第一章:散財-15
「お、来たか」
ロリーナと買い物に行った翌日の早朝。
私はパージンの門前にて馬車の軽い点検をカーラットと行っていた。
そんな中、私以外の三人が簡単な荷物をそれぞれ背負い込み、私達の元へ集まって来たのである。
「おはようございます」
ロリーナが率先してそう挨拶をすると、続いてティールは欠伸をしながら適当に片手を上げて挨拶し、ユウナは軽く頭を下げる。
「ああ、おはよう。忘れ物なんかは無いか?」
「はい。問題ありません」
「そうか。ああそれと一応紹介しておこう」
そう言ってカーラットに目配せすると、カーラットは恭しく頭を下げ、自己紹介を始める。
「初めまして皆様。私はクラウン坊ちゃんのお父上──ジェイド様の部下をさせて頂いておりますカーラットと申します。本日は御者の方を務めさせて頂きますのでどうぞお見知りおきを……」
「──? クラウンの父親の部下? 執事じゃないのか?」
「厳密には違うが……。似たようなものだ。何か困った事があったら……まあ私にでも構わんが、カーラットにも相談してみろ。荒唐無稽な事でなければ聞いてくれる」
「どうぞ宜しくお願いします」
改めて頭を下げるカーラットに、ティール以外の二人は思わず同じように頭を下げる。
ティールは忘れがちだが、アレで貴族だからな。下手に従者に頭を下げたりはしない。
「ん? という事はこの馬車もお前の家の馬車なのか?」
「ああそうだ。散々整備はしたから多少の悪路くらいならば問題無く走れる。牽引する馬も、速さよりスタミナに自信があるのを二匹選んだから長時間の旅に耐えられるだろう」
「ふーん。で、いつ持って来たんだ?」
「数時間前だ。《空間魔法》で実家に転移して、馬車ごとカーラットをこっちに転移させた。流石に結構な魔力を持って行かれたが……。まあ問題ない」
「……相変わらずやる事が規格外じみてんなお前……」
「私などまだまだだ。いつか読んだ本には、家や屋敷なんかをまるごと転移させた者が居たとか書かれていたしな。今の私には、そんな芸当は出来ん……」
まあ、いつか挑戦するつもりだがな。いつになるかは分からんが。
「比べる対象が最早本に載る人物とかなのがまた……」
「なんだって構うものか。そんな事より早く馬車に乗り込め。別に時間制限があるわけじゃないが、あまり遅くなり過ぎるのも駄目だ」
「え? なんでだよ?」
「……私達は学生だぞ? 授業が始まらないとはいえ学生が学院外をいつまでも
新たな教師や生徒探しにはまだ時間が掛かるだろうが、だからといってこの期間を勉学や訓練もせずに過ごして良いわけがない。
「あ、ああそうかっ。そういや俺ら学生だったな……」
「ああそうだ。だからまあ、特別急ぎはしないがわざわざのんびりする必要もない。ほら、行くぞ」
それから私達は馬車に乗り込み漸く本来の目的地である帝国領と獣人の国の境界にある遺跡に向かった。
旅路としてはこのまま帝国まで向かい入国。帝都で一日休息を挟んでから改めて遺跡に向け出発する予定だ。
入国に関しては実はそこまで厳しくはない。
帝国には帝国の法律が適用される事から初めて帝国を訪れる者に基本的な法律を学ぶ為の機会が設けられるらしく、それを受講しなければ入国は出来ない。
その際に身分を提示出来る物を確認して貰い、簡単な質疑応答と概ねの滞在日数を記録されてから初めて入国が許されるわけだが。
逆に言ってしまえばそれらさえクリアしてしまえば簡単に入国出来てしまうのだ。
まあ身分を提示出来ない者などからしたらたまったものでは無いと思うかもしれないが、私達には何も
パージンから出発して三日程でそんな帝国の玄関口である関所に到着。
例の入国に関する諸々を問題無くクリア……出来れば良かったのだが……。
「うーむ……。困ったなぁ……」
「むぅぅ……」
この法律を学ぶ為の受講室でそんなやり取りをしているのは帝国の役員とフードを目深に被って机に突っ伏すユウナ。
最初はなんの問題も無く普通に受講していたのだが、帝国の役員が室内にも関わらずフードを取らないユウナに不信感を持ち、フードを取るよう要求した。
しかしユウナはこれを拒否。顔を隠しているわけではないのだからと反発したが、役員も念の為にと譲らない。
そうして何度か同じやり取りをした後、ユウナが軽い癇癪を起こして現在に至る。
ユウナがフードを取らない理由。そんなもの、自分がハーフエルフだとバレたくないからに決まっている。
帝国も馬鹿では無いから隣国のティリーザラ王国とエルフの問題は当然把握している。そんな中現れたハーフエルフなど事実はどうあれ必ず勘繰るだろう。
その事に思い至ったユウナは可能な限り自身の外見を表に出さぬようそんな行動に出たわけだが、いくらなんでも強引過ぎる。
役員も役員で別に強制的に身なりを確認出来る権限があるわけでは無いし、見た目童顔な女の子に嫌な思いをさせている自覚もあるからこれ以上下手に手を出せないし、私達の目もある。
なんとかこの不毛な膠着状態を打破したい所なんだが……ん?
私達が困り果てていると、何やら金属が等間隔でぶつかるような音──重めのフルプレートの鎧の音がこの部屋に向かって来るのを聞き取った。
少しすると部屋の扉が開けられ、現れたのは聞き取った通りの全身鎧を見に纏った一人の男。
「少し騒がしいぞ。何事だ?」
濃紺の豪奢な彫り物が目立つフルプレートの重々しい鎧とは裏腹に、その顔はまだ幼さが
「こ、これはこれはルーク様っ!! このような場所に貴方様が何故っ?」
「ただの視察だ。それより質問に答えて貰えるか?」
「え、ええはいっ。実は──」
それから役員はそのルークという騎士然とした男に事情を説明する。
ルークはそれを特にリアクションも無いまま聞き終えると、未だ机に突っ伏すユウナの元へ歩み寄り、彼女の目線まで屈み込む。
「少しで構わない。顔を見せてくれないかい?」
「……」
彼がそう言うと、ユウナはチラッとだけ顔を出し、思いの外近かった彼との距離に一瞬動揺する。
「なんだ。中々愛らしい顔をしているじゃないか。その眼鏡も君にピッタリだ」
「え?」
「いやね。フードを取りたくないと聞いたから、てっきり火傷や傷があるんじゃないかと邪推してしまっていたんだ。だがいざ見てみれば普通に美人じゃないか。何をそんなに嫌がる必要があるんだい?」
「え、ええと……ええと……」
どうやらこのルークという男。ユウナを褒め殺して事情を解決しようとしているらしい。
それでどう解決させるのかは知らないが、まあ別に止めもせん。が、ここでユウナ、露骨に私の方を向いて口パクで私に助けを懇願してくる。
そりゃイケメンに急に至近距離で容姿褒められたらどうしていいか分からなくなるのは理解出来るが、だからといって私を頼るんじゃない……。
と、そんな事を考えている内に、ルークがユウナの視線が私に向いているのに気が付き、顔付きを変えてこちらに来る。
「失礼。君はあの子の連れかな?」
「……ええ。そうです」
「そうか。ならば代わりに教えてくれないか? 彼女がフードを取りたがらない理由を……」
「……」
ふむ。正直な話、別にこの場で明かしてしまっても……まあ多少は
ハーフエルフは確かにそう見るもんじゃないが、全く居ないというわけではない。
帝国でもハーフエルフに対する差別はあるが、戦争前のギスギスした今の王国よりはマシだろう。
マシ……だろうが……。
「フードを取る取らないでイイ大人がギャーギャーと……」
「……え?」
「女の子がフードを取らない……。それだけの事にどれだけ時間を浪費させるつもりですか?」
少々大人気なくはあるが、正直、私はコイツが気に食わん。
「いや……しかしだね。何も疚しい事が無いのだとしたらフードくらい取れるんじゃ……」
「でしたら。フードを無理矢理取って何も無かったら、彼女は疑われ損になるわけですよね?」
「あ、ああ……」
特権階級かどうかは判然とせんが、見た目や態度相応の地位の人間なんだろう。その外見も女性ウケの良さげな典型的な端正な顔立ち……。
それらを利用して問題を解決するならば良しの考え方も否定はせん。私が同じ立場であっても似たような手段を取るかもしれん。だが──
「更に言えば浪費させられた私達の時間も丸々無駄になるわけですよね?」
「それは……」
「それ等に対して、貴方は私達に何か償えるんですか?」
「つ、償いとは……また大袈裟な……」
「大袈裟? それは貴方の価値観でしょう? 私達にとっては大袈裟でもなんでもない」
「う……うむ」
目の前の問題への対処を妥協し、脳死でテンプレートをなぞるだけの
「それでも取れというならば取りますよ。ですがこちらに疚しい事など一つも無い。償いの準備は良いですか?」
私は立ち上がり、ユウナの元へ行く。
それに対してユウナは「マジですかっ!?」と言いたげな表情を見せるが、私はそれに対して小さく頷くだけで返す。
そしてフードに手を掛け──
「わ、分かったっ! 分かったから待ってくれっ!!」
……はぁっ。
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