第一章:散財-13
三匹目のトーチキングリザードの前に到着し、トーチキングリザードとロリーナの三分間限定の戦いが始まった。
相手のトーチキングリザードはユウナの時同様通常個体。既に時刻は夜の帳で暗くなっている頃。当然トーチキングリザードは起きていた。
奇襲が出来ないこの状況でロリーナは奴をどう相手にするのか?
……。
……ロリーナはトーチキングリザードの相手をしなかった。
いや、しなかったは語弊があるだろう。
相手したはしたが、まともに戦っていない。
ロリーナは落ち着いた様子でトーチキングリザードの前に立つと、《水魔法》の魔術「ウォーターウォール」を自身の四方を囲み、ただその場に立ったのだ。
何メートルもある魔物を前にただ何もせずに立っているなど普通ならば自殺行為。全力で私が止めに入る案件だが、その後ロリーナは悲惨な目に遭う事は無かった。
水の分厚い壁で自身を囲ったロリーナに対し、トーチキングリザードは彼女を襲い掛かるどころか少し距離を取り、彼女を中心にひたすらゆっくりグルグルと徘徊するのみ。何もしない。
トーチキングリザードは彼女の作り出した水の壁に恐怖し、手が出せないのだ。
そう。私が出した条件はあくまでも〝三分間トーチキングリザードと戦闘する〟というもの。正直あの状態を〝戦闘〟と呼ぶのは少し考え物ではあるのだが、トーチキングリザードの前に立っているのは事実。一応は戦闘と呼んで良いだろう。
更に言えば私の出した条件をしっかり把握し、私の助言と先の二人の戦いから自分が出来る最も効率的且つ低燃費な方法を模索し実践しているのだ。彼女を褒めこそすれ、ダメ出しなどもっての他だ。
……まあ、私が想像し、望んでいた場面ではないのは事実なのだが……。
そしてその後、三分間はあっという間に経過し、彼女は難なく私の前に悠々と歩いて戻って来た。
特別何もしていないロリーナはそのまま私に「どうぞ」と促しトーチキングリザードを指し示す。
ふとトーチキングリザードを見てみれば、ロリーナが前に出て来たかと思えばアッサリどっかに行った事に混乱しているのかトカゲのクセに妙に変な顔を浮かべている。
この妙な状況に思わず溜め息が漏れてしまいそうになるのを抑え、私はテレポーテーションでトーチキングリザードの眼前に手早く転移する。
これにトーチキングリザードはビビり散らし、少しだけ後退した後に私に向かってか細い叫声を上げる。
まあアレだ。折角万全なトーチキングリザードが目の前に居るのだから、出来る事を諸々済ましてしまおう。
まずは先のトーチキングリザード戦後にユウナの魔術に使った《収縮結晶化》を使い、奴から集められるだけの要素を回収しよう。
そうと決まれば殆ど使った事の無いスキル《挑発》と《扇動》を併用発動。トーチキングリザードから攻撃を誘発する。
そうだな……。言葉は通じないだろうからここは……。
私はトーチキングリザードを前に露骨な嘲笑を浮かべた後、奴に背中を向ける。
するとトーチキングリザードはそんな私に怒りを露わにし再び叫声を上げると、口をガパッと開き口内にある噴射口から腐食性の毒液を噴出。同時にそれはトーチキングリザードの高熱に当てられ発火、膨大な量の火炎放射となって私に降り掛かる。
超高温の火炎が私を包み込み、私を蝕まんとするが、私の《炎熱耐性》は既に小と中が揃っている。生半可な熱じゃあ私はダメージを受けない。
それよりもだ。
折角こんなに炎を噴射してくれているんだ。回収しなければ勿体ない。
私は
すると火炎は私に到達するや否やそんな結晶容器に回収されて行き、容器に僅かづつ炎の要素が蓄積されていく。
だが溜まる具合は相変わらずなようで、どれだけ回収してもその量は目に見えて増えているように見えない。
これはコイツ一匹分じゃあとても一杯にするのは無理だろうな……。と考えていると、火炎は唐突に止んでしまう。
《視野角拡大》で一応どんな状況かは分かっているが、取り敢えずはと振り返って見る。
そこには若干息を切らし、私を睨み付けるトーチキングリザードがその爪を地面に突き立てて私を威嚇している。
これにもう限界なのかと落胆する私に更に機嫌を悪くしたのか、とうとうトーチキングリザードはその強靭な爪を跳躍しながら振り上げて私に襲い掛かる。
だがまあ……今更これに当たる私ではない。
私は砕骨を取り出して迫り来る爪を横薙ぎにしへし折る。
飛び散る爪がトーチキングリザードの背中の松明針の炎に照らされ輝く中、砕骨を渾身の力で地面を打ち付け《
衝撃波により怯んだトーチキングリザードに出来た隙にその懐に潜り込み、《水魔法》の魔術「アクアボム」を詠唱。程よく威力の高まったアクアボムを破裂させ大量の水をトーチキングリザードの腹部にぶつける。
それにより体勢を崩したトーチキングリザードはそのままの勢いで横転する。
その後横転し腹を見せたトーチキングリザードの心臓の位置に近付き、砕骨をしまってその場所に拳を当てがう。
腰を落とし、ゆっくり細く深く息を吐いて神経を研ぎ澄ませ、《脱力法》で無駄な力みを取っ払い、《
《
心臓の破裂により一瞬で絶命したトーチキングリザードは、横転したまま力無く地面に転がり、背中の松明針の炎は静かに消えた。
______
____
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「ああ……戻ったか……」
トーチキングリザード三連戦が終了し、クラウンの手によって宿に転移させて貰ったロリーナは、ロビーのソファに体を埋めるティールの元に来ていた。
「君はぁ……まあ、見るからに大丈夫そうだな……」
「私はまともに戦っていないので、殆ど疲れたりはしていません」
「え? やらなかったのか?」
「いえ。クラウンさんが提示していた条件に沿ったまま、無事三分間戦闘を終えました」
「う、うん? よ、よく分からんが……。まあ怪我が無いのは何よりだ。で……ユウナは?」
「ユウナさんはクラウンさんと一緒です。クラウンさん達はそのままギルドに向かい、三匹分のトーチキングリザードの解体の依頼を」
「そのままって……。つうかユウナの奴クラウンにベッタリだな最近……」
「……そうですね」
ロリーナはそれだけ口にすると、ティールの隣に少し間を開けて座る。
そんな様子のロリーナに、ティールは若干の居心地の悪さを感じながらも、ずっと気になっていた事を意を決して口にする。
「ろ、ロリーナはさ……」
「はい?」
「クラウンの事、どう思ってんだ?」
「……またですか」
「え?」
「ああいえ、なんでも……。……クラウンさんは私の目標……目指すべき指針となってくれている人です。強いて言うなら……敬愛に近いですね」
それを聞いたティールは何やら難しい顔を浮かべると、そのまま追及する。
「敬愛って……。まあ分からなくも無いが、俺にはそれとは違うように感じるんだがなぁ……」
「違う……とは?」
「いやだってお前……。俺も含めて他の男より明らかにクラウンと距離が近いじゃねぇかよっ」
「それは……。単純にクラウンさんくらいしか親しい男性が居ないので……」
「それはっ……。そうかも知れないが……」
「何を話してるんだお前等」
その声に驚くと同時に二人が振り返ると、そこにはユウナを伴ったクラウンが少し呆れた様子で背後に立っていた。
「クラウンっ!?」
「いつの間に……」
「転移して来ただけだ。それよりなんでロビーなんかに居るんだ? 部屋に戻ればいいだろう」
「疲れて動けないでいたんだよっ!! こちとらあの暑い中汗だくで必死でなぁっ!!」
「疲れて汗だくなら尚更部屋に行くだろう。風呂に入っておくとか……」
「えっ……。あ、ああそうか……風呂か……。忘れてた……」
「お前は……。はあ……まあいい。約束通り魔物の肉を使って食事をするぞ」
「ま、マジかっ!!」
「ああ。ここの厨房借りて美味いもん作ってやるから、その間に風呂にでも入って来い」
「いよっしゃ分かったっ!! 行って来るっ!!」
ティールは勢いよくソファから立ち上がる。
それに合わせるようにロリーナも立ち上がると、そのままクラウンの隣に行き顔を見上げる。
「私もお手伝いします」
「そうか? 疲れていないか?」
「私は大丈夫です。行きましょう」
「ああ、わかった」
クラウンとロリーナはそのまま二人でロビーの受付に向かい、厨房を借りる許可を取りに行く。
そんな二人の様子を見ていたティールは、呆れたのようにため息を吐いて呟く。
「アレで敬愛ねぇ……。敬いってより、尽くしたいって感じに見えるんだがなぁ俺は……」
「あ、わ、私はどうすれば……」
「……そういやユウナも居たんだな」
「そんなついでみたいにっ!?」
「いいからいいから……。取り敢えずは言われた通り風呂に入るか……。今更だがベタベタで気持ち悪いし……」
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