第一章:散財-14

 

 絶品の魔物料理を堪能し、とても気分良く床に就いた翌日。


 私は早朝に起床し、少しだけ肌寒い空気の中、私はテレポーテーションを使い、自身の実家であるカーネリアの街へ転移した。


 転移後向かった先は私の屋敷。私は屋敷の扉を無造作に開くと、既に起床し屋敷内を掃除していた一人のメイドと目が合った。


「ぼ、坊ちゃんっ!? 突然どうされたのですかっ!?」


「急ですまないな……。すまないついでにカーラットを呼んで来てくれるか? 用事があるんだ」


「カーラット様ですか? え、ええ……承知しました」


 メイドは少しだけ疑問を抱きながらも、掃除用具をその場に残して屋敷の奥へ消えていく。


 それから少しだけ待っていると、奥からなるべく音を立てないよう早歩きでカーラットが現れた。


「お待たせして申し訳ありません坊ちゃんっ」


「いや。突然来たのは私だ、構わない。それよりも今日はお前に頼みがあって来たんだ」


「頼み……で御座いますか?」


 カーラットは少し訝しんだ様子で私を見るが、取り敢えずは話を聞こうと手で続きを、とジェスチャーして来る。


「実はな。今学院の課外学習の最中なんだが、遠出する馬車を調達出来ていなくてな。それで家の馬車と御者を貸して貰おうかと思ってな」


「課外学習……ですか?」


「ああ。なんならフラクタル・キャピタレウス直筆の許可証がある。確認するか?」


 私がそう言い懐に手を忍ばすと、カーラットはそれを手で制止する。


「勿論信用しますよ。ただいきなり馬車と言われましても準備が必要になります。御者を私が務めさせて頂く場合も、旦那様の許可を取らなければなりません」


「ああ、それは考慮している。期間はどれだけ必要だ?」


「そうですね……。坊ちゃんの事でしたら旦那様は許可されるでしょうから……。今日一日だけ下されば、馬車の用意と私の数日分の仕事を片付けをこなせると思います。ですので一日だけ」


「一日でいいのか? こっちとしてはそこまで無理させるつもりは無いんだが……」


「無理では御座いませんよ。馬車に関しては点検整備諸々はそこまで時間を要しませんし、私の仕事も旦那様にお話しすれば多少加減して下さると思いますので」


 そう言って笑うカーラットだが、本当に大丈夫なのだろうか?


 カーラットは家の執事的な役割を担ってくれているが、厳密には父上の仕事上での部下の側面が大きい。あまり無理をさせて父上の評判に関わってしまうのであれば別の道を探すのだが。


 と、そんな事を思っていると、カーラットはそんな私を察したのか、私に笑顔を向けながら改めて「大丈夫ですよ」と呟く。


「そうか……。それでは馬車の方は頼んだ。明日のこの時間にまた迎えに来よう」


「了解しました。他に必要な物は御座いますか?」


「そうだな……。食材は足りているし、野営道具一式もあるしな……。あ──」


「何かありましたか?」


「リリーの元でいくつかポーションを見繕って来てくれないか? そろそろ在庫が無くなりそうでな……。この後私は寄る所があって寄る余裕が無いんだ」


 この後朝食を済ませたら魔物討伐ギルドへ赴いてトーチキングリザード三匹分の内訳の相談をしてから改造魔物の素材の一部とトーチキングリザード討伐の報酬を貰い、その足でノーマンの鍛冶屋へ行って素材を渡す。


 それから街に繰り出して新しいスクロールが入荷していないかを周る。そんな予定だ。


「成る程。かしこまりました。ではそのように致します」


「ああ。内訳は、そうだな……」


 私はそれから口頭で必要なポーションを伝えていく。一番必要なのは魔力回復ポーション。


 私は勿論、割と無茶しがちなロリーナやまだまだ未熟なティールやユウナにも必要だろう。いくつあっても困らない物だ。


 更には体力回復ポーションとポーションの材料を複数。それから試験管やビーカーや諸々なんかも追加で注文しておく。


 実を言えばちょっとの空き時間にちょこちょこ試作品を色々作っていく内にそういった物が脆くなったり壊れてしまったりしていたからついでだ。


 リリーの店はポーションや薬草だけでなくそういった機材も売っているから本当に便利だ。


「成る程……。理解しました。後程仕入れておきます」


「ああ頼んだ。取り敢えず用事はそれだけだ」


「おや? 旦那様や奥様、ミルトニアお嬢様には会われないのですか?」


 ふむ……三人に、か……。


「顔を見せるだけなら構わないんだが、恐らくそれだけじゃ済まなくなるだろうからな……。特にミルと会った日には……」


 あの子は多分私を見たら下手をしたら離さなくなってしまうかもしれないしな……。


「旦那様くらいにはお会いなった方が……」


「いや……。まあ実を言えば父上にはちょっと用事がありはするんだが、ちょっと長くなりそうなんだ」


「長く……ですか」


「二人でじっくり話したい事だからな。時間を作ってゆっくり話したいんだ」


「分かりました。では旦那様には後程そうお伝え致します」


「ああ。改めて頼む」






 馬車の調達を終え、その後の予定をある程度消化した私は、ロリーナを宿屋のロビーで待っている。


 これから二人で街に出て買い物をする約束をしているのだ。


 残る二人。ティール、ユウナはそれぞれ部屋に篭って色々やっている。


 ティールは《地魔法》による彫刻造り。昨日のトーチキングリザードとの一戦で何やらインスピレーションが沸いたらしく、朝食以降姿を見せていない。


 ユウナも似たような物で持って来ていた大量の本を山積みにし、コーヒーを傍に置いて一日中没頭すると言っていた。


 最近は殺されるかもしれないという恐怖から私にベッタリくっ付いていたユウナであったが、結局なんのアクションの気配も無いのと、いい加減本を読みたい衝動が抑えられ無くなっていた二つが重なった結果、部屋に引き篭もった。


 まあ私もそろそろユウナに付き纏われる事に辟易していたから有り難いし、ロリーナと二人きりで街に出たかったのだ。丁度良い。


 ロリーナと二人きりで出掛けたい理由は最早言うまでも無いのだが、実は彼女を連れて歩くのにはもう一つ理由がある。


「お待たせしました」


 ふと階段の方を見てみれば、そこには思わず息を飲む程の美少女が私を静かな眼差しで見詰めていた。


 白黄金プラチナブロンドの長い髪を後ろでまとめたポニーテールに結び、同色の知性と静謐せいひつさを湛えた大きな瞳は彼女の象徴の様に輝く。


 ほっそりした体躯と豊満な胸部を包むのは深緑色のワンピースに、肩から小さなバッグを下げている。制服ではない私服の彼女を見るのは久しぶりで、ついつい見惚れてしまう。


「どうかされましたか?」


 と、ロリーナにそこまで言われ自分が割と長い時間彼女を見詰めてしまっていたのだと気が付き、空気を整える目的で咳払いをする。


「んんっ……。いやなんでもない」


「そうですか? それなら行きましょう」


「ああいや、その前に……」


 そう言い私の隣まで来たロリーナを制止し、私は懐から革袋を取り出して彼女に差し出す。


「……これは?」


「この中には金貨と銀貨と銅貨……つまりは金が入っている。持っていてくれ」


「……何故私が? 自分でお持ちの方が……」


「いや、それがな……」


 私はロリーナに自分の浪費癖について説明する。


 前世の時分から金はあればあるだけ使ってしまう程の浪費家である私は、欲しい物が目の前にあるとついつい金に糸目を付けず買い漁ってしまう。


 特にこの世界には魅力に溢れる物ばかりでスクロールは勿論、武器の素材になりそうな逸品や貴重な本。更には値がかなり張るスキルアイテムなど金はいくらあっても足りない。


 今まではマルガレンに金銭管理を任せていたのだが、そのマルガレンは今医療施設で療養中。金の管理は望めない。


 ならば次に信用出来て身近な人物とは誰か?


 その答えがロリーナだ。


「成る程。事情は分かりました。ですが私で本当に良いんですか?」


「君だから頼みたいんだ。マルガレンと同等かそれ以上で家族以外だと、君以外に居ない。それに君は真面目だからな。何かあれば私をたしなめてくれるだろう」


 そう言って私は彼女の手に革袋を握らせる。


 ロリーナは一瞬だけ迷ったような素振りを見せるが、それでも了承してくれたらしく、肩から掛けるバッグにしまってくれる。


「……そんなに酷いのですか?」


「ん?」


「浪費癖です。これだけのお金があるんですから、そう簡単には……」


「そんな革袋一つ分。私が使えば半日と経たず空にしてしまうよ」


「……成る程。改めて理解しました」


「ああ頼んだ。それじゃあ行こうか」


「はい」

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