第一章:散財-11

 

「お、おい……マジか……マジかよおいっ……」


 私達の目の前には全長五メートルほどの比較的小降りなトーチキングリザード。


 背中にある松明針は光が差し込まない洞窟をほんのり照らし出し、暗闇に寝息を立てているトーチキングリザードの姿を露わにする。


「あ……あれを、倒すの? 俺が? 無理無理無理無理っ!! 勝てるかあんなもんっ!!」


「余り大きな声を出すな、奴が起きるぞ。それに私は倒せとは言っていない。三分間相手をしろと言っているんだ」


 いくら私でもそこまで無謀な事を要求はしない。


 そもそもティールに戦闘面のセンスは無いんだ。なんなら無理に戦って欲しくはない。それでも私がティールに魔物の肉を餌にしてトーチキングリザードの相手をさせるのは経験を積んで欲しいからだ。


「本当だなっ!? さ、三分間相手すれば助けてくれるんだなっ!?」


「最初にそう言っただろう? 第一私は別に君等に傷付いて欲しいわけじゃないんだ。危なければ必ず助ける」


「に、逃げ回るだけでもかっ!?」


「あの体躯のトカゲ相手に逃げ回るなんて芸当が出来るならな」


 相手は五メートルのトカゲだぞ? 何をどう見積もったってティールの脚力で逃げおおせるなんて無理だろう。


「じゃあ俺はどうすりゃいんだよっ!!」


「そうだな……。《地魔法》で牽制しつつ死角を作って隠れ、バレたらまた牽制し……。その繰り返しなら三分間程度ならなんとかなる」


「お、おお……っ」


「……まさかお前。いくらセンスが無いからって全く攻撃魔術が撃てないわけじゃないよな?」


 アレだけ精巧な石像を作れるんだから当然ティールには《地魔法》の適性がある筈だ。その適性があるのならいくらセンスが無いとはいえ初歩の初歩である石礫いしつぶてを飛ばすくらいは出来ていなくてはならないが……、


「ああ……一応……流石に全く出来ないって事はない……。威力弱っちいけど……」


 ……ふう。良かった。出来なければどうしようかと……。


「牽制するのに威力は余り関係ない。大事なのは如何に奴の気を逸らすかだ」


「気を逸らす……」


「魔物化して多少知恵は働くようになってはいるが所詮は獣だ。やり方次第じゃ十分に翻弄出来る」


「成る程……成る程……」


 ティールは私の話を聞きながら少しずつ呼吸を整え始め、落ち着きを取り戻して行く。


 と、簡単に口にしているが、普通はトーチキングリザードなどティールレベルが相手していい魔物ではない。


 これはあくまで私が側で見守っているから出来る荒療治兼嫌がらせだ。間違ってもティール一人で相手をしてはいけない。そこは後で言い含めておく。


「いいか? 心構えで大事なのはバランスだ。戦闘時は適度な余裕と適度な緊張を常に意識しろ。ティールだけじゃなく二人も……な」


「お、おう」


「はい」


「わ……分かりましたっ」


 色々とアドバイスを終えた後、私はティールの背中を軽く叩いて洞窟内へ促す。


「ほら行くぞ。私は後ろから見ているから」


「お、おう……」


 顔にじっとりと汗をかきながら洞窟に恐る恐る侵入するティールと共に、トーチキングリザード一匹目の討伐に動いた。






 ティールによる五メートル級トーチキングリザード討伐は、序盤は順調だった。


 私が助言した通り、ティールは眠っていたトーチキングリザードに奇襲を仕掛けた後、目覚めたばかりで動きが鈍い奴に対して《地魔法》による壁と石礫いしつぶてによる牽制する作戦を決行し、見事にトーチキングリザードを翻弄した。


 しかし二分が過ぎたあたりから、ティールの様子がおかしくなり始める。


 目に見えて動きが悪くなり、魔術を放つテンポも間が開き始め、トーチキングリザードの爪による攻撃を避けるのも精一杯になっていた。


 理由は単純で、体力と魔力の限界。ようはガス欠だ。


 残り三十秒を切ったあたりでティールは涙目になりながら私に助けを懇願する視線を向けて来たが、本当にギリギリになるまで私は取り敢えず笑顔だけを向けておいた。


 そしてとうとうティールの体力が限界を超え動けなくなり、トーチキングリザードの凶爪が振り下ろされようとしたタイミングで、時間一杯になった。


 私は《空間魔法》でトーチキングリザードの眼前に転移し、砕骨さいこつで全力で横っ面を打ち付けた。


 《強力化パワー》と《剛力化ストレングス》を並列発動した私の一撃はトーチキングリザードの顔面から嫌な音を立たせながらそのまま洞窟内の壁面に叩き付けられ、土煙を上げる。


 《可視領域拡大》や感知系スキルを使い、土煙の中でまだトーチキングリザードが生きている事を確認した後、障蜘蛛さわりぐもを使ってトドメを刺した。


 ティールによる一匹目討伐が終わり、地面に仰向けで息荒くするティールに肩を貸して立ち上がらせると、私の耳元で怒涛の如く文句のマシンガンを喰らわしてきた。


 ようはもっと早く助けろという旨の主張だったのだが、後一秒でも短ければ条件未達でご褒美なしになっていた事を伝えると、少しバツが悪そうにするも、達成感とご褒美の魅力が勝った結果、それ以上何も言わなくなった。


 それからティールを一足先に宿屋にテレポーテーションで送り届けた後、トーチキングリザードをポケットディメンションへ回収し、次なるトカゲに足を運ぶ。






 二匹目は一匹目から程なく歩いた別の洞窟に巣食っていた。


 一匹目とは違い、夕刻を既に過ぎている為かトーチキングリザードはまるで周囲を警戒するように洞窟内を徘徊し睨みを聞かせている。


 大きさも一般的とされる六〜七メートル級の個体。私が三年前に相手にした特殊個体とは違うちゃんとした正統派な通常個体である。


 これを相手にするのはユウナ。


 散々私が守る云々という話をしていたが、ユウナだってあの意地の悪い試験を突破した優秀な人材だ。


 掲げるエンブレムも蛹のエンブレムな事から最低でも二種類以上の魔法スキルが使えるという証拠。実は密かに期待していたりしたのだが……、


「ま、任せて下さいっ! そして任せましたっ!!」


「……」


 なんだろうか。


 逆に少し心配になって来た。

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