第一章:散財-12

 

 期待していた通り、ユウナの実力は中々のものだった。


 習得していたのは《地魔法》と《水魔法》の二種類で、その二種類を上手い事使い二匹目のトーチキングリザードを翻弄せしめていた。


 加えてティールとは違いトーチキングリザードの弱点である《水魔法》を使用出来たのも大きく、ティールよりも余裕を持って制限時間三分を順調に消費していった。


 しかし、これに気を良くしたユウナは少し調子に乗ってしまった。


 《水魔法》で弱りへたったトーチキングリザードに対し勝機を見出したユウナは、自身が使える《水魔法》の魔術の中で最大級のモノを詠唱し始めた。


 魔法の再現度を上げ、威力を増す事に用いられる詠唱は、当然だが長く具体的な内容であればある程魔術の威力は増していく。


 勿論その分自身の魔力消費も増すわけだが、事もあろうにユウナはこの時自身の残り魔力の殆どを使い果たす勢いで詠唱し始めた。


 だがそれでも何も起きさえしなければ、この一撃でもってトーチキングリザードは仕留められたかもしれない。


 しかし現実はそう甘くは無かった。


 額にじっとりと脂汗を滲ませながら息も絶え絶えに魔術を詠唱をし続けたユウナだったが、ここでぐったりして動かなくなっていたトーチキングリザードがその巨体を持ち上げ、怒りの篭った眼光でもってユウナを睨み付けたのだ。


 それに気が付いたユウナは当然焦った。


 何故なら今ユウナが唱えている魔術はまだまだ中途半端な出来で不安定であり、これを無理矢理放とうものなら自爆してしまいかねない危険な状態で、とてもじゃないが現状使い物にならない。


 だからといってこの魔術を解除したとしても、残り魔力がギリギリな今のユウナでは怒り狂ったトーチキングリザードから逃げるなど不可能。


 この状況を打破するには今にも襲い掛かって来そうなトーチキングリザードを意に介す事なく極限の集中力でもって魔術の詠唱をし続け、見事奴にぶつけるか私が助けるしか無い。


 この二択は恐らくユウナの頭の中にも浮かんだのだろう。一瞬だけ詠唱を早口で唱えたものの早々に諦め私に先程のティールの時同様の懇願する様な視線を向けて来る。


 まったく……。欲を出さずあのままただ翻弄するだけだったなら三分など余裕だったろうに。


 ユウナの魔法の才能だけ見ればトーチキングリザード一匹だけなら倒せるかも知れないが、ユウナには技術と経験が足りていない。それ故の慢心だ。


 トーチキングリザードはその後詠唱で動けないでいるユウナに爬虫類特有の掠れたような叫声を浴びせ掛け、その心身を翻えして強靭な尾を振り上げた。


 この一撃を受ければ、ユウナは当然ひとたまりもない。必ず死ぬだろう。


 ユウナもそれを見上げ、顔を真っ青に染め上げている。恐らく頭の中には走馬灯でも流れているんじゃないだろうか?


 ……さて。


 実はとうに三分間は経過しているわけだが、これで魔物と対峙する事の危険性を心に刻み、抱いてしまった慢心も払拭されるだろう。うむ。そろそろ頃合いだ。


 私は《空間魔法》でユウナの眼前に転移し、振り下ろされたトーチキングリザードの尾の横っ腹を砕骨で強烈に打ち付け、尾での攻撃を明後日の方へ逸らす。


 逸らされた尾はトーチキングリザードの胴体を引っ張る形で吹き飛び、トーチキングリザードはそのまま転倒する。


 転倒し土煙を上げながら暴れるトーチキングリザードを尻目に、私は《水魔法》を発動。無数の水の矢を作り出す「サウザンドレイン」をトーチキングリザードに浴びせ掛け動きを鈍くさせた後、その頭部を砕骨で叩き潰した。


 その後トーチキングリザードの遺骸をポケットディメンションに収納し、振り返ってみればユウナが完成間近の魔術をどうすればいいか分からず右往左往していたのが目に入った。


 普通ならばあの魔術から暴発してしまわないよう少しずつ慎重に自身の魔力へ置換し直していけば何の問題も無いのだが……。今のユウナには難しいだろう。


 知っている筈のそんな知識を混乱しているせいで忘れてしまっているようだし、何より今のユウナじゃアレだけの魔力の塊を暴発させず抑え込む事は至難の技だろう。


 ならば後はもう、私が何とかするしかない。


 私はここでずっと気になっていたスキルを発動するべく、ユウナが作り出し暴発しそうな魔術に対して右手を掲げ、発動する。


 するとユウナが散々唱えて巨大な水球と化していた魔術はその形を徐々に崩し始め、まるで吸い込まれるかのように掲げた私の右手に収縮していく。


 収縮されたそれは手の平に出現した正八面体の透明な容器のような物に徐々に格納されていき、それに合わせてユウナの魔術は小さくなり始め渦巻き暴れていた魔力も大人しくなって行く。


 スキル《収縮結晶化》。


 生物以外の物に限り、認識した物を自身の魔力を媒介にして収縮させ、一つの結晶を作り出すスキル。


 ここで言う結晶とは少しややこしいが、スキル《結晶習得》での結晶とは違うという事。結晶化したスキルを作る物とはまた違うのだ。


 《収縮結晶化》に於いての結晶とは一つの要素を極限まで収縮させ、最高純度の〝要素の塊〟を作り出すスキルであり、魔物から獲れる魔石などよりも内に秘める能力は桁違いであるらしい。


 らしい、という曖昧な言い方をしているのはそもそもこのスキルによって生み出される結晶が世間で出回る物ではない故の情報不足があるからだ。


 過去にこの《収縮結晶化》のスキルを持った者が結晶を作ったという話自体が稀であり、当然その内容も薄い。まともに情報を集められないでいる。


 まあ、私自身が既に所持しているワケだから私自身で試せば良い話。そんなわけで今後はこのスキルを重用していくつもりだ。


 だがこのスキル。今既にヒシヒシと感じてはいるのだが、ちょっとした問題がある……。


 暫くそうして《収縮結晶化》を発動していると、ユウナの魔術はとうとうその全てを私の右手にある正八面体の透明な何かに収縮され、それを受けてユウナはその場に力無くへたり込む。


 私は収縮し終えた結晶を確認するべく掲げていた右手を下ろして様子を見てみるが、そこにあったのは正八面体の容器に限りなく微量にしか溜まっていない紫色の砂のような物。つまりは結晶の出来損ないである。


 そう。この《収縮結晶化》で作り出す結晶には、それはもう膨大な量の要素が必要なのだ。


 ユウナが作った巨大な水球に使われていた魔力量は、一般的な魔術士の魔術と比べても中々に多く、決して矮小ではない。


 にも関わらず溜まった量は小指の爪先にも満たない量。結晶化にはとても程遠い。


 つまりこの容器を一杯にして結晶を作るのだとすると、それはもう想像を絶する量の要素が必要になるという事……。完成の日の目を見る事すら若干危うい。


 幸いなのは、この容器はこのまま保存しておける事。一回で容器を一杯にしなくとも良いのだ。


 と、実験も終わり、完成には程遠い未完成結晶をポケットディメン……、いや、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》に専用の部屋を作って保存して置こう。その方が管理し易くて良い。


 未完成結晶を改めて《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》に仕舞い込み、その場に力無くへたり込むユウナに手を差し伸べて立ち上がらせる。


 よく顔を見てみればその顔色も悪く、先程の魔術に大量の魔力を消費した事と極度の緊張と恐怖心で最早ボロボロだ。


 取り敢えず宿屋に送って休ませる事を提案。しかし彼女は相変わらず「殺されちゃいますよっ!!」と青い顔で私に縋り付いてくる。


 流石に怯え過ぎだと思うんだがな……。


 まあだが万が一というのも捨て切れないのは事実。特に今の状況は何が起きても不思議じゃない。あまり連れ歩きたくはないが、ここは魔力回復ポーションを飲ませて少しだけ休憩を挟もう。


 最後の一匹はロリーナが相手をする。


 彼女であれば問題ないだろう。なんなら倒してしまうかもしれないな。

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