっはっはっ!!!」


「キャピタレウス様の弟子として、キャピタレウス様から全てを受け継ぐつもりです。覚悟して下さいね」


「なんだぁ? 早速生意気を言いおってコヤツめぇ!!」


 そう口にはするものの、その表情は先程から変わらず満面の笑みである。


 あ、この爺さん。私が多少何か言っても大丈夫だな。今後からそうしよう。


「それにオヌシ!! キャピタレウス様など余所余所しい!! ワシの事は今より師匠と呼ぶのだ師匠と!! 良いな!?」


「はい分かりました。では私の事はクラウンとお呼び下さい、師匠」


「おう。よろしく頼むぞクラウン!!」


 そう言ってキャピタレウス──師匠は私の両手を強く握り、私もそれに応えるように握り返した。


 まったく……。都合が良い事この上ないが、折角降り掛かったチャンスだ、掴み取らない選択肢は無い。何せ魔法を学ぶ上でこの上無い状況なのだから、何を遠慮する事があるものか。


 ……それにしても──


 現「強欲の魔王」が元「救恤の勇者」の弟子になるなど、数奇な話も有ったものだ。俄然人生が面白くなって来たというもの。


 将来魔法魔術学院で勉学をするのが楽しみだ。

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